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第25話 世界最強の弓使い

 ここから、三人までの距離は約100メートルほど。

 大した距離じゃない。

 なのに……この下の見えない谷が横たえているせいで、無限に思えるほど遠い。


 ここまで来て、芹さんに手が届かないのか。

 俺は、肩を落とし、視線を落とす。

 ――と。

 俺の視線は左手に握られた聖弓 《イルムテッド》を捉えた。


「そうだ、俺の武器は……こいつだった!」


 たぶん、焦りで視野が狭まっていたんだろう。

 自分のアイデンティティを忘れるなんて、一生の不覚だ。

 俺から弓矢をとったら、何も残らないというのに。


 芹さんに手を伸ばしても届かない。

 でも、届かせられるものならある。


「狙いは、羽目を外しすぎたアホ共二人……」


 俺は、《イルムテッド》を構える。

 矢は通常のものは使わない。


 ダンジョンができてから、獲物や鉱石の横取りが横行し、人に向かってスキルを撃つ事件が多発した。

 その結果、人に危害を及ぼす攻撃性スキルの対人使用は原則禁止となったのだ。


「でも、やり用はある! スキル《眠り矢》!」


 瞬間、俺の右手に二本の光の矢が形成される。

 《眠り矢》はその名の通り、対象を眠らせるためのものだ。


 当然、麻酔にも致死量があるように、矢の出力を上げれば簡単に人を殺せてしまう。

 だから、ダンジョン内におけるスキルの対人行使について、ギリ許容範囲とされる最低レベルの“睡眠効果”まで効果を落とすのだ。


「起きた後が地獄だろうが、それはお前等の素行を呪え!」


 《眠り矢》を二本同時に弓につがえ、力一杯引き絞る。

 瞳孔を細め、狙い定める視線の先で、芹さんの服の最後のボタンが外されるのが見えた。


 この一撃は、自分への戒めだ。

 俺は、くだらない自分本位な理由で決断を遅らせた。

 芹さんが危ないと悟ったときに駆けつけていれば、芹さんが怖い思いをしなくて済んだのかもしれない。


 だから、もう迷わない。

 芹さんの運命が悪夢で塗りつぶされているのなら、その運命ごとぶち抜いてやる。


 俺は、Sランクの――世界最強の弓使いなのだから。


「《悪夢殺し(ナイトメア・キラー)》ッ!」


 引き絞った右手を離すと同時に、二本の光の矢が放たれる。

 それらは流れ星のように谷を飛び越え、一直線に俊平達の元へ。


 放った矢の内1本目は、狙い過たず突っ立っていた太の背中に命中。

 光の矢が弾け、太の身体がぐらりと傾いで地面に倒れる。


 ――が。

 偶然とはおそろしいものだ。

 

 芹さんに覆い被さっていた俊平が、不意に身体を起こしたのだ。

 結果、俊平を狙った2本目の矢は彼の腕を掠め、ダンジョンの外壁に衝突した。


「なっ!」


 俺は、驚愕に目を見開く。

 俊平は、俺の存在に気付いたらしく、右手をこちらに向けてきた。

 刹那、俊平の掌が淡く輝き、白い光線がこちらへ飛んで来る。


「嘘だろ!? ためらいもなく攻撃スキル使うかよ普通!?」


 一瞬そう思ったが、先に攻撃を仕掛けたのは俺の方だ。

 ただの麻酔効果しかない矢でも、俺が二人を狙ってスキルを使ったことに変わりは無い。

 だからたぶん、正当防衛として撃ってきたんだろう。


 だが、所詮は偽物のAランク。

 狙いは大きく外れ、光線は俺の数メートル下の壁面に激突した。

 けれど、それが脆い崖に大きなダメージを与える結果となった。


 俺の足下の崖にヒビが入り、瞬く間に崩壊。

 俺の身体は、谷底へと吸い込まれそうになる。


「くっ! 流石にやりすぎだろ!」


 完全に地面が崩れ去る前に、俺は即座にスキル《縄矢》を起動。

 矢の後端に縄のついた矢を弓につがえ、天井へ向けて放った。


 返しのついたやじりが、ダンジョンの天井に深く突き刺さる。

 俺は崩壊していく地面を蹴り、自身の身体を振り子時計の振り子のようにして、空中を移動する。


 勢い余って対岸の直上へ達した瞬間、俺は空中で縄を握る手を離し、即座に《眠り矢》を構える。


「いい加減、寝ていろ!」

「……っ!」


 俺は、俊平めがけて《眠り矢》を放つ。

 矢は狙い過たず俊平の身体に命中して、即座に深い眠りへと誘われた。

 

 間一髪。

 俺は、芹さんの人生が取り返しの付かないくらい歪められる前に、決着を付けることができたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 谷の向こう側に狙撃は弓、遠距離攻撃としては正しいが、『野生のラスボスが現れた、黒翼の覇王』のサジタリウスのように桃白白の柱乗りスタイルのように自分が射る矢を掴み移動という奇策も見たかった。 …
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