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第18話 始まった生配信

 屋上の一件があってから、二時間後。

 俺はというと、弓道場にいた。

 ほとぼりが冷めるまでは、ダンジョンに潜るわけにはいかないからだ。


 トッ!

 放った矢が、的のど真ん中に命中する。

 俺は、小さく息を吐くとともに構えていた弓を下ろした。


「相変わらず凄いですね先輩。20射連続で星に命中させるなんて」


 側で見ていた瀬良が、目を丸くして言った。


「そうでもないさ……たぶん」


 俺は苦笑しつつ答える。


 ちなみに星、というのは的の中央のことだ。

 俺自身、素早く飛び回る小さなモンスターを複数同時に射貫く――なんてこともできてしまうから、動かない的に当てるなんて息を吸うより簡単なことだ。


 だから、謙遜を言っているという自覚くらいはある。


「タオル濡らしておいたので使ってください。汗ばむ季節になってきましたから」

「ありがと」


 俺は、受け取ったタオルを首筋に当てた。

 ひんやりとした心地よさが、熱く火照った身体に染み込んでいく。


「ふぃ~」

「ふふっ。先輩、可愛いですね」


 思わず気の抜けた声を上げてしまい、すかさず後輩に弄られた。


「からかうなよ。これでも一応男なんだけど」

「女の子が男の子に言う可愛いは、褒め言葉ですよ」

「そんなもんか?」

「そんなもんです」


 瀬良は、微笑んでみせる。

 別に、「可愛い」と言われるのが癪に触るわけじゃない。

 ただ――瀬良みたいな「可愛い」という言葉が似合いすぎる後輩に言われると、メチャメチャこそばゆいのだ。


「結構な時間練習しましたし、少し休憩しませんか?」

「そうだね」


 瀬良にそう促され、俺達は弓道場の端にある縁側に並んで座った。


 午後の日差しが心地良い。

 俺はぼんやりと移ろう雲を眺め、瀬良は隣でスマホを弄り始めた。


「空が綺麗だな」


 などと話しかけようとも思ったが、そっからどう会話に発展させていけばわからない陰キャこと俺である。

 スマホに夢中の瀬良をせめて邪魔しないようにと、黄昏たそがれることしかできなかった。


 ――と。


「あ」


 不意に瀬良が声を上げ、スマホを弄る手を止めた。


「どうした?」

「これ、見てください」


 瀬良は、スマホの画面を見せてくる。

 それは、ダンジョン動画配信サイト、通称Dan.tubeに掲載された動画。

 画面左下には可愛らしいウサギのアイコンがあり、ユーザーネームの欄には『ナズナ』の文字。


「これは……」

「ナズナさんの生配信ですね。ついさっき始まったみたいです」


 確かに。

 画面の端にライブ配信の表記がされている。


『みんな~! 心配掛けてごめんね!』


 裏山ダンジョンの……8階層辺りだろうか?

 特にモンスターの見当たらない比較的安全な地帯でカメラを回しているらしい。彼女の溌剌とした声が聞こえてきた。

 青い鉱石の光で照らされる洞窟の様子と、ピースサインをする芹さんの指だけが画面に映っていた。


《うぉおおおおおおお!》

《お帰り!》

《怪我はもういいの?》

《今日はワイバーン一撃マンいないの?》

《復帰早! ダンジョン配信者の鏡!》


 画面の右端を、もの凄い勢いでコメントが駆け抜ける。

 ちらりと視聴者数の表記を見ると、300……400……500と、瞬く間に増えていた。

 平日の昼間で、今さっき配信をスタートしたばかりだというのに、凄い人気だ。


「なんというか……凄いな。あんなのでも、一応超有名配信者なんだな」

「あんなのでもって……先輩、ナズナさんを何だと思ってるんです?」

「あー……いや、なんでもない。忘れてくれ」


 つい口が滑った。

 根は良い子なんだろうということは、薄々気付いている。

 ただ……ファーストコンタクトがアレだからなぁ。

 陰口の一つも言いたくなるというものだ。


「ナズナさんが人気なのは確かですが、今日の盛り上がりは異常ですね。やっぱ、先輩のお陰でしょうか?」

「俺の「お陰で」と言うより、俺の「せいで」だけどな。あれはただの事故だし」


 俺は、やれやれと肩をすくめる。

 俺の話題で勝手に盛り上がっている内に、動画を更新する。

 彼女の下した判断自体は間違っていなかったらしい。


 まあ、精々アイドル活動が成功するための足がかりを掴んでくれ。

 俺の役目は、話題を作っただけでお終いだ。

 学校のアイドルと仲良くなるチャンスを手放すことになるが、それで構わない。

 彼女には彼女の事情があるように、俺には俺の事情がある。


 芹さんのハキハキとした明るい声を聞きながら、俺は目を瞑る。

 瞼の裏に、在りし日の光景が浮かんだ。

 

 俺は昔、芹さんと同じくらい――いや、ひょっとしたら芹さん以上に目立つのが好きで、無遠慮なヤツだったと思う。

 だが、その自己中な目立ち癖は、俺の日常を日陰へと追いやった。


 ――小学六年の、あの運命の日(ぶんきてん)を境に。


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