19、珈琲タイム
19、珈琲タイム
昼夜ぶっ続けで柩に横たわるナアマに魔力が注がれていた。さすがのイブリースも、ぐったりと豪華なソファーに腰を降ろし休息をとっている。
・・・どうなの、イブリース ナアマ、大丈夫なの? ・・・
私はイブリースの肩に乗り、訊いてみた。だって、まだナアマはピクリとも動かない。首も切断されたままだ。人間なら、こんな長時間首が切断されたままなら、とっくに脳死しているところだ。
「大丈夫ですよ、キノコさん ほら、ナアマの首から出ていた煙が消えているでしょう 聖剣の斬撃の効力はもう無くなりました あとは首の組織が再生するのを待つだけです。キノコさんのおかげです。ありがとうございました」
改めてイブリースにお礼を言われ私は照れてしまったが、良かった。ナアマが無事ならなによりだ。私はメルヘンチックな木株のテーブルの上に移り、メイドさんが用意してくれたコーヒーをペロペロと舐めていた。
「キノコ キノコはいるか? 」
声が聞こえた。ナアマの声だ。
「ピイィィィーーーッ 」
私は大きく返事をして、ジャンプして柩によじ登りナアマの大きな胸に飛び込んでいた。ナアマも嬉しそうに私を抱っこして頬擦りする。金木犀のいい薫りが私の鼻腔を刺激する。
・・・ああ、ナアマだ 本当にナアマだ ・・・
私も嬉しくてナアマにしがみついていた。
「やっぱり、さすがキノコだ あの白銀の騎士に勝ったんだな 」
「ピ、ピイィ 」
私は嬉しくて涙が溢れて言葉にならなかった。イブリースが私の代わりに説明してくれる。
「キノコさんは、あの騎士を魔力で消滅させた 」
「魔力で? しかし、奴は絶対魔法防御の甲冑を帯びていたのでは 」
「そうだ キノコさんは僕たちに可能性を示してくれたんだよ あの無敵と思える甲冑も破壊する事が出来る 僕らも切磋琢磨して、もっと鍛え力を蓄えれば奴らに遅れをとる事がなくなるんだ キノコさんはそんな希望も与えてくれたんだ 」
私はイブリースとナアマに見つめられ大いに照れていた。過去に一度だけ優秀な成績を修め、全社員の前で社長から表彰状を貰った時の気分だった。
「お前らにも世話になった礼を言う 」
ナアマは配下の悪魔たちにも頭を下げていたが、んっとふと何かに気付いたようだった。
「おい、イブリース なぜ貴様、私の寝室に入っている 」
・・・うわぁ、だから言ったじゃない 女性が寝室に勝手に入られたら嫌なんだよぉ ・・・
私がオロオロしていると、ナアマの大声が響き雷が落ちた。
「とっとと私の寝室から出ろっ 全員だっ 」
グレーターデーモンたちは失礼しましたと、平気な顔で立っているイブリースの腕を引き、慌てて部屋を出ていった。私も急いで飛び出そうとすると、ナアマにがっしりと捕まれてしまった。
・・・ひいぃぃっ、怒られるうぅぅっ ・・・
私がびくびくして、ぎゅうと小さく丸まっているとナアマは優しく私を撫でていた。
「キノコは残っていてくれ 二人でゆっくり話そう 私もキノコの言葉が頭に入るようになった キノコの事ももっと知りたい コーヒーを飲みながら、ゆっくり語り明かそう 」
ナアマは私を撫でながら微笑んでいた。
「ピイィィィーーーッ 」
私も後ろ足で立ち上がり、前足を上げて大声で答えていた。
* * *
「私が誕生するより遥か前の話だ この惑星にどこかの星の宇宙船が不時着したそうだ そこに乗っていたのが人間だ 私たちの祖先は人間たちを迎え入れ、上手く生活していたらしいが、私たちと人間では寿命が違った 私たちの寿命は長い、それ故にほとんど繁殖を必要としない だが人間の寿命は短かった その為に繁殖を繰り返し、ねずみ算式に増えていったのだ それで人間の為に与えてあげた南の大陸だけでは手狭になり、この北の大地にまで侵出してきた訳だ もう人間たちは私たちを駆逐して、この星の全てを手に入れようとしている 先住民である我々を排除し、全て自分達の物にしようとしているのだ 人間は我々と違い物を造るのが上手い あの白銀の甲冑や聖剣等を生産し私たちを超える戦闘力を身に付けたのだ だが、私たちも敗けている訳にはいかない せめて北の大地は守れるように戦っているのだ 」
私はナアマの話を聞いて暗い気持ちになっていた。どちらにも言い分はあるだろう。それが何で、ここまでの争いになってしまったのか。
・・・コンプライアンス室とかなかったの ・・・
私は、なんとしても南の大陸に向かい話し合う必要があると感じていた。
・・・ねえ、ナアマ 人間、全てが悪い人ではないと思うけど ・・・
「それは分かっているさ 逆に悪魔や魔物が全て仲間とも限らない…… 」
えっ、どういう事だろう。私はナアマの言葉の続きを待ったが、ナアマはそれ以上口を開かなかった。
* * *
「お待たせしました、ギュスターヴさん 」
イブリースの言葉でギュスターヴは座っていた椅子から腰を上げ頭を下げた。
「ご無事でなによりです あなた方の事ですから心配はいらないと思っていましたが、ダンジョンは何が起こるか分かりません こうしてお顔を見れて安心しました 」
本当にその通りだ。まさかあんな敵が現れるとは思ってもみなかったよ。ここでギュスターヴは、おやっという顔になる。イブリースの後ろにいる女性に気がついたようだ。
「ピイィィィーーーッ 」
私は、ギュスターヴに私の新しい仲間だと紹介した。
「よろしく、ギュスターヴ 私は魔法剣士のアシャという キノコの仲間だ 」
「初めまして、アシャさん 凄いですね、剣士の上級職の魔法剣士ですか 私は色々な土地を旅していますが魔法剣士の方とは初めてお会いしました 私は吟遊詩人のギュスターヴといいます よろしく、お願いします 」
ギュスターヴはアシャに向かって頭を下げるが、イブリースは不服そうに、僕も魔法使いや僧侶の上級職の賢者なのですけどと膨れた顔をしていた。ここで私はギュスターヴに人前では私の事をリースと呼んでくれとお願いした。合わせてイブリースの事もイブと……。
・・・ごめんね、ギュスターヴ 少し事情があって、めんどくさいけどお願いします ・・・
私はギュスターヴに頭を下げるが、ギュスターヴは、それは彼が魔王だからですかとあっさりと言う。
・・・ど、ど、どうして? ・・・
私はみっともないくらいに狼狽えてしまった。こんな態度では、もうイブリースが魔王と肯定しているのと同じだ。
「あのダンジョンで、あの高レベルのモンスターを前にして人間ならば、あんなに落ち着いていられませんよ マスタークラスの冒険者でもです それにあの時の彼の全身から漂う気配はとても人間の物とは思えませんでした 私は各地を旅していますので、こういう事にけっこう敏感なんですよ 」
これはもう隠しても無駄なようだった。私は、あっさりと兜を脱いでいた。




