序章
序章
私は山内木ノ子。異世界転生のお話しが大好物な女子である。毎日、仕事から戻ると異世界物のアニメを視聴し、異世界物のライトノベルを読んでいる。勿論、好きなゲームも剣と魔法のファンタジー系ロールプレイングゲームだ。私にとって、このアニメやゲームを楽しむ僅かな時間こそが、唯一の安らぎの時間であり至福の時間だ。
お仕事中は業務をこなすのに精一杯で、当然安らぎなど有り得ない。毎日、電話でお客様からの御要望に受け答えしているが、時には非常に厳しいご意見もあり、私みたいな精神的に脆い者には結構しんどい面が多々あるのです。それでも転職を考えないのは、私みたいな人間が転職しても変われる筈がないと考えているから……。どこにいこうと私は私、変わる筈がないの。だから、ここで一生懸命頑張る。もちろん頑張るのには理由がある。それは……。
今日も仕事を終え転生物のアニメを観ていた。異世界転生には夢がある。こんな私でも、無敵の英雄になったり、絶世の美女になったり出来る可能性が残っているのだ。万が一、転生した姿がスライムや蜘蛛だったとしても悲観したりはしない。だって、スライムや蜘蛛が無双の力を持っているのを私は知っているのだ。
・・・ふふふ、何に転生しようと生まれ変われるなら最高 次の私は無敵の私になるのだ ・・・
私はそんな事を夢見ながら毎日過ごしている。現実逃避と言われようがかまわない。世の中、何が起こるか分からないのだ。私が気を付けていること、それは他の人に親切にして一生懸命仕事を頑張るという事だ。転生物の多くは、人を助けて自分が亡くなったり、仕事を頑張り過ぎて過労死したりと、とにかく人の為や頑張っているけど報われない人にフラグが立つようだ。私はそれを夢見て、早く私にもフラグが立って下さいと願いながら頑張っていた。それが、私が頑張る理由だった。
「山内くん、今度の会議に使う資料出来ている? 」
「はい、勿論です 主任 」
私は素早くSDカードに入れたデータを主任に渡す。主任はいつも伝えられた期日より早く資料を要求してくる。もう、私も慣れてきていたので抜かりはない。次にくるのは、おそらく販売データの分析だ。データ自体は、営業の端末から自動で入力されるので楽であるが、それを整理して、もう初老ともいえる社長や専務たちに理解出来るようきれいにまとめなければならない。見落としがあったり、社長の意にそぐわないと激昂される事になる。
・・・ハァ、まったくブラックな会社だよね ・・・
私は、ため息をつきながらPCを操作していた。
・・・いけない、いけない 頑張らないと 過労死なんてどんと来い そうすれば、私は むふふ…… ・・・
いつしか私は妄想モードに突入し、仕事の手が止まってしまっていた。結局、この日もサービス残業になり、会社を後にしたのは9時過ぎだった。
・・・ハァ、まったく何やってるの私 ・・・
私は駅までの夜道をとぼとぼ歩きながら、腕時計を見た。
・・・よし、急げば38分の快速に間に合う ・・・
私は急ぎ足になっていた。この快速に乗れれば、途中の乗り換え駅で余裕が出来るから、そこでご飯を食べられる。
・・・今日は何にしようかなぁ ・・・
私の意識は駅ナカの飲食店街に飛んでいた。なぜか私はウキウキした気分で、駅までの夜道を急ぎ足で歩いていた。その時、車道の真ん中に小さなものが見えた。
・・・なんだろう? 動いてる? ・・・
私は足を止めて車道を見つめた。
・・・ネズミ? ううん、ハムスター? ・・・
私の目には、車道の真ん中で二本足で立ち上がってキョロキョロしている小動物の姿が映っていた。
・・・危ない、轢かれちゃうよ ・・・
この通りは交通量はそれほど多くないが、逆にその為に飛ばしてくる車が多い。駅が近いため、電車に乗るためなのか送迎のためなのか、とにかく急いでいる車が多いのだ。飛ばしてくる車の運転手は、あんな小さな動物には気付かないだろう。
・・・早く逃げなさいよっ ・・・
私は、シッシッと手で追い払うまねをするが、小動物はキョトンとした顔で私を見ながら後ろ足で立っている。
・・・何やってるの早く逃げてっ、馬鹿なの ・・・
遠くに小さく車のヘッドライトが見えた。こっちに向かって走ってくる。かなり飛ばしているようだ。小さく見えた車のヘッドライトの明かりがどんどん大きくなってくる。
・・・この馬鹿っ ・・・
私は車道に飛び出していた。小動物は変わらず立ったまま私を見て、ピィピィと鳴いている。私は、小動物を拾い上げ、ガシッと抱き締めた。その瞬間、激しい衝撃で私は宙に飛ばされ、意識が暗くなっていった。私が覚えているのは、私の腕の中で小動物がピィピィと鳴いている姿だった。
・・・良かった、無事だったんだね ・・・
私の意識はそこで暗い闇の中に落ちていった……。
* * *
・・・あれっ、ここは何処? ・・・
ふと意識が戻った私が見たのは真っ暗な世界。まるで何も見えない。私は、自分は死んだのだと思った。迫ってくる車のライトが思い出される。そして、次の瞬間私は車にはねられ飛ばされた事を思い出す。
・・・ああ、私、死んだんだ ・・・
そう思った時、頭の中に唐突に声が聞こえた。
・・・何か、質問はありますか ・・・
質問……?。いきなり、質問と言われても……。でも、私が気になる点は一つしかない。
・・・あの、小動物は無事なの? ・・・
私の腕の中でピィピィ鳴いてたあいつ。無事なら良いけど……。けれど、答えがない。
・・・えっ、まさか…… 助けられなかったの・・・
私は呆然としていた。後ろ足で立って、つぶらな黒い瞳で私を見てピィピィ鳴いていた小動物の可愛い姿が目に浮かぶ。
・・・ごめんなさい、私、運動神経鈍いから…… ・・・
私は涙が出てきた。すると、また頭の中に声が聞こえた。
・・・いいえ、私はあなたのおかげで助かりました 私はジリスの神セレネです あなたは私を助けた為に、あの世界での寿命が失くなってしまいました 大変、申し訳なく思っております 今の質問は人間の資質を見る為の質問でした いきなり質問された大抵の方は、まず自分のおかれた状況を確認するのですが、自分の事より他の事を心配する方は始めてです あなたは真に優しい方のようですね お詫びにお好みの世界に転生する事が出来ますが如何なさいますか このまま天国に行く事も可能ですが、もちろん出来るだけご希望に添うよう致しますよ…… ・・・
キターッ!私に、ついに憧れていた異世界転生の機会が訪れたのだ。家族は、両親は亡くなっているし兄弟姉妹はいない、会社のみんなには悪いけど私は元の世界に戻る気はなかった。憧れていた異世界で私は生まれ変わるのだ。
・・・私、最強の魔法使いになりたい セレネ様、可能ですか ・・・
・・・分かりました それでは、目を閉じて下さい 次に私の声が聞こえた時、あなたは生まれ変わっているでしょう ・・・
私はドキドキしていた。これから私の新しい物語が始まる。私は、しっかりと目を閉じた。意識がだんだん遠くなり浮遊している感覚があったが、それもしばらくすると消えていった……。