8、冒険者組合
8、冒険者組合
翌朝、鳥のチュンチュンと鳴く声で私は目覚めた。ベッドで寝ている私の頭上に抜けるような青空が広がっている。
・・・うーん、今日も良い天気 ・・・
というか雨でなくて良かった。宿屋の屋根をぶち抜いて破壊してしまった私たちは、こんな部屋に他の人は泊められないので修繕が終わるまで責任を持ってこの部屋に泊まってくれと言われてしまった。それまで雨が降らないのを祈るばかりだ。それに早くお金も稼がないといけない。私はイブリースの頬をツンツンとつつくと彼も大きな欠伸をして起き出した。
・・・冒険者の組合に行きますよ 早くして下さい ・・・
私は、またパワハラと言われては困るので気を遣って言ったがイブリースは優雅にテーブルの上にティーセットを並べている。そして、カチャカチャと紅茶を淹れ始めた。
「キノコさんのお好きな銘柄はなんですか 」
イブリースが訊いてくるが私は、コーヒー党だ。紅茶なぞ、オレンジ・ペコーくらいしか知らない。
「オレンジ・ペコーですか それは、それは…… 」
・・・何っ、なんなの、この反応。コイツ、私の事絶対馬鹿にしてるよ ・・・
「オレンジ・ペコーは種類や品質やフレーバーとなんの関係もありませんよ 茶葉のサイズを表す記号だったものが、いつの間にか商品の名称になっていたのです セイロン茶のブレンドが多いですね 紅茶の銘柄で一番有名なのはダージリンでしょう 僕はそれに香り付けされたアールグレイが好物ですね 」
コイツ偉そうに蘊蓄語りやがってと私は憤慨したが、そうかコイツ紅茶が好物なのかと思い、聞き出す手間が省けたと嬉しくなった。今度、コイツに内緒で美味しい紅茶を手に入れてプレゼントしてやろう。私はウキウキしながらイブリースが淹れてくれた紅茶をティーカップに頭を突っ込んでペロペロと飲んでいた。
* * *
洋風の建物を一方的にイメージしていた私だったが、訪れた冒険者組合は日本のお城のような造りだった。
・・・ほえぇぇっ、白鷺城なの これっ ・・・
私は目の前に佇む巨大な建造物に度肝を抜かれていたが、イブリースはなんの感慨もないようにスタスタと歩き中に入って行った。そして、まっすぐカウンターの受付嬢に向かう。
「冒険者登録をお願いしたいのですが 」
イブリースが声をかけると受付嬢はほんのりと顔を朱くして、それではまずお名前を言ってきた。イケメンのイブリースに好感を持ったようだ。私はなぜか鼻が高かった。が、しかし……。
「僕の名前はイブリースです 」
イブリースが名乗った途端に受付嬢の顔は引きつり、組合の中にいた冒険者たちもガタンと椅子から立ち上がっていた。緊迫した空気が一気に流れる。
「貴様、今、イブリースと言ったか 」
冒険者の一人が言い、他の冒険者たちも剣を抜き、呪文を唱え始める。
・・・ま、不味いよ、これっ 誤魔化せ、イブリース ・・・
私も引きつった顔でイブリースの頬をツンツンとつつく。
「ああ、すいません 誤解を招く言い方でしたね 僕がイブで、こっちの相棒がリースといいます 」
「ピィィィッ 」
イブリースの言葉に合わせて私は爪楊枝の剣をホルダーから抜いてみせた。
「可愛いぃぃっ、リスだから、リースちゃん? 小さな戦士さん、ですね それで、あなたがイブさんですか…… 失礼しました 三大魔王の一人と同じ名前だったので、魔王が人間に姿を変えてやって来たのかと思ってしまいました こんな可愛いリースちゃんを連れている人が魔王のわけありませんよね 」
受付嬢はペコリと頭を下げ、冒険者たちもホッとしたように剣を収め椅子に腰を降ろしていたが、私は気が気ではなかった。だって、ここにいるのは正真正銘本物の魔王イブリースじゃん。私は早くクエストを受注して、ここから退散しようとイブリースの頬をつつく。
「それでは僕たちで対応出来るクエストを受注したいのですが 」
「はい、登録したての冒険者は初級レベルとなりますのでDランクのクエストのみ受注出来ます そして、クエストを多くこなすか、組合でその力を認めてもらえばランクアップする事が出来ますよ 高ランクのクエストは報酬も大きいですので頑張ってランクアップを目指して下さい 」
笑顔で説明してくれる受付嬢は私に触りたくて仕方がないようであった。ウズウズと手が動いている。私は、ピョンとカウンターの上に降り受付嬢の前で立ち上がり前足を上に上げる。
「可愛いぃぃっ 」
受付嬢はたまらず私をナデナデし始めた。
・・・ふふふ、ここでこうして媚を売っておけば後で必ず役に立つ ・・・
私は頭の中で計算し、受付嬢にナデナデされていた。
* * *
・・・ドルイドや吟遊詩人かぁ ・・・
私は動物の言葉が分かる人はいないかとイブリースに受付嬢に訊いて貰ったが、森の住人と呼ばれるドルイドか、各地を旅している吟遊詩人なら分かるのではないかという返答だった。どちらも今はこのゴモラの街の冒険者組合にはいない職業だという事だった。私は以前遊んでいたRPGを思い出すが、確かに成り手が少ない職業だった。どちらも成長すれば強いキャラなのだが、そこまで育てるのが大変なのである。それは現実のこの世界でも同じなのだろう。私はハァァとため息をついていた。私の言葉が分かる者がいれば、イブリースとサヨナラしないにしても、心に鍵をかけておける。鍵のかけ忘れの心配がなくなるのだ。そうすれば精神的にかなり楽になるのに……。まあ、しかし、いない者は仕方ない。今の当面の目標は女の子の為に”灼熱の迷宮”でアイテムをゲットする事と、クエストをこなしてお金を貯め、宿屋の修繕費を払う事だ。その過程でドルイドや吟遊詩人が見つかればラッキーだよ。私はイブリースの肩の上で、メラメラと燃えた瞳をしていた。