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第34話 語られる本音

 ――そんなこんなで、AISURU・プロダクションとの面会は、成功という形で収束した。

 社長さんの性格がなかなかに強烈――個性的で、話が終わったともいろいろと振り回された。


 が……ああいう人は、俺みたいな陰に生きる者にとっては、接するのが苦手というだけで、嫌いではなかった。

 お世辞抜きで、いい人だと思う。


 話が終わったあと、事務所の出口まで送ってくれたマネージャーの丸山さんが、去り際に「ああいう空気が読めない人だから、三十路みそじに差し掛かっても恋人の一人もできないんですよあの人。もちろん、凄く素敵な人だとは思うんですけどね」と、苦笑交じりに愚痴っていた。


 自分の社長をディスるのもどうかと思うが、それだけ信頼しているということにしておこう。


 とにかく、無事に危機を乗り越えた俺達は、一仕事やり切った気分でビルを出たのだった。

 朝早くから駆けずりまわり、気付けばとっくにお昼を回っている。

 先程まで降っていた雨もいつの間にか上がり、青空が雲の隙間から覗いていた。


「いろいろと、ご迷惑をかけてすいませんでした」


 サングラスとマスクをかけ直した芹さんが、深々とお辞儀をしてくる。

 

「いやいや。気にしないでください。何度も言うように、協力すると決めた身ですから」


 同じく髪を解いて正体がバレないように変装した(※素になっただけ)俺は、芹さんを宥めるように手を横に振って答える。


「それでも、ありがとうございます。何とお礼したらいいか……何か、私にお礼をさせてください」

「いや、それには及びませんよ」


 そう答えるが、芹さんは納得してくれない。


 ここまでされると、俺としても困るのだが、たぶん俺が芹さんの立場だったら同じ事をしているだろう。


 一度無理矢理巻き込もうとして、その上で俺に二度助けられている。

 いや、今日も合わせれば三度か。

 よくよく考えれば、ここまで恐縮になるのも仕方ないというものだ。


 ここで何もさせないのも、失礼だというもの。


「じゃあ、一つ教えて欲しいことがあります」

「何でしょう? 私に答えられることなら、なんでも」

「俺に協力を仰ぐとき、どうして妹さんのことを話してくれなかったんですか? それを引き合いに出してくれたなら……俺も、協力したかもしれないので」

「……やっぱり、知っていらしたんですね」

「はい。後輩から聞きました」


 隠していても仕方ないので、俺は芹さんに瀬良から聞いたことを包み隠さず伝えた。


 一般的に流布している、芹さんの妹が病気で、その治療費のためにお金を稼いでいる情報。


 その上で、一般的には知られていない、妹がアイドルファンで、ステージの上で輝く人達を見て病気と闘う気力を得ていること。

 さらに――彼女の両親のこと。


 最後まで聞いていた芹さんは、「たしかに、全て本当のことです」とやや暗い表情で答えた。


「勝手に事情を詮索してしまい、すいませんでした。ただ、それを知ったから芹さんを助ける決心ができたわけで……」


 俺は、彼女に頭を下げる。

 後半の事情はともかく、一般に知られている妹の病気のことは、打ち明けてくれてもよかったはずだ。


 なのに、どうして打ち明けてくれなかったのか――


「私自身、ダンジョン配信で稼いだお金は妹の治療費に充てています。自分の生活費は、アイドル活動で得たお金でギリギリまかなっている感じです。ただそれを、暁斗さんに協力していただく口実にはしたくなかったんです」


 芹さんは言う。

 元々、芹さんがダンジョン配信を始めた当初。まだ、登録者が3桁にも届かなかった頃に、何気なく「妹の容態が芳しくないから、お金を頑張って稼げるようにしたい」と抱負を語ったことが、有名になったあとで掘り返されたのだと。


 それが視聴者の間で噂になり、芹さんが、妹の病気を治すためにダンジョン配信でお金を稼いでいるという事実を認めたのだそうだ。


「妹を利用して相手の弱みに付け込むのは、卑怯だと思ったので。これはあくまで、私の事情であり私の我が儘だから、最後まで引き合いに出すつもりはありませんでした」


 芹さんはきっぱりとそう言い切った。

 

 芹さんを助けに行く前、彼女には彼女の、俺には俺の事情がある。

 だから自分の背景も明かさず、俺の事情にも土足で踏み込まず、ただ夢を叶えるための依頼と思わせてきた。


 そう思ったのだが、大体合っていたというわけか。


 ちなみに、芹さんは俺に「ダン・チューバーを始めたのは、アイドル活動に伸び悩んでいたから」と言ったがこれはでっちあげた嘘らしい。


 時系列的には、妹の治療費と手術のためのお金に充てるため、自分にできそうな仕事を片っ端からしていたら運良くダン・チューバーが上手くいったらしい。妹を勇気づけるためにアイドルになったのは、そのすぐ後だとか。


 俺に協力をあおいだのも、話題に乗ることで視聴数を伸ばし、完治のための手術費を稼ぎたいと思ったのと、妹を元気づけるためだったと、頭を下げながら白状した。


 ただの自己中人間だと思っていたが、なかなかどうして思いやりがあるじゃないか。

 やっぱり――


「そりゃモテるわなぁ……」

「え?」


 俺のこぼした独り言を拾ったらしく、芹さんが目を丸くする。

 ここは、誤魔化しても仕方ないだろう。正直、言葉にするのは気恥ずかしいのだが……


「いえ。いい人だなって思っただけです。生徒の大半がメロメロになるもの頷けると言いますか」

「! も、もう。からかわないでください!」


 芹さんは、少しだけ声を荒らげてそっぽを向く。

 ああ~、怒らせてしまったか?

 ――そう思ったのだが。


「……暁斗――も、そうな――すか?」


 ふと、小声で何かを聞いてきた。

 だが、あまりに小声すぎて、そばを通った車の音に掻き消されてしまう。


「? すいません。よく聞き取れなかったんですが」

「っ! 何でもありません!」


 やはり、怒ってしまっているらしい。

 人付き合いって難しいなと、改めて思ったのだった。


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