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第17話 芹なずなの選択

 俺は芹さんに連れられ、階段を上った。

 教室がある最上階の四階をスルーし、さらに上へ続く細い階段を上る。

 

「……着きました」


 芹さんは、階段を上った先に待ち構えていた両開き扉を開け、外に出た。

 とたん、初夏の熱を含んだ風が吹き付ける。

 ここはうちの高校の屋上だ。


 街の様子が一望でき、裏山のダンジョンに向かう生徒も見える。


 それはともかく、このシチュエーションはやめてくれ芹さん!

 俺は、風に吹かれながら内心で悶絶していた。


 放課後、屋上、呼び出しを受ける、二人きり。


 告白されるときの要素が全部揃ってるじゃないか!

 逆にこのシチュエーションで告白されない現実があってたまるか!


 だが、俺は万が一にも告白なんてされないことを知っている。

 芹さんと俺では、まさに月とすっぽん。

 それ以前に、なんとなく絡んできた理由は察しがついている。


 でも――高校生男子は夢を見るものだ。

 相手に恋愛的な興味を持たれていないと理解していても、笑顔で話しかけられたら「これ脈有りでは?」と舞い上がってしまう都合の良い思考回路をしている。


 だから、こんな告白される意外有り得ないシチュエーションを出されたら、誰だって期待しちゃうじゃないか!

 冴えない陰キャ男子である俺が、学校のアイドルに告白されるっていう、ラブコメ的な展開を!


 目立ちたくないと言いつつ、男の本能には逆らえない。

 俺は、変な噂に振り回されたくないだけで、美少女に告白されたくないとか言うほど、青春をこじらせているわけではないのだから。


「ここなら、誰も来ませんね……」


 芹さんは意味ありげにぼやいて、俺の方に向き直った。

 俺は、ごくりと喉を鳴らす。

 芹さんは、風で揺れる髪を右手で押さえ、言葉を切り出した。


「あなたに護衛を頼む件で、話があります」


 ――まあ、そうだよね。

 そうだ。俺の目の前にいるのは芹さんだ。

 俺を必要とするのは、あくまでアイドル活動を続けるため。


 第一、男なんて選び放題であろう彼女が俺を選ぶわけがない。

 一瞬でも妄想した自分よ、恥を知れ。

 俺は、瞬時に頭を切り換え、芹さんの瞳をまっすぐに見つめた。


「その件ですが、昨日言ったとおり協力はしかねます。すいません――」

「それは構いません」

「ですから協力はできかね――え?」


 俺は下げかけていた頭を上げた。

 今、「構いません」と言わなかったか?


 昨日ストーカーまがいの行為をして俺の家に殴り込んできた芹さんが?

 帰る寸前まで鬱陶しく頼み込んできた、あの芹さんが?

 ここに来てあっさり引き下がる――だと?


「えっと……何か悪いものでも食べました?」

「……なぜそんなことを聞くのかわかりませんが、とりあえず侮辱されたことだけはわかりました」

「だって、昨日まであんなにしつこく要請してきたのに、あまりにもすんなり引き下がるものだから……今日だって、てっきりまた頼み込んでくるのかと」

「それは、あなた以上の適任がいないからです。ただ……本来なら、あなたに協力して欲しいですが、とりあえず今日の所は引き下がります。臨時のAランク冒険者が、ついさっきうちの生徒の中から、二人見つかったので。その場で護衛契約を結びました」

「……へ?」


 待て待て待て待て。

 いろいろとツッコミ所が多いんだが!?


「えっと、いろいろ聞きたいんですが。Aランク冒険者四人以上か、それに匹敵する力を持つ冒険者を護衛に付けなきゃいけないんですよね? なのに二人って……しかも、学校内の生徒から選んで臨時で契約を結んだって、あまりにもテキトーすぎないですか? ちゃんとDUUMを通した方が――」

「これはDUUM側の意向なんで問題ありません。事務所側が事件の事後対応に追われて忙しく、今までの護衛の代わりは、自分で見つけろと言われました。もちろん、後々ちゃんとした方と契約を結ぶ予定なので、あくまで騒動が落ち着くまでの限定仮契約です」

「はぁ。いやでも、人数は――」

「前回の事件が起きたのは、下層を攻略していたことと、危険なアイテムに手を出したことによるものです。10階層くらいまでの上層攻略に限定すれば、まず危険はないかと。アイドル事務所の方にも、なんとかこの条件で承諾していただけましたし。それに、視聴者さん達が騒動の状況説明が私の口から明かされるのを待っています」

「まあ、そうかもしれませんが……」


 どうして、そうまでして成果を焦る?

 絶対、もっと良い方法があっただろうに。

 どうにも、裏がある気がしてならない。


 と、そのときだった。

 ガチャリ。

 屋上に続く昇降口の扉が開いて、二人の男子がやって来た。


 一人は、痩せ型でそばかすのある男。

 もう一人は、やや小太りで小柄の男だ。

 

「あ、丁度彼等が来ました」


 芹さんは、その二人に手招きをする。

 どうやら、予めここに来るように声をかけていたらしい。


 二人の男子生徒は、俺の方をちらちらと見ながら、芹さんの横に並んだ。


「紹介しますね。これから、私のサポートをしてくれる二年Dクラスの的場俊平まとばしゅんぺいさんと、一年Cクラスの小野田太おのだふとしさんです」

「どうも」

「……うす」


 俊平と呼ばれた痩せ型の男子と、太と呼ばれた小太りの男子が、小さく頭を下げた。

 二人とも胸に金色のバッジを付けている。何というか……こんなモブじみたなりでもAランクの冒険者なのか。


 ついそんなことを思ってしまった。


 ていうか、太とかいうヤツは違う学年だから知らないとして、もう一人の俊平という男は、俺の記憶の片隅にいる。

 そのことが驚きだった。


 俺は、目立たない生活を送るために、楽人以外の人間とは縁を作っていない。

 クラスの人の顔も名前もろくに覚えていないから、他クラスの生徒のことなんて本来知っているはずがない。


 それこそ、芹さん並みに有名でも無い限り。

 なぜかわからないけどこいつを知っているという状況は、異常だった。


 なんで俺、こいつを知ってるんだっけ?

 そんなことを考えていると、芹さんが得意げに話を続けた。


「驚きますよね? この学校でこんなに簡単にAランク冒険者が見つかるなんて、思いませんでした。募集も思い切ってかけてみた甲斐がありました」


 芹さんは自身のスマホの画面を、俺に見せてくる。

 その画面に映っていたのは、うちの学校のホームページ。

 そのトップには『ナズナの配信パートナー、絶賛募集中!』の見出しとともに、募集要項が書き綴られている。


「学校のホームページで護衛を募ったんですね」

「はい。何か問題が?」

「……正直に言うと、事を急ぎすぎじゃないかとは思います。芹さんは、彼等のことをよく知らないんですよね? 正式な手続きで護衛を依頼していないのは、多少リスキーでは?」


 話題性がある内に、できる限り配信をしておきたいという気持ちはわかる。

 視聴者も、有名配信者ナズナが元気な姿を見せてくれるのを心待ちにしているのだろう。

 ただ――今回の騒動は全日本規模で広まっているが故に、慎重に対応をする必要があるのではなかろうか?


 急募で仮の護衛を募り、実力も人柄もろくに知りもしない相手を引き連れて、ダンジョンに潜る。

 そのリスクに、芹さんは気付いているのだろうか?


「そうかもしれませんね。……それでも、見てくれている人がいるなら、その期待に応えるのが私です」


 芹さんは、スマホを胸に押し当てて、穏やかな表情で言った。

 午後の日差しが芹さんの顔をやさしく照らす。

 

「……え、天使?」

「何か言いました?」

「いえ、なんでもないです」


 マジか。

 学校のアイドルの微笑が、こんなにも神々しいなんて。

 昨日がめつく突っかかってきた人と同一人物とは、とても思えない。


「それで、いつから配信を再開するんですか?」

「このあとすぐ」


 番宣CMかよ。

 思わずそうツッコミそうになったが、堪えた。


「このあとって……じゃあ今から裏山に?」

「はい。俊平さん達も了承してくれています。なんだったら、暁斗さんも――」

「遠慮しておきます」

「もぅ。相変わらずガードが堅いですね」


 芹さんは、不服そうに小さく頬を膨らませる。

 やめてくれ。そんな可愛い顔をされると、「お供させてください!」って言いたくなっちゃうじゃないか。


 多少ウザくとも、こんな芹さんの顔を見ていたら即落ちしそうで、俺は目を逸らす。

 その拍子に気付いた。

 俊平と太が、何やら嫌そうな顔で俺を睨んでいることに。


 なんか俺、こいつらの気に障るようなことしたか?

 そんなことを考えていると、芹さんが口を開いたのでそちらに視線を戻した。


「時間を取らせてしまって、申し訳なかったです。仮の護衛適任者が見つかったので、そのことを報告しておきたくて。本当はもっと早くお伝えしたかったのですが、候補者の選定や対応で忙しく、放課後になってしまいました」

「なるほど。まあ、とりあえず見つかってよかったです」

「この方達に仮護衛を果たして貰った後は、またあなたを誘いに――」

「全力でお断りさせていただきますっ!」


 俺は、今日一大きな声で断った。


 ――このあと、俺達はそれぞれの日常へ戻ることとなる。

 芹なずなは、大人気配信者としての日常へ。

 篠村暁斗は、「紋無し」の陰キャ高校生の日常へ。


 俺達の青春が、この屋上での会話を最後に、二度と交わることなく収束していく。


 そのはずだったのに――

 俺はこの数時間後、とんでもない事件に自らの意志で足を突っ込むこととなる。


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