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第61話 俺の想い

「お、女ったらしって……なんで!?」


 突然の思っても見ない発言に、イスを倒す勢いで立ち上がった俺は、そう問いかけた。

 芹さんもあまりの衝撃からか、口をパクパクさせている。


「だってそう思ってもおかしくないでしょ、この雰囲気的に。家に向かえ入れる女の子がいて、その上で連絡先を真っ先に交換する女の子もいる! それって、普通じゃないよね」

「いや、そんなこと言われてもな……」


 彼女ができたことのない俺は、その普通とやらがよくわからない。


「それに何度も言うが、芹さんは今日仕事関係の打ち合わせで家に来てるだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。瀬良に関しても、ただの弓道部の後輩だよ。互いに部活のことで確認したいこともあるし、連絡先の交換を最優先するのは、おかしくないんじゃないか?」


 俺は思ったことを率直に告げた。

 一応筋は通っているはず。

 だが綾は、一つため息をついて俺を睨んだ。


「まあ、お兄ちゃんならそう言うと思ったよ。自己評価低いからね。じゃあ聞くけど……お兄ちゃんはここにいる芹さんのことや、瀬良さんのことはどう思ってるの?」

「っ!」


 その質問をした途端、今まで成り行きを見守っていた芹さんが、目を見開いた。

 

「どう思っているかって、そりゃ――」


 芹さんは、ひょんなことから縁が出来た有名人だ。

 容姿端麗で眉目秀麗。当初の印象こそ正直良くないが、それも演技であるとわかった。

 今はもう、特にマイナス印象はない。

 その上で、凄い人だと思う。


 妹のためにお金を稼ぎ、心を支えるために努力も労力も惜しまずトップアイドルを目指そうとしている。

 俺とは正反対の道を行く、高嶺の花だ。


 瀬良は、俺を支えてくれるよき後輩である。

 Sランク冒険者としての俺ではなく、篠村暁斗としての――過去を打破する前の俺をも受け入れてくれた、数少ない大切な人だ。


 また、相当な努力家でもある。あそこまで熱心に弓道に打ち込んでいるのは尊敬に値する。


 だから俺は、そう頭の中で整理したことを告げようとした。

 しかしそれは、次に放たれた綾の一言で、遮られることとなる。


「あ、どう思っているかっていうのは、異性としてだよ」

「……は」

「っ!?」


 俺は唖然とし、芹さんは絶句したように動きを止めた。


 異性として……それはつまり、一女性としてどう思うか? ということだ。

 より端的に言えば、恋愛感情があるか否か、ということである。

 俺は元々女の子と関係を進展させたことがないから、自分がどう思われているかなど、そういう機微に疎い。


 まあ、悪く言ってしまえばヘタレの部類に入るのだろう。

 言い訳がましく聞こえるかもしれないが、それはある程度仕方の無いことであった。


 俺は思春期を迎える前に、一度心を閉ざしている。

 周りからどう見えるか、何を言われているのか。

 それらを全てシャットダウンし、関わりを断ってきた。これ以上誰も傷つけないために――いや、これ以上自分が傷付かないために。


 だから俺は、何を思われていようが気にしないようにしていたし、女子の思わせぶりな反応があるとしても、ドキリとすることはあれどその都度、理想の展開を頭から追いやってきた。


 要するに俺は、自分から誰かを恋愛対象とすることは、意図的に避けてきたのだ。

 だから俺は、こう答えるしかなかった。


「……わからない」


 その答えに、綾の目が非難めくように細められる。

 じっと俺の動向を観察していた芹さんは、微かに残念そうな表情を見せた。


「芹さんも凄い人だし、美人だと思うし……それは瀬良に対しても差異はあれど同意見だ。でも、良い人だから。とか、可愛いから。とか、それだけで「好き」かっていうのは……()()()()わからない」


 本人の前でこんなことを言うのは失礼だと重々承知している。

 ただこれは、嘘偽りない本音だ。

 決して届かない高嶺の花である芹さん。付き合う妄想だって、したことがないわけじゃない。

 

 ただ、俺は――本当の意味で誰かを好きになったことがない気がした。

 可愛いから好きなのか。善人だから付き合うのか。それがわからない。

 本来そういうのは、学生時代に何度もいろんな人と経験し、出会いと疎遠を繰り返した果てに学んでいくのかもしれないが。


 俺のような彼女のいない陰キャは、経験のないまま精神だけが大人になってゆく。

 恋愛とは何か。真なる愛とは何なのか。自分の好きという気持ちを受け入れられるほどまだ自分に自信がないし、好きという気持ちに理由を求めてしまう。


 我ながら贅沢な話かもしれないけれど。

 それでもいつかは、心の底から自分の気持ちを自覚するときが来るような予感がした。それが、果たして誰になるのかはわからないが。

 ただ一つ、言えることは。


「芹さんも瀬良も、すごく大切な人で……困ったことがあれば協力したいし、支えたい。そう思ってる。そういう意味では、比べるも比べないもなく、好きだと思う」


 俺はできる限り臆せず答えた。

 ――くっそ恥ずかしかったが。

 何しろ告白同然の言葉を、目の前で芹さんが聞いているのだから。ちくしょう妹め、恥を搔かせやがって。


 芹さんは俯いたまま、何も言わない。

 ただ、俺の言葉を聞いているのは明白だった。


「ふむふむ。今はまだわからないんだ。ま、ヘタレのお兄ちゃんにしては上出来かな。言い換えれば、そういうところが、たらしって誤解される原因なんだけど」

「なんだとこら!」


 そんなこと言われる筋合いはないぞ、このやろう。


「はぁ、まったく。芹さん、ごめんなさい。妹の茶番に付き合わせてしまって」

「……いえ、お気になさらず」


 弱々しく答えながら、芹さんは顔を上げる。

 その頬は、少し桜色に色づいているような気がして――


「そういえば、暁斗さん。連絡先を登録してるって事は、スマホ買ったんですね」

「はい。なかなか学校で会える機会が無くて、言いそびれてましたが――芹さんと同じUKフォーン10にしました」

「! そ、そうなん、ですか」


 芹さんは心なしか上ずった声で言った後、自身のスマホを差し出してきた。

 同じ機種だが、ライトブルーのスマホカバーがついている。


「よかったら、私とも連絡先を交換しませんか?」

「もちろん。固定電話じゃ、不便ですしね」


 そう言って、俺もスマホを差し出す。

 そして、俺達は互いにアドレスを交換し合ったのだった。


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