まおうとゆうしゃ
「魔王よ、僕らは世界を救ったんだ」
「そうだ、貴様は我らを滅ぼした!」
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魔王は逃げた。人の領地に向かえば向かう程、美しくなる景色が憎くて仕方なかった。魔族の地は、比にならない程美しかったのに。全部焼かれてしまった、壊されてしまった。トレントの住む森も、コボルト走る草原も、ゴーレムが動く遺跡も、全て荒らされてしまった。
景色を見る度に涙が止まらない、なんで、なんでと動けなくなる。誰も背中を叩いたり、抱き締めてくれなくて余計涙が止まらなくなってしまう。その時、知らない女の人が魔王を抱きしめ「世界は平和になったのよ、だから泣く必要は無いわ」なんて、言われ、ぐちゃぐちゃになって、声を上げて泣いた。
魔王の頭の中で、王城が燃えている。一人逃げたあの日が、まだ煌々と燃えていた。
魔族を滅ぼした勇者は、昔、初めて入った魔族の村へと向かった。名も無き村、確か小麦が名産だったか。綺麗な水、暖かい魔族の方々、久しぶりに逢えたらいいな、なんて。
村は廃墟に、川は濁っていた。畑には雑草が繁茂し、崩れた家屋だけが村があったことを伝えている。なぜ誰もいない?そうして気がついた。そうか、俺が滅ぼしたのか。何かに、気づき始めてしまった。
勇者は最後の魔族を倒した日、何も起こらなかった事に驚いた。今、魔族は滅びたのか。と
そういえば、あの秘境や遺跡も行ってなかった。勇者は入りそびれたダンジョン達を攻略しなければ、と少なくなった休みを潰してでも、また魔王領へと向かった。道中、こんなにも暗かっただろうか?と勇者は思う。青い空、遠くには銀嶺、近くにはコボルトやゴブリンが呑気に昼寝をしている。記憶はそう言っていたが、暗い空、遠くには土砂崩れを起こしている山脈、近くに生命の気配は無い。
ダンジョンは跡地になっていた。しかも全てがそうなっていた。森は焼かれ、遺跡は爆破され、洞窟には毒ガスの警告があった。聞けば、解放した地域は軍が一通りひっくり返したらしい。背中が震えた。何かが、近づいている。
勇者は、殺した魔族が剥製にされているのを見た瞬間、命を実感してしまった。
魔王城を見に行った。あれだけの威容を誇った黒の城は、遺跡になっていた。壁は崩れ、塔は折れ、道は瓦礫に埋め尽くされている。中はもっと酷かった、調度品も何も残っていない。聞けば、終戦後すぐに国同士で取り合いになったそうで、そこかしこに黒く乾いた液体の跡が残っていた。
広間に出た、矢が飛んでこない、槍が出てこない。三倍もあろう威容の将軍が斬りかかってくる訳でもない。玉座は、四角の跡を残して消えていた。曰く、玉座はギロチン台として改造するらしい。
足元に何かが当たった。拾うと、金のリングであった、略奪を逃れたらしい。勇者がそれをまじまじと見ると、リングの内側に名前と日付が刻印してあった。勇者はそれを見て立ち尽くしたと共に、やがてそれを抱えて泣き崩れた。
なんとなく敵を滅ぼす、真面目に考えれば気が狂ってしまうだろう。
王都に来た。憎き人間の都市。ざわめきを聞く度に涙が出そうになる、市場の活気も、衛兵の歩く音も、宿屋のいい匂いも、遠くの白亜の城も。全部あったのに。
侍女のフラーが、いっつも市場で取れたて新鮮の物を買ってきて、日替わりで出してくれた。衛兵たちは私が見に行くと、無理に起きようとして足を抓っていた。それを笑うと、恥ずかしそうにしていたが、自慢の兵士たちだった。大きな宿屋があった、女将のシチューが美味しくて、たまに抜け出して食べに行った。フラーが機嫌を悪くしてしまうから、たまにだったけど。
真っ黒の城があった。みんなであーでもないこーでもないっていいながら作って、出来た時には盛大に祝ったっけな。炊事場も大きくしたし、玉座は黒曜石で造らせて、でもお尻が痛くてちょっと苦手だったかな。何もかも、無くなった。風の噂で、玉座がギロチン台になったと聞いた。それを聞いて、泣き叫んでしまった。なんでそんなに酷いことができるんだ!って。弱い魔王でごめんね。勝てなくて、ごめんなさい……。
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一人、残されてしまった。
一人も残せなかった。
みんなを守りたくて。
みんなに突き動かされて。
勝てなかった。
勝ってしまった。
何も残っていない。
全て、奪ってしまった。
何のために生きればいい?
どうやって償えばいい?
生きる理由だったものは、もう無いのに。
戦う理由を、全部消してしまった。
なんで生きてる。
どうして死んでない。
どこかで勝てていれば、違ったのに。
どこかで負けていれば、よかったのに。
全部奪われて、一人になって。
全て奪って、全部殺して。
何をやってるんだろうな、私。
何をやってしまったんだ、俺は。
気づいていても、守れなかった。
気づかないまま、滅ぼしてしまった。
私は弱い。
俺は強過ぎた。
後悔が募る。
後悔が襲いかかる。
守れなくてごめん。
奪ってごめん。
生かしてあげられなくてごめん。
殺してごめん。
私一人で生きるぐらいなら
俺一人で贖罪する為には
───────もう、殺してくれ
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「すまない」
「……は?」
「僕らは間違っていた」
「貴様!!どこまで我を馬鹿にするのだ!」
「違う……人はこんなにも……」
「醜いからダメだと!?今更我に同調して何になる!!我らは滅びた!一億の同胞を戮して何を言う!!」
「すまなかった……」
「謝るな!!戻ってこない!何もかも!」
「本当にすまないことをした……」
「川は汚され!都市は壊され!民は戮され!土地は焼かれた!!!なのに!なんで!お前は!!」
「………」
「黙るな!……黙るなよ……。みんな死んだ、世話係のボワルも、侍女のフラーも、側近のボルゴラも……。みな埋めた、汚れた地に埋めるしか無かった!この無念を知らんとは言わせんぞ!」
「だから……すまない……」
「すまないすまない!だからなんだ!言うなら戻せよ!返してよ!」
「ごめん……」
「知らないなら殺さないでよ!奪わないでよ!なんでそんな残酷になれるんだ!!」
「知らなかったんだ……正しいと……」
「知らなくても!命を目の前にして、何も感じなかったのかよ!!あんなに必死に生きてたのに!!生きてたのに!!!!」
「………」
「………もういい。お前を殺しても、何も帰ってこないし、気も晴れなくなった。勇者、お前の勝ちだ。よかったな」
「そんなこと……殺してくれたっていい……」
「なら、何も言わずに敵でいればよかったんだ。私が、そうしたように」
「あ……」
「もう二度と、姿は現さない。魔族はこれでいなくなる」
「おめでとう。人の英雄、お前は我らを滅ぼした」