10、灼熱の迷宮
10、灼熱の迷宮
ナアマはコーヒーミルで挽いた豆をサイフォンに入れる。ナアマは、サイフォンに適した中煎りの豆を挽いていた。私は感心していた。
・・・この女悪魔、良く分かっているよ ・・・
ナアマはサイフォンをセットすると、指先から炎を出しランプに火を点けた。しばらくするとこぽこぽとフラスコで沸いた水がロートに上がっていく。コーヒーの良い香りが漂ってきた。会社でコーヒーを飲む時はコーヒーメーカーだけど、こうして手間をかけて淹れるコーヒーは最高だ。特にこうしてサイフォンで淹れるコーヒーを見ていると時間がゆったりと流れ幸せな気分になってくる。私はウキウキしながらサイフォンを眺めていた。するとロートに上がったお湯をナアマは、きちんと竹べらで撹拌している。
・・・うわぁ本当に良く分かっているよ サイフォンの撹拌は竹べらが一番 まさか、この女悪魔、喫茶店でも経営していたの ・・・
私はナアマに淹れて貰ったコーヒーを飲んで、また感激した。
・・・私の好きなキリマンジャロだ 好みも一緒だよ なんだかお友達になれそう ・・・
「どうだ美味いか、キノコ 」
コーヒーをペロペロ飲んでいる私をナアマは嬉しそうに見つめていた。
「ピイィィッ 」
私が美味しいと声を上げるとナアマはさらに破顔する。
「キノコさん、良かったですね 」
イブリースも嬉しそうだ。なんだろう、この世界に来て人間より先に悪魔、それも魔王と仲良くなるなんて想像もしていなかった。
しばらくコーヒーを飲みながら談笑していたが、私は”灼熱の迷宮”の件を思い出した。ナアマの城の近くと云うから、何か情報知らないだろうか。私はイブリースにナアマに”灼熱の迷宮”の事を訊いて貰おうとしたらイブリースは、あんな迷宮訊くまでもありませんと言う。
「ナアマが適当に創った迷宮ですからね モンスター配置もぐちゃぐちゃ トラップも馬鹿なトラップ、”バカトラ”ばかりですよ まあ、人間には攻略は無理でしょうね 地下一階から、いきなりレベル99のモンスターが出現したりしますから、瞬殺されて終わりです 本来は人間を誘い込む為に最初は緩く設定するのが常道なのですよ そうして深い階層まで人間を上手く誘い込み、戻るに戻れない絶望と恐怖を吸い取るのです ですが、この馬鹿は、そういうセオリー無視して創っていますからね 冒険者なんて寄り付きませんよ 人っ子一人居ませんから おかげで人間の恐怖に飢えているんじゃないですか、この女 」
「おい貴様、イブリース やはり私に喧嘩売っているようだな」
いけないよぅ、また始まった。コイツら、水と油か……。このままじゃ不味い、なんとかしないと……。私は必死に考え、コーヒーを一気にペロペロ飲み干すと、ナアマに向かって両手を上げた。
「ピイィィィッ 」
ナアマが私の方を向いたので、私はまた両手を上げて鳴いていた。
「おやっ、キノコ おかわりかな 」
「ピィィッ 」
「そうか、済まんな、少し待っていろ 」
ナアマは嬉しそうに、コーヒーミルで豆を挽きだした。ナアマの機嫌が直った隙に、イブリースに余計な事は言うんじゃないと指導した。そう、指導。これは間違ってもパワハラなんかじゃないぞ。結局、灼熱の迷宮の詳しい情報は、これ以上険悪になると困るので訊けなかったが、明日お邪魔するのでよろしくとだけ伝えておいた。ナアマは、歓迎すると喜んでいたが、どういう意味で嬉しかったんだろう。
* * *
翌朝、私とイブリースは”灼熱の迷宮”に飛んだ。灼熱の迷宮は燃え盛る大きな炎の中に黒い空間が口を開けていた。
「キノコさん、このダンジョン内では絶対に魔法を使用しないで下さいよ キノコさんの強大な魔法を使用したら大変な事になりますから 剣の方も出来るだけ力をセーブして下さいね 」
ダンジョンに突入する前にイブリースが私に注意する。分かってますって、ダンジョンのような閉鎖空間で広範囲に効果を及ぼす魔法使ったら、そりゃ大惨事になるだろう。それくらいの常識はわきまえていますよ。それに、爪楊枝の剣に込める力加減も理解してきた。私は、分かっている大丈夫とイブリースに答えていた。
「ピイィィィーッ 」
そして、私は気合いを入れてダンジョンに突入したが、イブリースはいつものように何の感動もない冷めた様子である。
・・・ちょっとぉ、少しは気合いを入れて盛り上がろうよ ダンジョンだよ、ダンジョン ダンジョン攻略は楽しくないの ・・・
「まあ、頭の良い奴が考えて創ったダンジョンなら攻略するのも楽しそうですがね このダンジョンは人間が”灼熱の迷宮”なんて名付けていますが、ただ火属性の魔物が多い、基本一本道のダンジョンですよ 真っ直ぐ歩いて出てくる魔物を倒しながら階段を降りる それの繰り返しです 何が楽しいのです 」
ううっ、そこまで酷いダンジョンとは思わなかったけど、いいじゃん。私にとって初めてのダンジョンなんだから気分合わせてよ。私は、ぶつぶつ言いながら爪楊枝の剣を抜き身構えながら歩いていた。ダンジョンの中は岩や壁が赤く仄かに光り、松明などの灯りがなくても周囲の状況が分かる。私は、興奮しながらも周囲に注意を巡らせ歩いていた。すると……。
ヘルハウンドが三体、現れた。
うひょーっ、これぞダンジョン。でも、確かにイブリースの言う通り。地下一階にいきなりヘルハウンドはないんじゃないと思っていた。普通、スライムとかマタンゴとか、その辺ではないだろうか。釈然とはしないが、ようやく冒険というイメージが湧いてくる。私は剣に魔力をエンチャントした。ヘルハウンドは真っ赤な巨体の犬型の魔物だ。口から吐く息は”炎”である。
・・・いかにも魔物という感じ ・・・
私の冒険はここから始まるのだ。私は鼻息を荒くして剣を構えていた。