33、忍者マスター
33、忍者マスター
「なんだか頭が痛いな…… 」
ナアマが頭を押さえてテントから起き出してくる。私は既に目覚めて朝の運動代わりにチョロチョロと周囲を走っていた。
「人間の酒程度で二日酔いになるとは私も修行が足りんな 」
ぶつぶつ言いながらも起きてきたナアマはたいしたものだ。イブリースとナガトはまだテントの中で唸っている。当たり前だよ。まったくコイツらは限度と云うものを知らない。アルコール度数96のウォッカ”スピリタス”のボトル何本空けたと思ってるんだよ。ちゃんと私みたいに節度を守って飲みなさいよと小言の一つも言いたくなる。
「おーい、キノコ コーヒー淹れたぞ 」
「ピイッ 」
走り回っていた私はナアマに呼ばれてテーブルの上に飛び乗りペロペロとコーヒーを舐めていた。すると、ようやくイブリースとナガトが起き出してきた。
「ピイィィーーッ 」
私は二人にお早うと挨拶するが、二人は世にも情けない顔をしていた。
「参りましたね 人間の世界にあんな強力なお酒があるとは、脱帽です 」
イブリースが頭を押さえて呟く。ナガトは言葉を返す元気もないようだ。
・・・あれは特別だよ 普通はあれの半分くらいのアルコール度数だよ あれ、そのまま飲んだら喉が焼けるからね ちょっと試したら死にそうになったよ ・・・
私に苦い思い出が甦ってきた。会社の友人のマンションで数人の仲間と飲み会をやったとき、誰かが(たぶんM子だ)持ってきた”スピリタス”で、こんな度数の高いお酒があるのかと盛り上がっていた。そして、そのまま飲んだらどんな味だろうと試してみる事にしたのだが、それがいけなかった。飲んだ全員が喉を押さえて七転八倒の苦しみに耐える事になった。M子だけは飲まなかったので、みんなに水を与えたりして介抱していた。今思えばM子の奴、一人で自分で飲んでみてとんでもない目にあったので、他のみんなにも味わって貰おうと企んだに違いない。私たちは見事にその策略に乗せられたのだ。それ以来、この”スピリタス”をそのまま飲むなどという暴挙は絶対にしない。好奇心は人を成長させるが、人を滅ぼす事もあるのだと身に染みて分かった。
「おやっ? 」
コーヒーを飲んでいたナアマが声を上げる。何だろうと私がナアマの視線を追うと、そこに魔物の群れが現れていた。コーヒーの匂いなどで、ここに誰かがいると察して出て来たのだろう。
「ピイッ 」
ナアマの部下なのかと私は訊いてみるが、違うという返答だ。イブリースも首を振る。という事は、野生の野良魔物だということだ。魔物たちは、ここにいるのが魔王たちとは思わずに牙を剥いて唸り声を上げている。どうやら私たちに襲いかかるつもりのようだ。ゴブリンにオーク、スケルトンが数十体ずつ。そして、その背後に巨大なバジリスクの姿も見える。
「面倒な奴らだな 私はコーヒーを飲んでいるところだ イブリース、お前が始末しろ 」
ナアマが面倒くさそうにイブリースに振るが、イブリースも僕は今紅茶を飲んでいるのでと無視する。仕方ないなあと私が腰を上げようとするとナガトが立ち上がっていた。
「キノコが行くまでもない 私がいく 」
ナガトは聖刀”蛍丸”をスラリと抜いた。
「おいおい大丈夫なのか、お前 忍者マスターならゴブリンやオーク程度なら問題ないだろうが、バジリスクは厄介だぞ 仕方ないなぁ、私がいくか 」
ナアマがやれやれと腰を上げるが、ナガトがそれを制した。
「いや、私も料理以外で役に立つところを見せておかねばなりませんからね ここは私にお任せ下さい 」
「ふん、自信あると云うことか ならば、やってみるが良い ただし危なくなったら、助けてぇと言うんだぞ 」
ナアマの信じているのかバカにしているのか分からない言葉に送り出されてナガトは魔物に向かっていった。そして、まず手前のゴブリンやオークの群れに飛びかかる。
ザシュッ
ゴブリンやオークの頭が次々にはねられていく。一撃で敵を倒す忍者のスキル”クリティカルヒット”だ。なかなか発動出来るスキルではないが、さすが忍者マスターというところか。私は多少ナガトを見直していた。
あっという間にゴブリンとオークを倒したナガトはスケルトンに向かっていく。その動きはまさに電光石火。私の目ではナガトの動きは捉えられなかった。
「ほう、人間にしてはなかなかの動きだな うちのバンパイヤロードと戦わせてみたいな 」
「普通の人間では無理ですよ 忍者という素早さに特化した職業で、さらにそれを高めていったのでしょう なかなかですが、僕の範囲魔法からは逃げられませんね 」
ナアマとイブリースがナガトを見て感想を述べているが、私にはナガトの動きがさっぱり見えなかった。
・・・ねえねえ、二人には見えるの? ・・・
私が疑問を投げ掛けるとナアマもイブリースも驚いたようだった。
「おいおい、キノコ 寝惚けているのか お前に見えない訳がないだろう 」
「いや、ナアマ キノコさんは、まだ自分の力を使いきれていないんだよ キノコさん、目だけに頼っては駄目です 嗅覚、聴覚、触覚、全てに魔力を注いでみて下さい 特にキノコさんは立派なヒゲが何本もあるじゃないですか 触覚だけでも大抵のものは感知出来ますよ 」
なるほど。イブリースの言葉で私は自分の目、鼻、耳、ヒゲに魔力を宿らせた。すると、今まで感じなかったものが意識される。僅かな匂い、小さな音、そして空気の揺れ。それが私の視覚の中に結合され、ナガトの動きがはっきり認識出来た。
「ピイィィーーッ 」
私はイブリースにお礼を言っていた。
「コツさえ掴めば常にこの状態を保つ事が出来るでしょう ステルスのスキルを持つ魔物にも気付けるので、不意打ちを食らう事はなくなりますよ 」
・・・でも、あの白銀の騎士に不意打ち食らってたんじゃ…… ・・・
「あの騎士は別格です 奴のあの鎧は、こちらの感知を無効に出来るのですよ だから、厄介なのです 」
そんなに凄い相手だったのか。倒せて良かった。私は改めて体がブルッと震えていた。その時、既にナガトはスケルトンも倒し、残りのバジリスクに向かっていた。




