地下宿レドヌ
老人は煙の中を何かを探すように彷徨いていた。粉砕された地面の瓦礫に躓きそうになりながらも、必死に、必死に何かを探していた。するとまたよろけそうになり急いで足で姿勢を正そうとしたその時、ふと見ると老人の足元がレンガの地面が爆発によって剥がれている。
周りの地面もそうなのだが、それよりも深くエグれている。もしや、と思い老人は屈み、急いで剥がれたところを掘り始めた。爆発による灰燼の中に、探しているものが埋もれているかもしれない、と踏んだわけだ。服が汚れまみれに成りながらも狂ったように灰燼を払い続けた。するとその考えが的中したのか、青色の焦げ跡が姿を現した。
しばらくボーッと見つめていた。すると突然上を向き、老人は喜びと楽しさが溢れんばかりに、気味の悪い満面の笑みをニタッと浮かべた。へへっ、と笑い出し、嗄れた声で爆笑しだした。
「ヘッヘヘヘへへ、ベクター!俺の勝ちダァ!アハハハハ!」
しばらく笑って煙が薄れ始めると、遠くで赤い傘と男の体が転がっているのを見ることができた。黒服の男に至っては、壁にめり込んでいる。きっと自分が仕掛けた地雷で死んでいるのだろう。体が原型を保っているだけでも大したものだ、と老人が関心している時、
カサッ
遠くから何かが動いた音がした。爆発で何かが崩れかけているのだろうか。そう自分に言い聞かせて落ち着いていた。しかしまたもや、
カサッ
何かの動く音がする。近くには動物はいない。周りにあるのは家々と、二つの死体だけが… まさか、と思った矢先に老人は目を丸くした。
「イテテテテ、ナラセじゃあ地面に地雷が仕込まれてんのかよ」
死んでいるはずの男はゆっくり立ち上がって、辺りを見回した。歩くと服に付いていた埃や灰燼が落ちる。それを見た男は服を叩いて汚れをはたき落とした。赤い傘を拾い、壁にめり込んでいる仲間らしき者に近づいて頭を引っ叩いた。
「起きろローグ」
「起きません」
「起きてんじゃねーか行くぞ」
壁にめり込んでいた男も生きていたようだ。
「出してくれ」
「自分で出ろ」
「面倒臭い」
傘男はため息をつき、ローグと呼ばれる男を引っ張りだして、担いで老人に向かって言った。
「お騒がせしてすみません、それじゃ!」
と、たどたどしい敬語で走っていった。地雷じゃ死なない男もいる。老人は長人生初の経験に、ただボーッとするしか無かった。
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「まったく、この街は物騒だなぁ」
「ホントだよな全く」
「それよりいつまで俺に担がれているつもりだ?」
「ずっと」
「降りやがれ」
カラカサがローグを地面に叩きつけた。
「おわっ」
とっさに受け身をとって姿勢を直した。カラカサは待ちもせず、歩き続けた。ローグはため息をついてカラカサについていった。カラカサは一歩一歩地面を見ながら歩いている。それを見たローグは、
「そんなに地雷が怖いか少年」
と揶揄った。
「誰が少年だ馬鹿野郎」
そんな雑談をしながら路地裏から路地裏へと歩き続け、いつのまにか二人は宿らしき建物の前に立っていた。空はもう暗い。夜だ。
宿は木製の建物で、異様に低い。低いというのはこの場合では階数が少ないと言えるだろう。なにしろこの宿、一階しか無いのだ。敷地に踏み込むと、どんよりした空気が漂っている。扉の横にはランプが二つ、ぶら下がっている。片方のは割れて、もう一つのはギリギリ光が付いている。窓は一つ有るが、汚く曇っていて中が見えない。上には傾いた看板が一つ、ようこそ、地と書いてあった。他の文字は苔に隠れて見えなかった。
「気味の悪ぃ宿だな」
「だな」
ローグが躊躇いがちに扉を押した。するといくら押してもギィギィと音が鳴るばかりで開かない。
「開かねぇよカラカサ」
「押してダメなら引いてみな」
言いつけ通りローグは扉を引っ張ってみた。するとやはり、いくら引いてもギィギィと音が鳴るばかりで開かない。
「開かねぇよカラカサ」
「引いてダメなら、蹴飛ばすか」
「蹴飛ばすのは御免ください」
扉の中から男の声がした。するとさっきまで開かなかった扉が、ギィィィと不気味な音を出して開いた。中から埃と煙が流れ出る。雲から漏れ出る月に光に、埃はキラキラと輝いている。おもわず二人は咳き込んでしまった。
「ここの扉は建て付きが悪いんです、ちなみに扉は押し戸です、ご了承ください」
扉の向こうから出てきた男を二人は見つめた。優しそうな声に、ピシッと決まったスーツ姿。飛び出てイケメン、という訳でもなく、かと言って二度見するほどの不細工という訳でも無い。平凡な顔に姿なのだが、どことなく恐怖を感じる。二人は警戒心を覚えた。
「そんなに身構えないでください」
男は少し考えた後、思いついたように言った。
「ああ、自己紹介がまだでしたね」
と言って両手を広げた。
「ようこそ、地下の宿レドヌへ」
「ワタクシは、宿主のリーヴェと申します」
スーツ姿の男の声が夜空に響く。
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