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1、新生


1、新生



 暗い闇の中で揺り籠に揺られているような感覚の私の頭の中に、また突然声が響いた。


・・・さあ、目覚めなさい これから、あなたは新しい生涯を送る事になります どんな生涯になるのか、私も楽しみにしていますよ ・・・


 私は、恐る恐る目を開けた。そこは、木々に囲まれた森の中のようであった。緑のむせ返るような匂いが鼻をつき、爽やかな風が頬を撫でる。私は、ぐるっと周囲を見回した。周りに人の気配はなく、空は抜けるように青かった。


・・・地球じゃないんだよね 地球の初夏みたいな感じだけど ・・・


 私は周囲を探検しようとして一歩踏み出した時、違和感を覚えた。


・・・えっ、なんだろう 何か前と違う感じがする ・・・


 地球ではないだろうから重力とかが違うのかなと思ったが、私の体全体が以前とかなり違う気がする。私は腕を上げてみた。


・・・何、これ? ・・・


 私の目に映ったのは、黒い長い爪が生え肉球がついた、とても人間とは思えない手だった。


・・・ふえっ…… 鏡、鏡ないの ・・・


 私は自分の姿を確認したくて鏡を求めて全力で走り出していた。それも、四つ足で……。

 チョロチョロと森の中を走り抜けた私は、小さな沼の畔にいた。私は水面に近付き自分の姿を映してみる。そこには、後ろ足で立った小さな動物の姿が映っていた。

 私はジリスの神セレネ。そういえば、あの頭に聞こえた声はそう言っていた。リチャードソンジリス。この姿は間違いなくジリスだ。私は驚いたが別に落胆はしなかった。人間でないのは不便かも知れないけれど、スライムだって蜘蛛だって力があれば楽しい。私は自分の中に、今まで感じた事のない力を感じていた。おそらく、これが魔力というものだろう。私が魔法使いであるのは間違いないと思われる。


・・・まあ、虫やモンスターの姿よりは可愛いから良いよね それに私は最強の魔法使いであるのは間違いないもん ふふふ、この世界は私の為にあるのだ ・・・


 私は得意満面で鼻息を荒くし、まず魔法を試してみようとした。私の頭の中に魔法のイメージが浮かんでいる。このイメージを浮かべて呪文を唱えれば魔法が発動する筈だ。私は、いくつも浮かんでいるイメージから風の魔法を選んだ。


・・・大気に潜む精霊よ、私の命に集いなさい、暴風乱舞っ ・・・


「ピィッ、ピィッ、ピイィィッ 」


 何も起こらなかった。


・・・あれっ、どうして? ・・・


 私はまた呪文を唱えてみた。


「ピィッ、ピィッ、ピイィィッ 」


 やはり、何も起こらない。


・・・どういう事? 意味分からないよ ・・・


 私はしつこく呪文を唱えてみる。


「ピィッ、ピィッ、ピイィィッ 」


 私は愕然とした。まさか、これ、考えたくないけど……。私がリスだから……。言葉を喋れないから……。物凄い魔力は確かに感じる。でも、呪文を唱えられなくて魔法を使えない。そんな事、あるの。


「ピイィィィーーーーッ 」


・・・これ、意味ないじゃん ・・・


 私は、魔力はあっても魔法を使えないリスの体で、こんな誰もいない森の中に放り出されて途方にくれていた。これから、夢のような暮らしが始まる予定だった。それが、この現実に打ちのめされていた。


・・・どうしよう、私…… もっと詳しく神様に説明しておけば良かったよ ・・・


 私は、果てしなく後悔していた。せっかくの異世界転生が、憧れていた夢の世界がガラガラと崩れていくようであった。私は沼の畔をトボトボと歩いていた。すると、私のお腹がグーッと鳴っていた。


・・・そうだ、乗り換え駅でご飯食べようと思って食べられなかったんだ ・・・


 私は、帰宅途中で自分が無念の事故死を遂げたのを思い出した。


・・・あーあ、最後に駅ナカの萬福亭のかつ丼セット食べたかったなぁ ・・・


 私の脳裡に美味しそうに湯気を立てる”かつ丼セット”が浮かんでいた。メインのかつ丼にミニカレー、ミニチャーハン、それにドリンクとアイスクリームまで付いた背徳感たっぷりのセットだ。


・・・お腹空いた…… お腹空いたよ…… ・・・


 ご飯を妄想している私の鼻に、何か美味しそうな薫りが漂ってきていた。


・・・なんだろう? この匂い…… ・・・


 キョロキョロ見回すと森の一画に牧草のような草が生えていた。畑のように手入れされ栽培されているような感じではなく、自然に自生しているような感じだ。これなら食べても誰にも文句言われないだろう。


・・・あっ、でも、この森の所有者がいるのかも知れないよ ・・・


 私は勝手に食べるのは良くないと躊躇したが、空腹には勝てなかった。


・・・ごめんなさい、後でお金払いますから ・・・


 そのお金をどうやって手に入れるのか皆目見当がつかなかったが、私は駆け寄ると、夢中で草を食べていた。


・・・おいちいぃぃっ なにこれっ ・・・


 空腹に勝る調味料は無いからなのか、私は無我夢中で食べまくり、お腹がパンパンになってもまだ頬袋に詰め込んでいた。


・・・お水、お水 ・・・


 ようやく一息ついた私はお水を飲みに沼に戻り、水面に映る自分の顔とお腹を見て卒倒した。


・・・ぎょえぇぇっ、これ、もうリスじゃない 化け物だよ ・・・


 頬袋が膨れて横幅が3倍くらいになった顔に、太鼓のように膨れたお腹……。それはもう、怪獣といっていい姿だった。それでも、空腹を満たした私は、牧草もどきが生えている一画と水呑場である沼の中間点に拠点を造る事にした。私が普通のリスだったら木の上に巣を造るのが良いけれど、私はジリス、木登りは得意じゃない。ジリスは地面に穴を掘って巣を造る。私は長い爪で地面をほりほりして穴を掘っていった。


・・・やったぁ、完成 ・・・


 私は巣穴の中で微笑んでいた。


・・・うーん、落ち着くなぁ ・・・


 巣穴の中に潜っていると妙な安心感がある。適度な暖かさと暗さと囲まれ感で私は眠くなってきた。


・・・今日はもう寝て、明日ここを拠点に周囲を探っていこう ・・・


 私は、まだこの世界の事を何も知らない。未知の土地なのだ。夢見ていた異世界転生とは違ったけど、せっかく転生したのだから楽しまないとね。私は、かつ丼セットを食べまくる夢をみながら、すやすやと眠っていた。


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