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異世界転生するの? しないの?  作者: 塚田亮太郎
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最終節 「異世界転生するの? しないの?」 1

 僕が異世界生活を始めてから、明日で丸一か月が経つ。

 

 答えを、出さなくてはならない。


 だが正直に言うと、僕の心は揺れていた。


 僕はこの村の人たちの温もりに触れ、決して小さくはない絆が出来上がってしまった。


 この一か月の間どれだけの人が僕にやさしさを振りまいてくれたか。


 どれだけの人が、僕を必要としてくれていたか。


 コリーさんの言葉が蘇る。


『……先生は、この村にとってなくてはならない存在です。私もそうですが、先生のおかげで命が助かったという人もたくさんいる。皆、本当に、言葉にしつくせないくらいに、感謝しているんです』


 一方で、マティルダさんの言葉も強く胸に残っている。


『ご家族は、大切にしてくださいね。もちろん、自分のこともですよ』


 僕には家族がいる。大切にしたい、祖母がいる。


 このまま異世界にいると決めれば、その祖母とは永遠に別れることになる。


 それが、果たして自分にとっていいことなのか。


――


 悩みに悩んで、僕はいつの間にか、マティルダさんの病室の前に来ていた。


 彼女なら、何か悩みを解決してくれるかもしれない。


 僕はすがる思いで、病室のドアをノックした。


「どうぞ」という声が聞こえ、中に入る。病床のマティルダさんは、以前よりあきらかに痩せていた。


「あら、先生」と嬉しそうに声を出してくれる。


「お加減はどうですか」と僕は声をかけた。


「ええ、どこも痛くもなく苦しくもなく。穏やかに過ごさせてもらってます」


 にこやかにマティルダさんは答える。僕はベッド脇の椅子に腰かけた。


「……マティルダさん、これは、もしも、の話なんですがね」


「あら、先生、そんな話もなさるんですね」


 マティルダさんが少し驚いたように言う。


「まあ、たまには。……もしも、マティルダさんがいきなり違う世界に飛ばされて、その世界で生きるか、それとも元の世界で生きるかを迫られたら、どうします?」


 彼女は少しぽかんとしていた。そして、くすくすと笑い始めた。


「変なことをお聞きになりますね。そんなの、元の世界に決まってるじゃありませんか」


 即答した彼女に、今度は僕がぽかんとする。


「あのね、先生。私は、今の世界に縁があって生まれていると思うんです。夫と結婚できたのも、息子たちを産んだのも、先生に出会えたのも、全部、ご縁があってのこと。それを捨ててまで、違う世界で生きようなんて思いません」


 マティルダさんは強いまなざしでそう言いきった。


「それに、違う世界で生きることになったら、これから元の世界で結べるはずの縁がすべてなくなってしまうでしょ? それもなんか、嫌ですよね」


 縁。短い言葉だが、納得させられた。


 異世界で生きるということは、現世であるはずの出会いも切ることになる。


 僕はその事実をしっかりと受け止める。


「…ふふ、先生、何かわかりました?」


「えっ?」


「だって先生、ここに来てからずっと悩んでる顔をしてらしたんだもの。どうされたのかなって思ったら、そんな質問しだして……心配だったんですよ?」


 マティルダさんはいたずらっぽく笑う。僕は少し顔が赤くなるのを感じ、思わずうつむいた。


「でも、もう大丈夫そうね。先生、悩みがなくなったいい顔をされてるもの」


 僕は顔を上げる。マティルダさんは柔和に微笑んでいる。


「……ありがとうございます。相談に乗っていただいて」


「いいえ、こんな老婆の答えでよければ」


 そう言うとマティルダさんは、外を見て眩しそうな顔をした。


 今日も、よく晴れている。


――


 翌日。


 僕はハトホルと一緒に、僕たちが初めて出会った小屋に来ていた。


「久しぶりだね、ここに来るのも」


 ハトホルが無邪気そうにそう言う。


 思えば、彼女に助けられてばかりだった。


 彼女だけではない。


 コリーさんやルシールさん、ジョセフさん、村の人たち……そして、マティルダさん。


 僕はいろんな人の思いに助けられて、今日この日を迎えている。


 そう思うと、目頭が熱くなった。


「ハトホル」


 僕はそう呼びかける。ハトホルは僕の方を振り向いた。今日で彼女ともお別れだ。


「先に言っておく。僕は君がいなかったら、人生を見つめなおすことも、自分を顧みることもなく過ごしていただろう。それができたのは君のおかげだ」


「ちょっと……なによ、それ」


「本当に、ありがとう」


 僕は深々と頭を下げた。これが僕のできる、最大限の感謝の伝え方だ。


「やめてよ、もう……分かったから頭上げて」


 ハトホルは無理やり僕の体を起こした。その目に、少しだけ涙が見えた気がする。


「調子狂っちゃうな、まったく……それで、決めた?」


 ハトホルはベッドに腰かけながら言う。僕は無言でうなずいた。


「じゃあ、聞くね」ハトホルはそう言って、僕の顔をじっと見つめた。



「異世界転生、するの? しないの?」

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