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帝都異世界事変1932  作者: 黒板係
遠野迷家譚
12/12

12 遠野決戦

◇前回のあらすじ

狂華との決着が着いたのか

 夕日を通さぬ厚い曇り空の下、マヨヒガの一室で蓬莱の玉の枝を眺める者たちが居た。姿を消している小雪が一度蓬莱の玉の枝を取り出し、再び掴むことで枝は宙に浮いているように見える。


「ほお....これは見事な物だ」


興味津々に見まわす三上大尉だけでなく、凜之助や霧崎少尉、縛られている抜刀隊員までもが蓬莱の玉の枝に惹きつけられる。


凜之助がふと狂華に目を配ると彼女の心臓がある位置が白く燃え出し、四肢の先からは赤い炎が発生していた。


「これはまずい」


凜之助は狂華の身体を押さえつけるためにサーベルを突き立てようと構えて飛び込む。しかしその動きに合わせるように狂華は跳ね起きながら凜之助の腹に強烈な蹴りを入れ、彼は襖を突き破り奥の部屋まで飛ばされる。この一撃は凜之助の意識を奪うのに十分な威力だった。


直後、狂華はふらりと立ち上がると炎に包まれながら現れた車に左手を掛け、右手に緋色の刀を持つと地獄の妖怪火車本来の姿を見せた。


「わてが全員地獄まで案内してやる」


その光景を見た凜之助が叫ぶ。


「全員で!兎に角!抑えろ!」


その声に反応した三上大尉が「切る」と書かれた札で空を切ると、冥府警察の抜刀隊員を縛っていた縄がスラリと切れ落ち、同時に霧崎少尉は姿を消している小雪の身体を直感で奥の部屋に蹴り飛ばし試製拳銃付軍刀を抜いて飛び出した。


「今度は正面から参る!」


霧崎少尉の振る軍刀が狂華の刀に打ち込まれる。しかし、本来の姿である狂華の力は先程の比ではない。


───パキン


金属の澄んだ音が鳴ったかと思えば霧崎少尉の軍刀の刀身は縁側に突き刺さる。


しかし刀を振り抜いた狂華にも僅かな隙が生まれていた。


「私の手が届いたようだね」


狂華の腹部に伸びる腕、それは三上大尉の物である。火傷しながら触れたその手には「飛ぶ」の札が貼られていた。狂華は引いている車ごと大きく後ろに吹き飛び、地面を燃やしながらこちらを威嚇する。


「突撃!」


三上大尉の号令で霧崎少尉や抜刀隊員が飛び出し、勇猛果敢に斬り込みに行く。


一方、蹴り飛ばされた凜之助は意識を取り戻していた。


「凜之助さん。身体は大丈夫ですか」


「う....大丈夫。小雪ちゃんは」


「私も蓬莱の玉の枝も大丈夫です」


「状況は」


「皆様庭で戦っています」


凜之助が庭を見ると業火に包まれたそこでは、折れた試製拳銃付軍刀と十四年式拳銃の必死に撃つ霧崎少尉や火が燃え移りながらも戦っている抜刀隊員の姿が目に映る。


凜之助が身体を起こす際に、ふとその部屋の床の間に飾られた日本刀が目に入る。それは、特に装飾が美しいなどという事は無いが、人を引き付ける大いなる自然の力を感じた。


「これは....神剣か妖刀か」


迷っている時間は無い。凜之助はその刀を使うことにする。


「とは言え、マヨヒガの宝に触れるのは危険だろうか。....いや、これがあった!」


凜之助は火鼠の皮衣を脱ぎ、丁寧に畳むと床の間に置いた。そして覚悟を決めると隣の日本刀に手を掛ける。


周囲を見渡す。マヨヒガの中だ、火鼠の皮衣が功を奏したか凜之助はマヨヒガの外に追い出されることなく刀を手にした。


凜之助は刀を少し抜いて刀身を確認すると、それを再び鞘に納め走り出す。なぜなら凜之助は火鼠の皮衣を失ったことで炎への耐性が無くなっている。刀を使うのならば霧崎少尉が適任であるだろう。


「霧崎少尉!これをお....」


刀を投げようとした凜之助は足元に転がっていた珠を踏み派手に転ぶ。


「支知君、大丈夫かい」


「はい。霧崎少尉!これを使ってください!」


投げられた刀は大きな弧を描き霧崎少尉の手に渡る。少尉がその刀を抜くと刀身からは絶えず露が滴り落ちる。


「それは妖刀村雨!水の刀です!」


「助かる」


まさに地獄に仏、構えた刀に是非もなし。霧崎少尉が村雨を構えると狂華はより感情を高ぶらせる。


「獄炎・極苦堕骸火」


空から落ちる炎を纏った無数の人骨がマヨヒガを襲う。霧崎少尉は村雨を鞘に納めると覇気を込め、空に向かって抜刀する。


「破あ!」


繰り出された斬撃は水の散弾の如く炎を消し飛ばす。


一方、三上大尉はこの状況に関して凜之助に尋ねている。


「支知君、一体彼女に何が起こったというのか」


「恐らく霧崎少尉は無意識に狂華さんの魂の一端を斬ったのでしょう。あれは妖怪の生存本能のようなものです」


「一体どうすれば....」


霧崎少尉や抜刀隊員は依然として業火の中で戦っている。


「魂が回復すれば正気を取り戻すかと。自分が行きます。「癒す」と書いた札をください」


「解った」


三上大尉は「癒す」と書かれた札を凜之助に手渡すと、序でに凜之助の背中に「耐火」の札を貼りつける。


凜之助は手に札を持ち左袖から出る縄でサーベルを持つと燃え盛る庭に飛び込んだ。


「全員で隙を作って!」


その声で全員が息を合わした。ある者は車輪を突き通し、ある者は車に刀を突きたててそれを引く。次第に狂華の動くは鈍くなり、凜之助は正面から向かっていく。恐れることは無い、狂華の刀が振り下ろされる時。


「受けきる!」


霧崎少尉がその刀を受け、完全な隙が生まれた。


「届く」


凜之助が伸ばした腕は狂華の身体に届き、札を貼ることが出来た。しかし、狂華は止まらなかった。


「何かおかしい。全員離れろ!」


凜之助がそう言うと全員がマヨヒガの建物に走り込んだ。そして狂華に貼られた札を見ると端の方からじわじわと燃え始めている。三上大尉の妖力が負けているという事だ。


「いやはや、万策尽きたかね」


全員が何か策は無いかと凜之助の方を見る。


「自分はここに来る前にある人物を尋ねました。勿論、自分たちが全滅することも視野に入れています」


狂華に貼られた札が燃え尽き、彼女がマヨヒガの方へ向く。体勢を整え刀を構え、じりじりと迫る火車、皆が死を覚悟した時だった。


「来たみたい」


凜之助が上を見上げると曇天の空に一か所、雲が避けて円形に光が差し込む場所が出現した。


───ドパン


湿り気のある重い物体が地面に落ちる鈍い音が鳴ったと思えば、狂華の目の前に馬の首が落ちてきていた。さらに空の穴の中心に目を凝らしてみると、色とりどりな洋装の裳や白洋シャツを身に纏う一人の少女が舞い降りてくる。


「やっと来た。神馬堂子(じんばどうこ)


「ああ、旦那様は張り切りすぎじゃ。地面に頭を打って、痛くはなかったか」


少女、もとい神馬堂子は馬の首を優しく撫で、抱え上げるとそれに跨って見せた。


「やれやれ、菊池に言われて来てみれば、何たる体たらく」


「御託はいい。後ろの彼女を大人しくさせてくれ」


堂子は後ろを振り返ると、面倒そうな表情を浮かべて空に飛び上がる。やがて雲の円の中心に重なる場所まで上がると、両手を天に掲げる。


「農祭・稲穂の頭垂れ」


すると辺りの炎が消え、砂利の敷かれた庭にも拘らず稲穂がぐんぐん育ち、たわわに実る穂先は堂子に頭を垂れるかのように垂れ下がる。そして問題の狂華は動きを止め、膝を着いたかと思えば炭となった米や雑穀を吐き出した。


「儂はこれで帰るぞ。お前の顔など見たくもない」


「ああ、助かったよ」


そう言うと堂子は馬の首に乗り、何処かに飛んでいった。空を見上げると雲は晴れており、真っ赤な夕焼け空になっていた。


「狂華をどうしたものか。人に化けた姿になってくれれば話しやすいが」


凜之助が困っていると小雪がそっと立ち上がり狂華のもとに歩みを進める。不思議に思った凜之助も一緒にその隣を歩く。


狂華の側にやって来ると、小雪は五色に光るとあるものを取り出した。


「あのこれ、珠でしょうか。先程拾ったのですがあなたが落とした物ではないですか」


小雪は燃える狂華の手を開くと、拾っておいた珠をそっと乗せる。すると、狂華の炎の勢いはみるみる弱まり、人に化けた見慣れた姿に戻っていった。。


「わては....何をしていたのか、これは龍の首の珠か」


「少し自我を失っていたな」


「そうか....。今日のところはこれで帰るとする。世話を掛けたな」


「気にするな」


狂華の率いる冥府警抜刀隊は燃盛る虚空の穴から地獄へと帰っていった。


「いやいや、これでやっと終わったな」


「そうですね。三上大尉殿は御怪我有りませんか」


「私は問題ない」


凜之助ら四人は蓬莱の玉の枝を確保し、すべてが終わり帰ろうとしていたが、最後まで気を抜くことは出来なかった。地面が地震のように揺れ、庭が傾きだし中心からあらゆる物を飲み込もうとしていた。


「マヨヒガが自戒している!二人は欲を思い浮かべて脱出してください」


三上大尉と霧崎少尉はそれぞれ脱出するべく心の中で欲を思い浮かべる。


(ふふん、私はいつか妖怪や神に匹敵するものを作るぞ)


三上大尉の姿は霧に包まれたかのように消えた。


(私は、父上に認められたい)


霧崎少尉は村雨を地面に置くと三上大尉と同様に姿を消した。


マヨヒガの建物は音を立てて崩れていく。凜之助と小雪も脱出しなくてはならないが一つ問題があった。


「マヨヒガの外に追い出されると蓬莱の玉の枝を失うかもしれない。だから、走るよ!」


「はい!」


霖之助が小雪の手を引くと丁度日が沈む直前、黄昏時の光が稲穂を照らし、崩れ行く道は金色に輝いていた。無我夢中で走っているとやがて、小雪が入ってきたマヨヒガの門が見える。


二人は迷わず飛び込んだ。


昭和七年五月三十日(月)


四人は無事に遠野家に帰って来ていた。そして、それと同時に凛之助は小雪との別れの時間でもある。


荷物をまとめた凜之助と三上大尉、霧崎少尉は挨拶を済ませると帰路に就く。


「小雪ちゃん、しばらくお別れだ」


小雪は少し考え事をしているようだった。しかしすぐに柔らかい表情を見せて言った。


「凜之助さん、何をしてくれているのか分かりませんが、上手くいってもいかなくても、ここに帰ってきてください」


「ああ、勿論だ」


遠野駅まで向かう道の途中、川に架かる橋を渡っていると霧崎少尉が何かを見つけた。降りてみると、それは流木の上に鎮座する妖刀・村雨だった。


「何故ここに」


「マヨヒガは気まぐれでこういうことをする。霧崎少尉が今回一番戦っていたからだろうね」


三人はそれぞれ土産を持ち東京に帰っていくのだった。

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