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◇
「ミキってさ、どこの大学に行くの?」
高校二年生の冬。私は道端に転がる石を蹴りながら、彼女に尋ねた。悴む手を手袋越しに揉み合わせ、マフラーを口の高さまで上げる。吐き出す息は白くなり、芯まで凍える空気と交わった。
ミキはコンビニで買った肉まんを小さな口に喰み、咀嚼している。「大学?」と返され、私は串に刺された唐揚げを頬張りながら、肩を竦めた。
「いやさ、まだ考えるのは早いかもしれないけど、でも、視野には入れなきゃいけないじゃん?」
「大学」
「そう、大学。あ、ミキは就職組?」
「就職」
彼女は言葉を反復させ、やがて首を傾げた。まさか、大学も就職も知らないわけないだろうと思いつつ、しかし相手は変人日本代表候補である宙音ミキである。もしかしたら、知らない可能性もある。
「……ま、まぁ、先生方に指導されるだろうし、私が心配しなくてもいいか」
楽観的に考え、串に刺さっていた最後の唐揚げを胃へ収める。未だに肉まんの餡の部分へ到達もしていないミキを横目に「今後、彼女は生きていけるのだろうか」と老婆心が擽られた。
「……ミキ」
「なに」
「学校を卒業したらさ、一緒に住む?」
思わず口走った言葉に、外気の気温で冷えていた体が一気に火照る。ミキを見ると、ポカンとした表情で私を見ていた。
「いやさ、アンタ、いつもホワホワしてどっか飛んでいきそうだし、何かあったら困るしさ。それに、前みたいに変な男がひっついてくる可能性だってあるでしょ? 心配なんだよね、私」
「別に、強制ではないけどさ。でも、私が地元の大学に行く予定だから、アンタも地元に残るなら、それもいいかなぁって。まぁ、アンタが良ければの話だけど」と早口で述べる。ミキは私の言葉を聞いた後、口の中で咀嚼していた肉まんを嚥下した。
「……心ちゃんと一緒に住むの?」
「いや、だから、別に強制ではないけど────」
「住みたい。心ちゃんのこと好きだから、一緒にいたい」
真っ直ぐにそう言われ「はひっ」と間抜けな声を漏らしてしまう。好きだから一緒にいたいと言われ、心臓がバクバクと跳ねた。
「じゃ、じゃあ、約束ね」
「うん、約束……」
指切りげんまんをしようとした瞬間、彼女が不意に固まった。瞳から色を無くし、持っていた肉まんをポロリと落とす。地面に落ちたそれに「なにやってんのよ、アンタ」と叱る気にもなれなかった。
何故なら彼女が、とてつもなく妙な空気を孕んでいたからだ。
「ミキ、どうしたの」。私の質問に、ミキは回答しなかった。踵を返し、スタスタと歩き出す。いつもはゆったりとした歩調の彼女だが、この時ばかりはまるで別人のようだった。
「待って、ミキ。どうしたの? そんなに嫌だった? ごめん、謝るから、止まって」
前を進む彼女の後を追う。どことなく歪な雰囲気を孕んだ彼女を引き留めることができず、私は黙って後を追った。
そんなにミキが怒ることを言ってしまったのだろうかと不安になったが、どうやら違うように見えた。
彼女は何かに導かれているみたいだった。
「あれ……」
ミキが進む方向に、私は覚えがった。人気がない細道を抜け、林の木々を掻き分け、頭に引っかかった蜘蛛の巣を手で払い、ボロボロの平屋に辿り着く。そこは彼女の自宅だった。夕暮れ時にぼんやりと輪郭を浮かばせたその家は、幽霊屋敷のようで不気味だ。
「ど、どうしたの? すぐに帰りたくなったの?」
彼女に理由を聞くと、ひどく静かな声を漏らす。