17、灼熱の迷宮8
17、灼熱の迷宮8
「ふふっ、そのまま動くなよ 私をこんな目に合わせてただで済むと思うな 」
騎士はナアマの首に”アスカロン”を当てたまま、私とイブリースに油断なく目を配っている。
「おい、そこの悪魔 その小動物を持ち上げて地面に叩きつけろ 」
「なんだと、貴様 僕がキノコさんにそんな事をすると思うか 」
「良いのか、この女悪魔の首をはねるぞ 聖剣で首をはねられれば、この女悪魔は完全に消滅するだろうな 」
それでもイブリースは動こうとしない。ナアマより、コイツを倒せる私を優先するという意思を感じる。
・・・ダメだよ 私は大丈夫だから、アイツの言う通りにして アイツも私の”フラガラッハ”で傷を負っている ”フラガラッハ”で斬られた傷は治癒不能 だから耐えていればアイツは倒れる それまで、ナアマを守る為に我慢してイブリース ・・・
私は必死にイブリースを説得する。そう、ケルト神話に記載がある。聖剣”フラガラッハ”でつけられた傷は治癒されないのだ。私の体が壊れるか、アイツが出血多量で倒れるか。我慢比べだ。数々の理不尽なクレームにも耐えてきた私の精神力を侮るな。
「早くしろ、悪魔 そいつを地面に叩きつけろ そうしないと、こいつの首をはねるぞ 」
・・・イブリース、早く 私なら大丈夫だから 早くしてっ ・・・
イブリースは不承不承残った左手で私を持ち上げると頭上に上げ地面に落とした。
ポトッ
「ふざけているのか、貴様 私は叩きつけろと言ったんだ 今度、そんなまねをしたら、こいつの首をはねる 」
・・・イブリース、お願いっ わかって ・・・
私の願いにイブリースは、また私を持ち上げ今度は思い切り地面に叩きつけた。
「ピイィィィィーーーッ 」
「キノコォォォッ 」
捕らわれているナアマが絶叫する。私は目から星が出た。私はこの一発で意識が飛びそうだった。やはり、私は物理攻撃には弱いようだ。でも、ナアマの命がかかっている。弱音なんか吐いていられないよ。
「よし、もっと続けろ 私がいいと言うまで続けるんだ 」
「貴様、ふざけるなぁっ 」
イブリースが激高するが、私はイブリースにお願いする。アイツは必ず倒れる。それまで私は頑張るから言う通りにしてと……。
・・・ナアマは私の大切なお友達 だから、絶対に殺させない ・・・
私の目を見てその決心が揺らぐ事はないと確信したイブリースは諦めたように、また私を持ち上げると地面に叩きつけた。
「ピイィィィィーーーッ 」
なんかどこかの骨が折れた感覚がある。でも、ナアマを助ける為、奴が倒れるまで私は頑張る。
「ピ、ピィッ 」
「キ、キノコ…… 」
ナアマの声が聞こえる。
・・・大丈夫だよ、ナアマ 私は負けない ・・・
それから何度となく地面に叩きつけられた私は口や鼻から血を流し意識が朦朧となってきていた。でも奴だって立っているのが辛い筈だ。私は騎士を睨み付ける。兜に覆われてその表情を窺う事は出来ないが、必死に立っているように感じる。
・・・負けてたまるか ナアマは大切なお友達なんだ また一緒にコーヒーを飲むんだ ・・・
もう手足の動かない私をイブリースは、また持ち上げる。その時、ナアマが叫んだ。
「今、キノコの声が私の頭の中にも響いてきた イブリース、キノコは私の事を大切な友だちと言ったのか 」
「そうだ、キノコさんは君の事を大切な友人だと思っている また一緒にコーヒーを飲みたいと…… 」
「そうか、キノコ ありがとう 私が捕まったばかりに、こんな酷い目に合わせてしまった 私もキノコの為に命を賭けよう 」
・・・なにっ? なに言ってるの、ナアマ ・・・
私は霞んだ目でナアマを見た。それは、あっという間の出来事だった。ナアマは自分の手で、首に当てられていた聖剣”アスカロン”を押し込み、自分の首を切断してしまった。
バスゥゥッ
ナアマの首が切断され、血が噴き出す。ナアマの頭がポロリと地面に落ちコロコロと転がった。聖剣で切断されたナアマの首から、シューッシューッと煙が上がり崩れていく。
・・・えっ…… ・・・
私の思考は停止していた。ナアマを捕らえていた白銀の騎士も、ナアマが自害するなど想定外だったのだろう。激しく動揺している。
・・・どうして、何でそんな事するの、ナアマ 私を助ける為 人質がいなくなれば私が戦えるから? ・・・
私は殺意の籠った目で騎士を睨み付けた。人間に殺意を抱くなど始めてだ。だけどもう私の感情は抑えられなかった。
・・・許せない、殺す ・・・
後でイブリースに聞いた話だけど、この時私の黒い丸い瞳は、燃え上がるような深紅に変化していたという。そして、もう手足の動かない私は、咆哮するように大きく口を開き、そこから魔力が放出される。それは、魔法ではない。純粋な魔力のみ。魔法の元となる核となる力だ。魔法は、この魔力に呪文を唱えて属性や特性を与えて使用するものだ。火や水等の属性、切断や貫通等の特性、それを組み合わせるのが呪文だ。だけど、私は呪文を唱えられない。なので、純粋な魔力だけが騎士に向かって放射される。騎士は、その私の魔力に耐えていた。
「私の鎧は絶対魔法防御だ こんな魔法でも何でもない、ただの魔力だけで倒されてたまるか 」
騎士は耐えているが、私は知っている。世の中に”絶対”などというものは存在しない。何度、これは絶対大丈夫と言われた商談が白紙に戻ってしまった事か。絶対などあり得ない。それより上の存在の鶴の一声で”絶対”は覆される。絶対魔法防御、そんなものは無い。どんな物でもその限界以上の魔力をぶつければ破壊出来る。そして、私は最強の魔法使いなのだ。この時の私は、もう感情の制御が出来なかった。
・・・私の友だちをぉぉっ、返せえぇぇぇっ ・・・
私の魔力で白銀の騎士の甲冑がひび割れていく。
「馬鹿な、こんな事あり得ない…… 」
私が冷静であったなら、ここでもう止めていただろう。もう決着はついた。これ以上やる意味はない。魔法防御の甲冑が失くなれば、魔王イブリースの敵ではないだろう。それを悟って逃げ帰るのがオチだ。だけど、ナアマを失った私の感情は収まらなかった。
・・・地獄に落ちろっ、人間っ ・・・
「ひ、やあぁぁぁっ 」
白銀の騎士は私の魔力を浴びて、踊るように体を動かしながら塵となって消えていく。そして、白銀の騎士は骨の欠片一つ残さず、この世界から消滅していた……。




