11、灼熱の迷宮2
11、灼熱の迷宮2
ヘルハウンド。簡単にいえば炎の犬の魔物だ。口から吐いている炎は、攻撃の為ではなく単純に吐いた息が炎なだけである。この魔物の武器は、鋭い牙と爪、そして素早い動きと、ある程度の魔法耐性を持っている。高レベルの冒険者でも、こいつが数多く出現すると苦戦は必至。下手すると全滅の憂き目にあう。これが地下一階の序盤から出現するとは確かにモンスター配置に問題があるように私にも思われた。だって、こんなのが地下一階で現れたら、最下層にはどんな物凄いモンスターが現れるのよと思ってしまう。大概の冒険者たちは、ここで怖じ気付いて撤退の道を選ぶだろう。
・・・だけど、私は最強の魔法使いキノコの名にかけて、それと女の子の為退く訳にはいかない ・・・
私は一人興奮していた。後ろではイブリースが、早く行こうよと退屈そうな顔をしている。
・・・まったく、盛り上がりに欠ける奴だなぁ ・・・
もう私はイブリースは無視してヘルハウンドに集中した。
・・・ヘルハウンド、確かに動きは素早いというけど、私だってジリスなんだから素早さでは負けないよ ・・・
私はヘルハウンドに向かって飛び出し、剣に魔力をエンチャントする。この場合、当然”水”あるいは”氷”の属性魔法だ。私はチョロチョロとヘルハウンドの攻撃をかい潜り、自分の間合いに入った。
「ピイィィィーッ 」
私は気合いを入れて、ヘルハウンドの脚に剣を一閃する。
ピキィーーーンッ
一体のヘルハウンドが脚から凍りつき、忽ち全身が氷の彫刻に変化する。そして、パーンと粉々に砕け散った。ヘルハウンドの砕けた氷の粒が頭上からパラパラと降ってくる。ふふんと私は得意気な顔をイブリースに向けるが、イブリースは呪文を唱えている。おいおい、私には魔法使うなと言っておきながら、どういう事。私が唖然としているうちにイブリースの呪文の詠唱が終わる。
「”ヘイルストーム” 」
小さな氷の粒が嵐のように吹き荒れる範囲魔法だ。その嵐に巻き込まれたヘルハウンドは氷の粒に体を貫ぬかれていく。ヘルハウンド二体はあっという間に蜂の巣にされ倒れていた。
・・・ちょっとぉ、私には魔法使うなって言って、自分は使っていいの ・・・
私はイブリースに文句を言うが、イブリースは軽くのたまった。
「僕はこのダンジョンを破壊しないように力を加減して使っていますからね。キノコさんは、絶対にそんな事考えずに使うでしょう 」
私はムムッとしたが、返す言葉がなかった。実際、呪文を唱えられない私は自分の魔法にどれ程の威力があるのか分からない。イブリースの言葉ではエンチャントした剣の威力より、直接唱えた魔法の方が威力があるようだから、そこから推察するよりない。それにしても力の加減くらいしますって……。いったいコイツは私をなんだと思っているんだ。私は、今度出てきた魔物は私が倒すから手出し無用と厳命した。
「分かりましたが、くれぐれもダンジョンその物を壊さないで下さいよ こんなへたれダンジョンでも、あの馬鹿が一生懸命頑張って創ったダンジョンですからね」
私は、あれっと思った。
・・・なんだよ、コイツ ちゃんとナアマの事気遣っているじゃないの もしかしてあれ、仲が良すぎる為の痴話喧嘩 ふふん、そういう事ね ・・・
私は、ほっこりした気分になりながらダンジョンを進んでいた。二人の事を思うと自然に笑みが浮かんでしまう。
ダンジョンは右に左に曲がって続いていくが、分岐する地点など皆無で本当にただの一本道だった。
・・・これなら迷わなくて良いね ・・・
私的には有り難い。いくつも分岐があって行き止まりやループするようなトラップがあったりすると本当に面倒くさい。以前、遊んだPCゲームで何も目印がない真っ暗な宇宙空間で、知らないうちにテレポートしてしまうトラップがあるRPGがあった。モニターの画面は真っ黒で、うっかりすると右を向いたか左を向いたかも分からなくなる凶悪なゲームだった。もう、マッピングが鬼のように大変で挫折する人も多かったが、私はそのゲームをクリアした経験がある。別に自慢できる程のものでもないが、密かな誇りになっていた。今のようにオートマッピングなど無い、方眼紙と鉛筆が必須だった頃の話だ。それが、オートマッピングに慣れてしまうと、もう方眼紙を使うのが面倒になってしまった。私は堕落したのだ。もう、あまり手の込んだダンジョンだと投げ出したくなってしまう。その点、このダンジョンは私にとってフレンドリーなダンジョンといえた。
・・・良いね、良いね どんどん進めて気持ち良いよ ・・・
私が剣をビュンビュン振りながら進んでいくと、前方から悲鳴と怒声が聞こえてきた。
「おや、珍しく冒険者が来ていたようですね 」
イブリースが呑気に呟くが、私はダッシュしていた。
・・・あの悲鳴、断末魔の悲鳴のようだった もし冒険者なら助けてあげないと ・・・
走って行くと急に視界が開けた。広い大きな空間の奥に地下二階へ続くと思われる階段が見える。その広間の床に三人の人間が横たわり、その倒れた人間を庇うように一人の男性が立っていた。そして、その男性の前には、炎に包まれた巨大な竜が威嚇するように咆哮している。
「火竜”サラマンダー”ですね レベル80程度のモンスターです でも人間がかなう相手ではありません まったく、無謀なパーティーです たった4人で、このダンジョンに挑むなど愚の骨頂です こうなったのも自業自得ですね こんなのに構わずに先に進みましょう 」
相変わらず冷たい物言いをするイブリースを無視して私は一人残っている男性に駆け寄っていた。
「ピイィィィーッ 」
私が鳴くと男性は私とイブリースに気付いたようだった。
「危ないっ、ここは危険過ぎるっ、もう私は傷を負って動けない 私が食い止めているから君たちは早く逃げなさいっ 」
男性は手にしたリュートを弾きながら、私たちに逃げろと言ってきた。男性のリュートから不思議な波動が発せられサラマンダーの攻撃を辛うじて防いでいる。しかし、それももう限界のようだった。サラマンダーは強引にその波動の中を進んでくる。そして、サラマンダーは口を大きく開き、その開いた口に炎が集まってきていた。
・・・ファイヤーブレス 炎を吐くつもりだよ ヤバイよ、間に合う? ・・・
「ピイィィィーッ 」
私は剣を構えてサラマンダーの前に飛び出していた。




