4、魔王
4、魔王
オークもゴブリンも怯えていた。強大な魔力が発せられているのが感じられる。経験した事のない凄まじい魔力だ。その恐怖と絶望でオークもゴブリンも動く事が出来ずにいた。オークたちの視線は一匹の小動物の方に向けられていた。その小動物は後ろ足で立ち上がり、オークやゴブリンに向かって黒い爪の中指を立てていた。明らかに敵意剥き出しの態度である。
「信じられぬ、なんだこの魔力は 魔王ナアマ様がお越しになられたのか 」
「貴様ら、早く土下座しろっ 」
「ブヒッ、気を付けろ 失礼があれば始末される、ブヒッ 」
オークに怒鳴り付けられゴブリンは全員地面に頭をつけて土下座していた。オークも膝を折り頭を下げている。その時、一陣の風が吹いたと思うと、その風に紛れて一人の黒装束の人間の男が現れ、地面に腰を落として震えている女の子をさっと抱えると、そのまま消えていった。
* * *
・・・今の何…… ・・・
私は目の前で起こった出来事が理解出来ずにいたが、女の子が助かった事は確かのようだ。私はほっと安堵していた。後は、コイツらから私が逃げるだけだ。私は、チラッと男の子の遺体に目を向けた。
・・・ごめんなさい、後で必ず埋めに来るからね ・・・
私はまた怒りが沸いてきたが、魔法を使えない私ではゴブリンさえ倒す事は出来ないだろう。ロールプレイングゲームでも、MPの切れてしまった魔法使いは役に立たないのと同じだ。
・・・それにしても、なぜコイツら私に土下座して、跪いているの ・・・
意味が分からず私は、この隙に逃げちゃおうとくるりと振り向いて全力でダッシュした途端、何かにぶつかっていた。目から本当に星が出るんだという程の衝撃だった。
・・・いたーい、何なの ・・・
私は自分の前を見ると足のようなものが見える。私は恐る恐る見上げてみた。若い男のように見えるが、明らかに人間ではない。だって頭に角が生えて耳が尖っているもの。それに肌の色も黒だ。地黒などというレベルじゃない、本当の黒だ。
・・・何、この人 悪魔? ・・・
私が動けずにいるとヒョイと抱き上げられた。そして、若い男は私に向かってニコリと微笑む。
「いやあ、リスに触るの初めてなんだよ 嬉しいねぇ だって、君みたいな小動物は僕に近づくとみんな消滅しちゃうんだよ リスもウサギもネコもイヌも…… 僕、魔力抑えるの下手だからさ だから、こうして抱っこ出来て嬉しいよ 君は凄いんだねぇ 」
・・・へっ、そうなの そうか、オークやゴブリンは私じゃなくて、この男に土下座しているんだ ・・・
私はようやく理解した。それでは、この男は何者なの。私には特にこの男が凄いとは思えなかったが、オークたちの態度をみると、それなりの力がある男なのだろう。
「ここは魔王ナアマ様が治める地でございます あなたの来るようなところではございません 」
オークの態度からは、この男が魔王に匹敵する力があるように感じられるが、私には俄に信じられなかった。それでも、この男にそれほどの力があるなら利用してやろう。私は、邪悪な考えを思い浮かべ内心笑っていた。私は、けして聖人君主でも聖女でもなんでもない。許せない事をしたものには”死”あるのみだ。罪を憎んで人を憎まず。そんな言葉、私の辞書にはない。人も思い切り憎む。殺人を犯した者は死ぬのだ。私は、あの男の子を殺したオークが許せない。私は、男の腕からピョンと飛び出すと、男の子の遺体の前でピィピィ鳴いてみせた。無二の友人が殺されてしまったと嘆き悲しんでいるように……。
「その人間は君の友だちなのかい? 」
・・・きたっ ・・・
私はさらに激しく鳴いてみせる。
「僕はね、弱いものを虐める奴は嫌いなんだよ 強い者と戦う事が面白いのさ それなのにお前らがこの弱そうな人間を殺したのかい 」
なんだろう、急に周囲の温度が下がった気がする。オークたちの顔は恐怖でひきつっている。私は若い男を見るが、特に恐ろしいとは思えなかった。でも、オークたちの怯える姿は気持ちいい。いいきみだ、もっと怯えろ。男の子は怖くても女の子を守る為に勇気を振り絞った。お前らには、この若い男に立ち向かう勇気もないのだろう。若い男は、オークたちの返事がないのを肯定ととったようだ。
「お前らみたいな弱いものを殺すのは簡単だけど、それでは僕が弱いもの虐めをしているように見えてしまうな 君はどう思う 」
若い男は私に目を向けてきた。なんで私に訊くの?私は、まさかこの男、私の心が読めるのかと不安になったので、試してみる事にした。
・・・あなたも私に比べたら弱いでしょう 私が命令します 男の子を殺した奴を始末しなさい これは弱いもの虐めではありません、天誅です ・・・
私は偉そうに心の中で思って、若い男を黒い瞳で見つめた。若い男は、フッと笑みを浮かべると私に恭しく礼をした。
「仰る通り天誅を下しましょう 」
やっぱりこの男、私の心を読んでる。私は確信した。
・・・どうしよう、エッチな事思ってても知られちゃう ・・・
私は、なんて嫌な奴と思ったが男は笑いながら言う。
「大丈夫ですよ 全てが読める訳ではないので 読まれたくない時はロックすれば良いのです 」
・・・ロック? ・・・
「そう、まず鍵のイメージを浮かべるだけでロック出来ます そして、鍵を外すイメージをすれば解除出来ますよ 」
あっそう。ならすぐにロックしよう。解除なんかするわけないよ。私は鍵をかけるイメージをした。男はオークたちに向かって右手を上げていた。そして、呪文を唱え始める。巨大な魔法陣が空中に描かれた。それも一つではない。何重もの魔法陣が空中に現れる。
・・・な、なにこれっ、多重魔法陣 極大呪文使う気なの? これ、アニメなんかで視る、最終回で使われるような呪文だよね 指先から炎を出す”ファイア”程度で良いのに ・・・
私は、これかなり不味いんじゃないのと内心震えていた。こんな呪文使える男に、私より弱いと言っちゃった。
・・・ひいぃぃっ、どうしよう ・・・
こんな男を怒らせてしまったら魔法を使えない私なんか簡単に殺されちゃうよ。私は後ろ足で立って前足を上に上げる。沼の水面で練習した可愛いと思うポーズだ。しかし、男は構わず呪文を唱えている。
・・・これ、私もろとも消滅させる気だ ひぃぃっ、やっぱり怒っているんだよぉ ・・・
私は、ひきつった笑顔を浮かべていた。
・・・せっかく、異世界転生したのに、もう終わり…… ・・・
私は、短い生涯だったとガックリと肩を落としていた。そして、男の呪文の詠唱が終わる。
「我は求める この世の光、この世の闇 相反する二つの力よ ここに来たりて我の刃となれ ”ラグナロク” 」
私は、目を開けていられない程の光に包まれ、その後に暗黒の空間に包まれていた……。