表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/96

第31話 彼女の信念

「――正直、こうなることは、薄々なんとなくわかってました」


 芹さんは、降りしきる雨の音に紛れて、そう呟く。


「だから、いざ社長から電話が来て、解雇と言われたとき……頭の中が真っ白になると同時に、なんとなく腑に落ちてしまったんです。たぶん、私欲で暁斗さんを巻き込もうとした報いなんだろうなって」

「そんなことは――」

「でも!」


 一際語気強く言葉を放つ芹さん。

 俺は、彼女の方へ伸ばしかけていた手を引っ込めた。

 芹さんの顔が、真っ直ぐに花島社長へと向けられている。

 

 彼女のあかい瞳には、いつのまにか太陽のような熱さが燃えていた。


「自分の夢なのに、一言言われただけで諦めかけてしまった私の手を引いてくれた人が、すぐ近くにいたんです。そして、今も関係のない私のために戦ってくれている。その姿を見て……どうして私が、頑なにトップアイドルを狙っているのか、今一度思い直しました」

「芹さん……」


 そう呟いた俺の顔をちらりと見て、芹さんは僅かに微笑みを向ける。

 その顔は、「ありがとう」を告げているように見えて……


 再び視線を前に戻した芹さんは、小さく息を吸って話を続ける。


「私がステージの上に立って、誰よりも笑顔を届けたい人がいるんです。例え何があっても、元気と勇気を届けたい! だから……ここで引き下がるわけにはいかないんです!」


 そう言うと芹さんは、不意に立ち上がって頭を下げた。

 

「どうか、お願いします社長! 虫のいい話なのは重々承知しています。でも、この夢は……私だけの夢じゃないんです!」


 芹さんの声が、応接質に響き渡る。

 そして――少しの間無言の時が訪れた。

 ただ、先程よりも少し小雨になった外の雨音が、鼓膜をくすぐるのみだ。


「……はぁ」


 ふと、室内の静けさを破るように社長さんが小さくため息をついた。


「あなたの言い分は理解しました。あなたの妹さんのことも、少し知っているわ。あなたが今までどれほど真面目に取り組んでいたのか、必至だったのか、それは私も含めみんなが知っている」


 けどね、と社長はあくまで冷静に、否定の言葉を付け加えた。


「あなたの意志を考慮しても、決定を覆すのはなかなか難しいことなのよ。あなたを雇用し続けるメリットが、今回のデメリットを越えなければ、私達としても首を縦に振ることは出来ない」

「そう、ですよね……」


 芹さんは、イスに腰を落ち着けてそう呟いた。


 社長の言い分は間違っていない。

 彼女のやる気や、アイドル活動に本気になって打ち込む姿は、社長も社員も理解しているのだ。


 だからこその、この少し迷うような反応。

 社長としても、何も雇用を解除したいわけじゃないだろう。


 だって芹さんは、俺も含め学校中の人間が認める美人さんなのだ。

 現役で活動しているアイドル達にも引けを取らないと思う。

 

 競争の激しいトップアイドルへの道は、誰もが折れずに突き進めるものじゃない。

 当たり前だが、夢を掴むというのは誰もが叶うことではない。

 一握りの天才と、その天才に食らい付こうと諦めずに努力し続けた凡才から、振るいにかけられた人々だけが手にする栄光だ。


 そんな中で、是が非でもそれをつかみ取ろうとし続ける芹さんの胆力は、期待をしない方がおかしいというもの。

 これだけの逆境に立たされて、それでも諦めまいとする精神があるから、社長も悩んでいるのだ。


 ただ、これだけでは決定打にならないことくらい、俺にだってわかる。

 会社は慈善事業じゃない。

 雇用するということは、その人物を雇うことで会社にメリットがあると判断するから雇うのだ。


 致命的ではないまでもやらかしをした芹さんを雇い続けるより、新人を発掘する方が会社にとってメリットがあるのではないか?

 おそらく、そう考えているのだろう。


 要するに、これは未来への博打。

 事務所側は、芹さんを雇用し続けることで未来にどんなプラス効果があるのかを、この場で見極めたいのだ。


 そして、そうである以上――俺達にも勝機はある。


「要は、芹さんがこれからアイドルとして成長していく証拠を、出せればいいんですよね?」


 そう投げかけた俺の方を向いて、花島社長は「ええ、まあ……」と答える。


「だったら、こちらにも考えがあります」


 俺は、芹さんの方を向く。

 正直、賭けの部分は強いが……今更だ。

 そもそも、今この場では“賭け”の話をしている。


 であるならば、こちらも勝負に出るしかない。

 彼女の有用性。これからアイドルとして成長していく可能性が大いに高い、と思わせる。

 そのためには――


「芹さん、スマホを借りてもいいですか?」

「はい? いいですけど、それをどうするんですか?」

「いいから。俺に任せてください」

 

 首を傾げる芹さんへ、俺はにっこりと微笑んだ。


 あと一押し。

 これで、社長を口説き落とす。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ