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第69話 控え室へ

ハナビー・アリーナ。

 数々の講演やイベントが行われる、日本屈指のアリーナだ。

 最大収容人数は10000人。


 SISにおいては、その最大収容人数に達する観客動員数となる。

 まさに、一大イベントと言っても過言では無いだろう。


「うわ~、デカいなぁ」

「はい。私も初めて見ましたが、圧巻です」


 バスから降りた俺と芹さんは、揃って感嘆の息を漏らす。

 目の前には、白いドーム状の屋根と、ガラス張りの壁面を持つ大きなアリーナが佇んでいる。

 既に明日のSISの準備が進んでいるらしく、慌ただしく動き回るスタッフや、出演者と見られるアイドルグループの姿が見えた。


 アリーナの入り口へ続く広い階段には、アーチがかけられており、「ようこそ、SISへ!」と書かれた横断幕が下げられている。

 これだけでもう、期待値は十分だった。


 駐車場付近で待機していたスタッフと思われる女性と花島社長が何やらやりとりしたあと、俺達はそのスタッフについていくこととなった。

 たぶん、スタッフがAISURU・プロダクション用の控え室に案内してくれるんだろう。


「まさか、SISに私達の事務所の子が出るなんてねぇ。何年ぶりかしらぁ」

「確か9年ぶりだったと記憶しています」


アーチのかかった階段を上りながら、どこか感極まったような様子の花島社長の問いに、丸山さんが答える。


「そうだったわねぇ。その頃は私も、別の事務所で働いていたから、実質初めての参加だわ」

「私も、9年前はただの下っ端のスタッフでしたから、SISに参加するのはこれが初めてです」


 昔話に華を咲かせる2人。

 その様子を、後ろから付いていく手伝い要員の社員達は、どこか温かい目で眺めていた。


 吹き抜けになっているアリーナのエントランスを過ぎ、ワインレッドのカーペットが敷かれた螺旋階段の脇を通り過ぎる。

 そこから更に奥へと進み、観葉植物のプランターが置かれている横に、目立たないように設置されている小さな扉を開けた。


 もちろん、扉には「スタッフ専用」という文字が書かれている。

 要は、ここから先は舞台裏なんかに通じていたりする、楽屋や控え室がある通路なのだろう。


 一般人は立ち入ることの出来ない、イベントの裏側に足を踏み込むのだ。

 この、未知の世界へ足を踏み入れる感覚は――初めてダンジョンに入ったときと似ている。

 未知への恐怖よりも、興味が勝るあの感覚だ。


 扉の大きさのわりに思ったよりも広い“スタッフ専用通路”へと足を踏み入れた。


 白くて無機質な通路を進む。

 時折いくつか部屋への入り口と思われる扉を見かけた。

 そうして何回か突き当たりを折れ曲がった末に、女性スタッフは一つの扉の前で足を止めた。


「こちらが、AISURU・プロダクション様の控え室となります」


 扉の横には、「AISURU・プロダクション様・ナズナ様」の文字。

 どうやら、ここがメインの待機場所となるようだ。


「ご用がありましたら、扉横のボタンを長押してくだされば、スタッフがすぐに向かいます」

「案内ありがとう」

「いえ。それでは私はこれで」


 花島社長に短く会釈すると、スタッフは足早に去って行った。

 他の団体の案内があるのだろう。


 扉を開け、中に入るとそこはテニスコート半面くらいの大きさの控え室だった。

 お色直し用だろうか? 壁にはずらりと鏡が張り巡らされている。

 部屋の中央には全員が向きあって会議できるくらいの大きさの長机があり、天井からはステージと舞台袖の両方を映し出すテレビが吊り下げられている。


 リアルタイムでステージや裏手の状況がわかるようになっているのは、非常にありがたい。


「さて、疲れてるとこ悪いんだけど。今から担当分けをするための会議をするわね」


 到着早々、花島社長による強引な会議が始まる。

 まあ、もう時刻は三時十五分を回っている。悠長に休んでいる時間は無いのだろう。


 促されるまま、俺は他の社員達に習って長机に座った。

 対面には、30代と思われる強面の男性。

 う~ん、俺も将来働くことになったら、こういう社内会議とかするんだろうな。


 一足早く大人になった気分だ。

 そんなことを考えていると、当日のポジション決めをする会議が始まった。


「組は大きく分けて三つ。当日なずなちゃんのサポートをする組と、情報の錯綜がないか把握しておく組。それから、LOPPSロップス・グループから派遣された人達に対応する組、ね」


 花島社長は指を三つ立ててそう言った。


 なるほど。

 二つ目は、情報整理で頭がパンクしそうだし、最後のはよくわかんないし、狙うなら断然一つ目。

 決して、芹さんの側で勇士を見守っていたいとか、下心があるわけではない。

 ――嘘です、少しあります。


「あ、そうそう。今回穴埋めで参加してくれた暁斗ちゃんには、なずなちゃんのサポートをしてもらう組に入って貰うからぁ。同級生だし、ダンジョン配信でも契約してるみたいだし、これはもう必然ね」

「っ!」


 思いがけない決定事項の通達に、俺はその当事者――花島社長を見る。

 ありがとう花島社長。

 ちょっと後ろめたい部分はあるけど……芹さんと恋人同士とかいうわけでもないし。


 そんな葛藤を抱えつつ、俺は仕組まれた運命の巡り合わせに感謝するのだった。


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