25、白桃の眠り
25、白桃の眠り
ナガトは一直線に”白桃の眠り”に向かっていた。広い草原を、深い森の中を休みもせずに風のように走り続けていく。私は、さすがAAA級の冒険者だと思った。しかも、ナガトはソロ攻略、ソロ討伐を常に行っているようだ。本人の性格でパーティーを組むのに向いていないのは分かるが、相当の実力がなければ不可能な事だというのは私でも分かる。
・・・惜しいなぁ、これで性格が普通だったら凄い戦力になるのになぁ ・・・
私はナガトの腕に抱っこされて運ばれながら、彼がパーティーに入れば即戦力になるのにと考えていた。しばらく”白桃の眠り”目指して走っていくと、前方に何人かの冒険者らしき姿が見えた。ナガトは足を止め、その冒険者たちに声をかける。
「”白桃の眠り”で何があったか知っているか? 」
いきなりナガトは訊いていたが尋問じゃないんだから、もっと訊き方があるだろうと思わずにはいられない。それでも冒険者たちは、相手がナガトと分かると丁寧に答えていた。
「すいません、僕たちも詳しくは分かりませんが、今”白桃の眠り”の入り口にはゴモラの軍が集結しているようです 」
「軍がっ? 」
「ええ、誤って冒険者が入らないように規制しているようです 」
「そうか…… それでは迷宮から生還した冒険者の名前は分かるか? 」
「はい、盗賊のプロキオンさんですよ 」
「プロキオンか…… 奴の素早さのアビリティは突出している それで、抜け出せたのか…… 」
独り言のように呟いたナガトはありがとうと冒険者たちにお礼を言うと、また走り出した。
・・・盗賊というのは基本職の一つだよ 盗賊を極めると上級職の忍者に成れるけれど、忍者になる事で失われてしまうスキルもあるから、盗賊のままでレベルを上げる人も多いよね 盗賊は敵モンスターからアイテムやレアアイテムを盗む事が出来るけど、忍者は敵を一撃で倒すクリティカルヒットを放つ事が出来る レアアイテムを手に入れられるのも魅力だし、体力の多い敵モンスターを一撃で倒してくれるのも有難い そのパーティーの狙いがどちらにあるかだよね プロキオンという人は、盗賊だそうだからアイテム集めが得意なんだろうな ・・・
私が、そんな事を考えているうちに、私たち二人はダンジョン”白桃の眠り”の前に来ていた。無骨な灰色の岩山に黒い入り口がぽっかりと空いている。大きな洞穴という感じだけど、中には魔物が巣くうダンジョンとなっているのだろう。その”白桃の眠り”の入り口前には規制線が張られ、立ち入り禁止になっており、数人の人間が周囲を警戒していた。私、一人ならチョロチョロと入り込めるだろうけど、社会人である以上ルールは守らなければいけない。ちょっとくらい良いだろうという気持ちでは社会人失格だ。
「おい、小動物 貴様なら見つからずに入れるだろう 中の様子を少し探ってきてくれ 」
私が思ってるそばからこれだよ。まったくナガトは社会人失格だ。私がナガトに説教しようとすると、ナガトが先に私にお願いしてきた。
「人の命がかかっている 私が無理に入ろうとすれば揉めてしまうだろう 私はお前の強さを信じている ここは私の為に力を貸してくれないか 礼は何でもする 頼む 」
こいつ、やっぱり良い奴だよ。確かに人の命より大切なルールなんてないだろう。私は、任せてと胸を叩き”白桃の眠り”の入り口に向かってチョロチョロと走って行った。そして、隙を見て入り口に飛び込む。どうやら、気付かれなかったようだ。私は爪楊枝の剣を抜き、魔力とイメージをエンチャントして歩き出した。”白桃の眠り”に入ったとたんに外界の音は聞こえなくなる。そして、ダンジョン内は異様な雰囲気に包まれていた。
・・・なんだろう、この嫌な気配 前に潜った”灼熱の迷宮”と全然違う感じが漂っているよ 何て言うか、死の気配と言ったら良いのかな これは確かに普通の冒険者を入れたらいけない 上級の冒険者のパーティーが複数組んで挑まなければいけないレベルに感じるよ ・・・
私は慎重にダンジョン内を進んで行った。今のところ出現するモンスターはゴブリンばかりである。ここに転生したての頃はゴブリンにも勝てずに男の子を見殺しにしてしまったが、今ではイブリースのおかげで楽に勝利出来るようになっていた。
・・・うわっ、ここも行き止まりだ ・・・
私が進んできた通路は、目の前が壁になり行き止まりになっていた。もう何度も行き止まりの通路にはまり引き返してばかりいる。
・・・もう、マッピングが必須のダンジョンだよ ・・・
私は時々止まって腰にぶら下げたポーチからノートを取り出し少しづつダンジョン内の地図を書いていく。ゲームでも、オートマッピングに慣れてしまった私には、なかなかに骨の折れる作業だった。
・・・ナアマのダンジョンが楽で良かったけど、このダンジョンが普通なんだよね ・・・
私は、グルグルとダンジョン内を歩き回り、ようやく次の階層に降りる階段を発見した。
・・・ふうっ、けっこう時間かかっちゃった やっぱりダンジョン探索には盗賊や忍者がいると便利だよね ・・・
盗賊とその上級職である忍者。彼らのスキルは非常に有効だ。まず発見した宝箱に罠が仕掛けられているか鑑定出来る。そして、仕掛けられた罠を解除出来るのも彼らだ。宝箱の罠には様々なものがあるが、代表的なものに”ポイズンニードル”がある。宝箱を不用意に開けようとすると毒針が飛び出す罠である。毒を中和出来るポーションや中レベルのプリーストがいないパーティーでは致命傷になり得る。他に最悪な罠の一つに”テレポート”がある。この罠が作動するとパーティー全体がダンジョン内の別の場所に飛ばされる。飛ばされた場所が深い階層の、まだマッピングも出来ていない場所だった場合、ダンジョン入り口まで戻れる”帰還”の魔法を使える高レベルのプリーストがいなかったら、もう生還は諦めた方が良いだろう。それだけ、宝箱の罠は危険なのである。だから、迷宮探索のパーティーには盗賊や忍者が必須といえた。それに、宝箱以外にも罠が仕掛けられている。落とし穴やテレポートフロアが通路の床に仕掛けられている。それを探知出来るのも盗賊と忍者だ。なので、私のようにソロでダンジョンに挑むのは相当な危険が伴うのだ。
・・・落とし穴には気を付けないとね 私の体じゃ、落ちたら出れないよ ・・・
人間であれば多少のダメージで済む落とし穴も小動物の私では大きなダメージを受けるかも知れない。階層が深くなるにつれ、仕掛けられた罠も凶悪になっていく。私は慎重に階段を降り、次のフロアに向かった。




