9、ナアマ
9、ナアマ
私とイブリースは屋根のない宿屋の部屋で紅茶を飲みながら作戦を練っていた。
・・・ねぇねぇ、私コーヒーが好きなんだけど、ここにはないの? ・・・
コーヒーは私の残業の友だった。誰も居なくなってしまった時間に給湯室でコーヒーを淹れて飲むと元気が出てくるのだ。頑張ろうという気持ちになる。コーヒーの香りと深い味、私は懐かしく思い出していた。
・・・飲みたい、飲みたい コーヒーが飲みたいよぉ ・・・
私はテーブルの上でジタバタと手足を動かし転がっていた。イブリースはそんな私を見つめて肩をすくめていたが、仕方ないですねと席を立ち、空間に亀裂を造りそこに手を突っ込んでいた。
・・・なに、してるの? ・・・
イブリースは空間から何かを取りだそうとしているようだ。もしや、そこからコーヒーが出てくるのかと私は期待に満ちた目で見ていた。が、しかし、そこから出てきたのは……。
「貴様、いきなり何をするっ ただではおかんぞ、イブリース 」
イブリースに掴まれ出てきたのは、青白い肌に、頭の両側に羊のような曲がった角が生えている女悪魔だった。背中からはコウモリのような羽も生えている。そして、なによりナイスバディだった。ドーンと突き出た胸、括れたウエスト、形良いヒップ、スラリとした脚。
・・・ま、負けた いや、勝負にさえならない 同じ土俵に上がる事など許されない 圧倒的な違い ・・・
私は目を真ん丸にして、敗北感からプルプル震えていた。女悪魔は淫魔のスキルも持つ為、例外なくスタイルが良いが、この悪魔はさらに別格だ。こんな女悪魔は存在してはいけない。反則過ぎる。私は涙を流して、がっくりと肩を落としていた。
「ナアマ、お前の持っているコーヒーを出せ 最高級のやつだ 」
「お前は本当に失礼な奴だな、イブリース いきなり、こんな所に連れ出して私のコーヒーを出せぇ 頭が湧いてるのか 殺すぞ 」
「煩い奴だな 早く出せと言っている お前なんかに用はない 」
・・・ちょ…… ナアマって魔王さん この部屋に魔王が二人 不味いよぉ、どおすんの これ ・・・
私がパニックで思考停止しているうちに、二人の間にどんどん不穏な空気が漂っていく。
「面倒だな コーヒーが何処にあるか言えっ もう、お前を殺して持ってきた方が早い 」
「その前に、お目を殺してやる イブリース 」
ナアマの両腕に魔方陣が幾つも浮かぶ。
・・・これ、ヤバいやつだよ、たぶん ・・・
「魔炎殺斬”アビス・フレーム” 死ね、イブリース 」
ナアマの両手から凄まじい炎の槍がイブリース目掛けて噴き出してくる。私は、剣を抜きイブリースの前に飛び出していた。そして、水のイメージを剣にエンチャントする。私の剣からもの凄い水圧の水柱が噴き出し、ナアマの炎の槍を粉砕し、宿屋の壁の手前、ナアマの全身を包んだところで止まっていた。
・・・良かった 今度、壁でもぶち抜いたら宿屋の御主人に殺されるよ ・・・
私はホッと安堵していたが、私を見つめる殺意の籠った冷たい視線に気が付いた。私の放った水柱で全身びしょ濡れになったナアマが恐ろしい瞳で私を見つめている。
「なんだ、この小動物は? 」
私を踏み潰すつもりか、ずんずんとナアマは迫ってくる。
「ピイィィーーッ 」
私は剣を収め、両手を上げて可愛いポーズをとるが、ナアマは憤怒の形相で迫ってくる。私はゴブリンに蹴りを入れられた時の事を思い出していた。
・・・たぶん私、物理攻撃には弱い気がする 今度はゴブリンじゃなくて魔王だよ 絶対不味いよぅ このまま踏み潰されて殺されるぅ ・・・
「ピイィィィーーーッ 」
私は、止めてと叫んだがナアマは大きく足を振り上げる。私は、ガクガクブルブルしてナアマの足の裏を見つめていた。
「そこまでだ、ナアマ それ以上やるとお前、本当にキノコさんに殺されるぞ 輪廻転生も出来ないように魂も消滅させられてね 」
イブリースの言葉でナアマの足はピタッと止まっていた。そして、イブリースの瞳を見つめる。その言葉が真実であるか見極めるように……。
「なるほど、本当のようだな この小動物が貴様以上の力を持っているという訳か 確かに私の魔法をかき消したのも事実だしな キノコというのか、この小動物 」
「ピィィッ 」
私が返事をすると急にナアマは顔を崩し笑顔を見せた。
「良く見ると可愛いではないか、キノコ 」
ナアマは私を抱き上げると、頬ですりすりしてきた。ナアマの匂いは金木犀の香りのような私の好きな匂いで、リラックスした良い気分になっていた。
「こらこら、ナアマ キノコさんに”魅了”の魔法なんて効かないぞ 」
私はドキッとした。
・・・これ、魔法だったの 危ないじゃない ・・・
私は、これ以上ナアマに惹かれないよう身構えるが、ナアマは心外だという顔でイブリースを睨み付けていた。
「おい、イブリース 貴様は私を歪んだ目で見ているようだな 私は純粋にキノコが可愛いと思っただけだ こんな小動物に触れられる機会なんて滅多にないものな 」
ナアマは、また私にすりすりしてきた。そう言われると私も悪い気はしない。ナアマは私にすりすりしながら思い出したように口を開いた。
「紅茶党の貴様がコーヒーを欲しがる訳がない コーヒーはキノコが飲みたいのか 」
「ピィッ 」
私は小さく返事をしていた。
「そうかそうか、キノコはコーヒー党か 」
ナアマは嬉しそうに微笑むと、空間に裂け目を作り、そこからコーヒーセットを取り出していた。そのナアマの嬉しそうな顔を見て私はまたドキッとしていた。
・・・私が元いた世界と、この世界の悪魔は違うような気がする 人間が侵略者というのも気になるし、早く私自身でこの世界を把握しないと…… ・・・
ナアマはコーヒーミルに豆を入れて曳き始めていた。コーヒー豆の良い香りが漂ってきていた。




