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彼女の頭上に、円盤状の飛行物体があった。その、どこからどう見てもハリウッド映画でしか見たことないそれに、腰を抜かしそうになる。
それなりの大きさを誇っているにも関わらず、ほぼエンジン音が聞こえないのは、彼らの優れた技術力の成果なのだろうか。などと、どうでも良いことを考える。
目を覆いたくなるほどの、スカイブルーの光が、彼女を包み込んでいた。闇が支配する時間帯に、この蛍光色は眩しい。思わず、立ちくらみがする。
芝生が風圧に揺れ、足元を擽った。その感覚が、今、私自身に起こっている非現実的な現実を虚実ではないと示している。
あぁ、なんというのだったか。えっと────キャトルミューティレーションとアブダクションは別物で、混同されやすいとかなんとか。キャトルミューティレーションは動物が内臓や血液が消失した状態で見つかる怪奇現象で、アブダクションは人間や動物が連れ攫われる行為のこと。共通してその犯行は、未確認飛行物体によるものだと言われている。
何故、私がこんな話をするかって?答えは簡単だ。
どう見ても、ミキの頭上には未確認飛行物体。所謂、UFOが聳え浮いており、今にも彼女を連れて行こうとしているからだ。
「なんで?」
私はそう彼女に問う。彼女は黒い髪を揺らし、私を見据えた。薄くて形のいい唇が緩やかに動く。
「心ちゃんには、本当の私をずっと覚えていてほしかったから」
彼女は目を細め、ひどく落ち着いた声音でそう言った。
◇
浮いてる女だなと思った。物理的にではない。周りに馴染めていない、という意味だ。周りがどれだけ気を利かせて手を伸ばしても、彼女はその手を払うどころか、見もしない。ただぼんやりと外を見つめ、まるで耳に膜を張り周りの音を聞かず、遮断している。
彼女だけ、異空間にいるようだった。そこだけ綺麗に切り取られているような、そんな。
いわゆる、宙音ミキは「変な女」だ。初めて見た時から、その印象が抜け落ちることはない。変な女は、変な女のまま、そこに鎮座している。
「ミキちゃんって変なこ」
小学校一年生の頃、初めて彼女を見た時に私が発した言葉だ。周りは「そんなこと言っちゃダメだよ」と綺麗事を抜かしていたが、しかし。本能に忠実なのか、集団行動を得意とする人種の中に埋もれた異物を意図的に避けていた。
逆に、私は避けなかった。真正面からこの変な女とぶつかり合いたかった。
「ミキちゃんって宇宙人みたい」
何事にも無反応だった彼女が、唯一反応した言葉。まるで夜の漆黒をこぼしたような黒髪と薄い唇。光の差さない瞳。無駄な肉がついていない体。彼女の全てを形作るものが、一斉に目覚めたかの如く、輝きを取り戻す。そんな感覚がした。
「どうして、わかったの?」
そう言われ、たじろぐ。どうして、わかったの? 何だその回答は。それじゃあまるで、本当に宙音ミキが宇宙人みたいじゃないか。
私は唾液を嚥下しながら、彼女の酔狂な演技に呆れる。どうして、ここまで道化を演じることができるのだろうか。そうやって、周りから注目を集めて、何がしたいのか。
────それとも、本当に宇宙人だったり?
私は幼心にそんな馬鹿げたことを考えていた。彼女はこの地球に派遣された宇宙人で、人間たちの動向を監視しているのでは、と。
しかし、中学に上がる頃には馬鹿げた妄想は灰になって消えた。
彼女はいわゆるただの「不思議ちゃん」であった。地球に派遣された宇宙人ではないと理解した私は、それでも彼女と仲良くしていた。こんな妙な女と仲良くできるのは私ぐらいで、ミキもミキで「宇宙人の私と仲良くしてくれている心ちゃんが好き」とベタ惚れだったから、相思相愛であった。(もちろん付き合ってはいない。私は野球部の笹原一輝が好きで、女には一切興味がない)
「本当、心にべったりだね。ミキちゃんは」。他の友人に揶揄われるほど、ミキは私を慕っていた。私の何が良いのだろう。時折考えたりする。だって、私は彼女に宇宙人だと言った意地悪な女である。なのに、彼女は心を許していた。
本当に、変な女だな、と思った。