31、隣の街へ
31、隣の街へ
”憤怒の石仏”を売却した私たちは宿屋の主人に屋根の修繕費を支払い、スッキリした気分になっていた。なんかやっぱり支払いが滞っていると気分が晴れないもんね。それに、ナガトが自分の分の報酬はいらないと言って私に全部くれたので、私は一躍小金持ちになっていた。私は一度は固辞したけれど、ナガトが世話になったから受け取ってくれと言うので貰っちゃった。もう、しばらくお金の心配はしなくていいぞ。
「ピイィィーーーッ 」
私は嬉しくて宿屋の部屋の中をチョロチョロと駆け回っていた。
「ほら、キノコ 少しは落ち着け コーヒーを淹れたぞ 」
「ピイィッ 」
私はテーブルの上にとんと登り、ナアマが淹れてくれたコーヒーをペロペロと飲んでいた。
・・・もうこれで心配事はないよ いつでも旅立てる ふふっ、私の冒険がついに始まるのだ ・・・
私がいい気分でコーヒーを飲んでいると情報集めに外出していたイブリースが戻ってきた。そして、テーブルの上に地図を広げる。
「南の大陸に行くには、まず、ここ北の大地の首都シン・イーハトーブに行き、そこから港町シーガルへ行き航路で渡る事になります」
・・・人間たちの移動方法を使うんだ 魔族の力では何か方法はないの ・・・
私は首を傾げるとナアマが説明してくれた。
「元々、南の大陸は人間たちにくれてやったものだから、私たちから南へ行こうなどとは思ってもいないからな だから、交通手段などないし、飛行出来る魔物でも、この距離を飛んで行くのは苦しいだろう まあ、そうして断絶されているからお互い干渉せずに暮らしていこうという先祖たちの狙いのようだったが、やがて、人間は船という物を発明し、この北の大地にも進出してきた訳だ」
「まさか、この海域を移動して来るなど思いもしていませんでしたからね 僕たちの先祖が気付いた時には拠点が建設されていて、あっという間に人間の数が増え街が作られていったらしいね 僕らも書物での知識だから実際のところは分かりませんがね」
ナアマの言葉をイブリースが補足してくれた。でも私は疑問があった。いくら広い海があったって関係ないと思うけど……。
・・・ねえねえ、海生の魔物とかいないの 有名なリバイアサンとか ・・
「リバイアサン? なんだ、どこかのオバサンか? 」
ナアマがとんちんかんな事を言う。
「海で生きる? 海中で生きているなんて魚や海藻くらいでしょう そんな魔物いませんよ 」
イブリースが断言するくらいだ、本当に海の魔物は存在しないのだろう。ふーんと私は考えていた。
・・・やっぱり私がいた世界と随分違うよ 私も自分の思い込みをリセットしていかないといけないよね ・・・
私たちは早々に旅立とうという話になり、まずは首都シン・イーハトーブを目指す事にした。その為に明日、隣の街へ旅立つ事が決定した。
「隣の街には歩いて2日、3日あれば行けるでしょうが、その先は僕らも行った事がありません 結構道のりがありそうなので隣街で馬車でも借りましょうか」
・・・馬車っ、借りよう借りよう 乗りたいよぉ ・・・
イブリースの言葉に私は興奮していた。馬車だよ、馬車。これぞ、冒険。ワクワクが止まらないよ。私がぴょんぴょん跳び跳ねているとナアマにガシッと抱っこされた。
「よし、それなら明日は早朝に出発しよう。もう寝るぞ。イブリースは床で寝ろ。私はキノコとベッドで寝る 」
「はぁ、高貴な僕が床で寝るわけないだろう 何を考えている、ナアマ 」
うわっ、また始まったよぅ。コイツら本当に仲良いのか悪いのか、全然分からないよ。私が、あたふたしているとイブリースは空間倉庫から、なんと天蓋付きの巨大なベッドを取り出した。
「ふふん、ご心配なく これから冒険に出る為の用意としてベッドも持ってきていますから」
宿屋の部屋の中に、でーんと天蓋付のベッドを置いたイブリースは得意そうな顔でナアマを見つめる。イブリースとナアマの視線が空中でぶつかり合い火花を散らしていた。
「くく、私だって自分のベッドを持ってきているさ 」
ナアマも部屋の中に自分のベッドを出現させた。それは、ナアマの部屋にあったあの黒い不気味な柩だ。二人はお互いにどや顔をしながら、おやすみとベッドに入っていった。ナアマに抱っこされている私は当然柩の中だ。
・・・ひいぃぃーーっ ・・・
震える私に構わずナアマは、ぎいっと柩の蓋を閉めてしまった。
・・・うぴぃぃーーっ ・・・
柩の中は真の暗闇になり、私はナアマの胸にしがみついていた。
・・・私、床で寝ても良かったのにぃ ・・・
私は、柩の中で眠るという恐ろしい経験を図らずも体験する事になってしまった。
* * *
翌朝、まんじりとも出来ず眠い目を擦りながら私はナアマの淹れてくれたモーニングコーヒーをペロペロと飲んでいた。イブリースも自分で淹れたモーニングティーを飲んでいる。一服したら、もうこの宿を出て隣の街へ向かうつもりだ。すると、ドアをノックする音が聞こえた。今日、発つと伝えてあるので宿屋の主人かと思った私はナアマとイブリースに早くベッドをしまってと伝えてから、どうぞと声をかけていた。
「今日、発つと言っていたのでな 」
ドアを開けて入って来たのは宿屋の主人ではなく黒装束の忍者だった。
・・・なんだ、ナガトか びっくりさせないでよ ・・・
私がガクッと拍子抜けしていると、慌ててベッドを戻していたナアマとイブリースも、いい加減にしろという目付きでナガトを睨む。
「あの時の忍者か 何のようだ、こんな朝早くから 」
ナアマが喧嘩腰で言うので私は、まあまあとなだめながらコーヒーを勧めると、ナガトは私はコーヒーは飲まない、飲むのは茶だけだとのたまう。ナアマの額にピキッと血管が浮き出ていた。いや、ホントに協調性がない男だよ。私はハラハラしながらナガトを椅子に座らせ、用件を聞いてみる事にした。