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帝都異世界事変1932  作者: 黒板係
遠野迷家譚
11/12

11 難題を掴む者

◇前回のあらすじ

マヨヒガに地獄の警察が現れた

 一方、襖の奥に飛び込んだ凜之助と小雪はマヨヒガの一角にある物置部屋に飛ばされていた。そこには以前出会った一本踏鞴の熊野槌鉄が妖商店を営業している。鉄や線香の香りが漂うこの空間を凜之助はよく知っていた。


「小雪ちゃん、大丈夫か」


「ええ、少し首から血が出ているみたい」


小雪の首を見ると、狂華の刀が少し掠った様で小さな火傷になっていた。二人の様子を見ている槌鉄は机の上に置いてある小棚の引き出しを開けると傷薬を取り出して渡す。


「使いますか」


「流石『お客様の欲しい物を欲しい時に売る』と言っていただけのことはある。しかし本当にここに来れるとは思わなかった。助かったよ」


以前魔腔の中の妖商店で聞いた言葉が凜之助の頭の中に引っかかっていた。三上大尉の妖術を利用すれば近くに現れているであろうこの場所に来ることが出来ると思い立ったわけである。


小雪のやけどに薬を塗り、包帯を巻いて応急処置をした。そして槌鉄の方へ向くと彼は商売人の雰囲気に戻っていた。


「いらっしゃいませ、支知様。本日も良い品物を揃えましたよ」


(必要なものを揃えよう)


◇お品書き

八粍南部弾

三十年式小銃実包

三八式実包

32ACP弾

肥後守

砥石

木の葉隠れの葉(狐)

木の葉隠れの葉(狸)

癒石

マヨヒガの地図


「今必要なのは回復手段と探索の手助けになるもの。マヨヒガの地図と癒石、この葉隠れの葉を貰うぞ」


「お買い上げありがとうございます」


凜之助と小雪が妖商店を後にし振り返ると、そこには只の物置部屋があるだけだった。地図を見ながら廊下を歩く二人は、三上大尉と霧崎少尉のもとへ向かう。


しかし、まだ安全が確保できた訳ではない、凜之助は小雪の頭の上に木の葉隠れの葉を頭に乗せると狸の真似をするよう促す。もくもくと煙が発生し、小雪は木の葉隠れの葉の効果で隠れると凜之助の羽織の袖をつかんだ。


「離れないで。でも危険な状況になったら逃げるんだよ」


「はい」


小雪を自身の陰に隠しながら探索を続けると、マヨヒガの一室にある床の間に蓬莱の玉の枝が飾られていた。凜之助は、無意識に伸びる自分の手を抑えると小雪の背中をそっと押す。


「小雪ちゃんが取るんだ。俺が取ると外に弾き出されるかもしれないから。本当は、以前購入した本に付いていた特異の巾着袋に入れるのが最善だが、不覚にも正芳に預けたまま忘れてしまった」


小雪はこの葉隠れの葉を外し、煙と共に姿を現すと躊躇いなく蓬莱の玉の枝を花瓶から抜いて凜之助の方に向いた。その顔は少し赤みがかっており蓬莱の玉の枝の金色が映えている。


「よかった、これを持つことが出来て。私の欲は凜之助さんと居るだけで満たされると証明できましたね」


「知ってた。ずっと前から」


蓬莱の玉の枝を持ち込んでいた麻袋に入れよく気が背負うと、再びこの葉隠れの葉で姿を消し歩き出す。そしてしばらく歩くと、三上大尉と霧崎少尉が狂華や他の抜刀隊員を縛っている部屋に辿り着いた。


「三上さん、ご無事でしたか」


「ふふん、こう見えて前線を経験しているからね」


「此方は蓬莱の玉の枝を確保しました」


「流石支知君だ」


胡坐を掻いて余裕な表情をしている三上大尉の横では、霧崎少尉が凛之助のサーベルに付いた血を拭っていた。そして拭い終わると柄を凛之助の方に向けて丁寧に返す。


「ほら、返すぞ」


「ありがとうございます」


「処で遠野さんは其処に居るのか」


「居ますよ」


四人が軽く一息吐いていると狂華の眉間に力が入り、畳が焦げ煙が立ち昇り出す。その様子はまるで悪い夢を見ているようである。


「大丈夫か」


凜之助が顔を覗き込む。


針猫狂華は夢を見ていた。


「傷が痛む。深く斬られた。わての意思とは関係なく此処に来るとは....」


狂華が周囲を見渡すも其処には丸石と川があるだけだった。賽の河原と三途の川、地獄の妖怪火車である彼女にとっては見慣れた光景である。


しかしいつもと違う所が一つある。それは対岸で自分の名前を呼ぶ人がいるという事だ。


「狂華、お前も此処に来たのか」


「わてが斬られて死ぬものか。これは夢だな」


狂華が対岸を見ると大納言大伴御行(おおとものみゆき)が彼女の姿を見ていた。何故彼が狂華のことを見ているのかというとそれは遥か昔に遡る。


大同二年春


とある船着き場で大伴御行率いる一行は、五色に光る龍の首の珠を手に入れるべく物資の用意をしていた。


「これだけの準備をすれば龍の首の珠を手に入れることが出来るはずだ」


運び込まれる荷物を眺めながら慢心している様子の大伴御行の後ろにその様子を見ている一匹の黒猫がいた。


猫の目は赤く独特の威圧感があるが、その他の見た目はいたって普通である。


「そうかね」


「今のはこの黒猫か。縁起が悪い、と言うより気味が悪い」


「わては狂華。地獄の火車であるぞ」


「火車が猫なのか。もしや、死体の臭いを嗅ぎつけたか」


「名は」


「我は大伴御行」


大伴御行は腕っ節に自信があったが、目の前の火車相手には自然と体が委縮するように感じる。しかし彼は誇りを守るために恐怖を表情に出すことなく毅然とした態度で話を続ける。


「我は必ず成し遂げる」


「いいな。わて好みの自信家、なよ竹のかぐや姫の為に妻と離別しただけのことはある」


自分の事を知られているというのは、かなりの恐怖である。


「何故それを知っている」


「大伴御行と言ったな。飛鳥の時代にも同じ名の男がいたな。まあ、そんな事はよいかぐや姫の事なんて忘れてわてを妻にする気はないか」


目の前でこんなことを言うこの猫は地獄の妖怪火車、断れば死ぬかそれ以上に酷い目に合うか見当もつかない状況に流石の大伴御行も血の気が引く。しかしこれでもなお毅然とした態度を崩すことは無かった。


「万が一我が龍の首の珠を持ち帰ることが出来なかったらな」


「よいぞ。その時は序でに死んだ奴の死体を喰わせてもらう」


そうして海に出た大伴御行は、途中で酷い嵐に巻き込まれ、船は木の葉のように揺れて沈みそうになる。大伴御行は手を合わせて叫び、命さながら明石の海岸に漂着したのだった。


「お帰りなさい。旦那様」


砂浜に倒れ込む大伴御行が見上げると、捕食者の目をしている針猫狂華が見下ろしていた。


昔のことを想いながら静かに目を閉じていた狂華が静かに目を開くと、いつの間にか三途の川の水量が増えており、腰の下まで水位が上がっていた。彼女は引き返そうとするも川岸は果てしなく遠い。


「歩けど歩けど遠いのう。まさか、彼奴はわての魂を斬っていたというのか」


体力を酷く消耗し倒れそうになる狂華、しかしその体を背後から抱きかかえる存在が居た。


「お前はこんな所で倒れるような貧弱者ではなかろう」


「大伴御行殿か、わてのことを恨んでいるなら引き摺り込むといい」


しかし大伴御行は狂華を抱え上げるとゆっくり歩きだした。狂華にはその意図が理解できなかった。


「何故じゃ」


黄泉の空気で顔はよく見えないが狂華は大伴御行が微笑んでいるように感じていた。そして彼はゆっくりと口を開く。


「確かに割れは最初こそお前を恐れ嫌悪していた。しかし、狂華との生活は思いの外悪くなかったぞ」


大伴御行は狂華を降ろすと川岸まであと少しという場所まで来ていた。


狂華が三途の川から上がるとその手には龍の首の珠が握られていた。

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