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第63話 綾の手料理

 しばらくして、食欲をそそる匂いが漂ってきた。

 くんくん。これはソースの匂い。

 焼きそばが、あるいはお好み焼き……か?


「お待たせ~」


 そう言って、笑顔で料理を持ったお皿を両手に乗せた綾がやってくる。

 白い湯気の立つそれは、焼きそばよりも麺が太い。


「焼きうどんか」

「せ~かい!」


 綾は可愛らしくウィンクして見せる。

 

 焼きうどんは、綾がよく作る料理の一つ。

 今日は、俺の健康に気を遣ってか野菜の量が多い。

 栄養不足気味の俺には嬉しい一品だ。


 真夏に熱々の焼きうどんといった状況が、室内はクーラーが効いているため我慢比べ大会のようなことにはならない。


 俺は「いただきます」と言ってから、焼きうどんをキャベツと一緒に口に運んだ。

 濃厚なソースのコクとキャベツの甘さが、口の中に広がっていく。


「旨い」


 自然とその言葉が口を突いて出た。

 また料理の腕を上げたか? 将来綾の夫になるヤツが羨ましい。


「えっへへ。そうでしょ」


 綾は俺の賛辞に満足そうに笑みを浮かべ、芹さんの方を見た。


「芹さんも遠慮無くどうぞ!」

「ありがとうございます。いただきます」


 焼きうどんを頬張った芹さんは、俺と同じく「美味しい……!」とやや驚いた様子で声を上げていた。


「本当ですか? 良かったです」


 綾は満足そうに微笑み、自分の分もキッチンから持ってくると俺の横に座った。


「この味付け……ソースだけじゃありませんよね? なんだか別の深みを感じます。香ばしいというか……醤油か何か入れてますか?」

「! 流石です。隠し味にお醤油を少し使ってるんです。味が喧嘩しない程度に少量にして、香りが引き立つようにフライパンで少し煮詰めて使ってます」

「やっぱりそうなんですか」

「芹さんも料理がお好きで?」

「はい。毎日作る環境に身を置いていたら、だんだん拘るようになったので――」

「どんなの作ってるんですか?」


 綾は、少し喰い気味に芹さんに迫った。

 どうやら、料理上手という共通点で惹かれ合うものがあったらしい。

 綾も、今日の焼きうどんに仕込んでいた工夫に気付いて貰ったようで上機嫌だった。


 え? 俺?

 俺は、言われるまで隠し味の存在に気付きませんでしたけども、何か?


 まあとにかく、共通の話題が見つかったようでよかった。

 綾からしたら、ダン・チューバーでアイドルの芹さんは、別世界の住人だ。こうして共有できる楽しさがあるだけでも、ぐんと心の距離が縮まるだろう。


「――普段は、クリームシチューとか、ポトフとか、翌日に持ち越せるものが多いですね。あとは、簡単なものです。たまに、凝ったものも作りますが。綾さんは?」

「私は、お好み焼きとか、カレーとか、ボリュームがあるものが多いですね。あとは……丼ものとか、ザ・男飯! みたいなのも作ること多いかな」

「へぇ……丼ものは作ったことがないです。あんまり食べないですし。何か作るきっかけになった理由でもあるんですか?」

「えー、まあ、よく言うじゃないですか。男を堕とすならまず胃袋を掴むべしって!」


 ブーッ!

 それを聞いていた俺は、思いっきり吹き出した。

 それから、激しくむせる。うぅ、気道にうどんが入った。


「だ、大丈夫? お兄ちゃん!?」


 綾が慌ててティッシュを差し出してくる。

 ああ、綾はやっぱいい妹だな。まあ、むせる元凶を作ったのはお前だけどな。


 そんなことを考えつつ、俺はティッシュを受け取った。


「男性を堕としたいなら、まず胃袋を……ですか。もしかして意中の方が?」


 芹さん待って。

 核心に迫るのはやめて。

 もし「彼氏できたの~」とか言われたら、お兄ちゃんショックで立ち直れないかもしれない。


「あー、そういうわけじゃないんです。うちのお兄ちゃん、食生活だらしないから、私がよく作ってるんです。普通はしないかもですけど、お兄ちゃん、ご飯作ると本当に美味しそうに食べてくれるので……私としてもつい頑張っちゃうというか」


 綾は照れくさそうにそう言った。

 初耳だ。綾がそんな気持ちで俺にご飯作ってくれていたとは。

 照れくさい……が、ひとまず綾に変な男が寄ってきてるわけじゃないと知れて一安心だ。あ、この場合変な男は俺か?


 ところが、一安心したのも束の間。


「それ、私も少しわかります。本当に、作ったご飯を美味しそうに食べてくれますよね、暁斗さんて」


 芹さんが、無意識なのか容赦のない爆弾を放った。

 そして、それに気付かぬ綾ではない。


「え……なんか、まるでお兄ちゃんに料理を振る舞ったことがあるような言い方ですけど」


 綾が、その疑問に気付いてしまった。

 あ、まずい。



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