表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生するの? しないの?  作者: 塚田亮太郎
5/10

2節 僕は救えない 1

 その日は、曇天だった。


 僕が診療所に到着すると、今日診察予定の人たちが何やら話しこんでいた。


「おはようございます」と僕は声をかける。


「何をそんなに話し込んでいたんですか?」


 僕がそう尋ねると、一人が険しい顔をしながら話し出した。


「マティルダさんのことなんです」


「マティルダさん?」


「ジョセフさんの家の近くに住んでいる人なんですけどね。まだ先生はお会いしたことがないんですか?」


知らない名前だ。僕はこの村の医療を任されてから少ししか経たないが、交流のない住人はいないと思っていたので、驚いた。


「そのマティルダさんが、どうしたんです?」


「なんでも、おなかの調子が悪いみたいなんです。ひどい時だと、ご飯も食べられないくらいだって」


 僕は自分の表情が険しくなるのを感じた。


「……あまりよくないことですね。折を見て、僕の方から訪問します」


 この村で訪問医療というのはやったことがなかったが、いい機会だ。できる限りのことはしてあげたい。


「先生に診てもらえれば、あの人もきっと良くなるだろうね」


「うん、安心だ」


 患者さんたちはみなほっとしたような顔をする。僕はにっこりと笑うと、診察室の方に向かった。


――


 全てが一変したのは、午後のことだった。

 

 珍しく診察予定が空になっていたため、僕は噂のマティルダさんの様子を見に行こうと準備をしていた。


「先生! すみませーん!」


 入口の方から大きな声がする。聞き覚えのある声だ。


 急いで向かってみると、ジョセフさんがいた。誰かを背負っている。


「ジョセフさん、どうしたんですか」


「いや、隣に住むマティルダさんが、おなかが痛いっていうものですから。額から汗も出てますし、ちょっとこれはまずいかなと思いまして、連れてきました」


 ご老体に鞭を打って運んできたのだろう、ジョセフさんの額からも汗が出て、ぜいぜい言っている。


 僕は、背負われている人の顔を覗き込んだ。


――祖母がそこにいた。


 その顔を見た瞬間、昔を思い出した。


 夏休みに遊びに行った記憶。高校受験に合格し、一緒になって喜んでくれた記憶。成人し医者になり、涙目になりながら誇らしげな表情をしてくれた記憶。



 思い出した。

 全て、思い出した。



「……先生、やはり、相当悪い状態なんでしょうか」


 ジョセフさんの言葉で、我に返った。見ると、彼はとても心配そうな顔をしていた。


「……とりあえず、処置室に連れて行きましょう」


 僕はそう言うのが精いっぱいだった。横を見ると、ハトホルがいつの間にか立っていた。


「すみませんが、向こうに処置室がありますので、運んでもらっていいですか? 案内しますので」


 ハトホルが深刻そうな顔をして言う。


 ジョセフさんと彼女は、廊下の奥の方にある処置室へと向かった。


 一人残された僕は、うなだれるしかなかった。


――


 処置室に入ると、祖母にしか見えないその女性はベッドに横たわっていた。

 

 やはり、動揺する。

 

 そんなことはあり得ないと思いつつも、この女性を祖母だと認識してしまう。

 

 ジョセフさんが口を開く。


「先生、どうにかなりませんか。もしかしてもう、難しいんですか」


 僕は答えに窮した。すかさずハトホルがフォローしてくれる。


「兄は多分、今後どのように治療するか考えているんだと思います」


 そういうと、つかつかと僕のところにやって来て小声で話をする。


「ちょっと……どうしたの?」


「……君があの人を作り出した、というわけじゃないのか」


「どういうこと?」


「その……そこに寝ている人が、僕の祖母に、似ているんだ。本人じゃないかってくらいに」


 ハトホルはちらりと老婦人の方を見る。そして、僕の目をしっかりと見据えた。


「……思い出したんだね。全部」


「ああ……で、どうなんだ。あの老婦人も、僕にハトを作った時みたいに、キミが作り出したというわけじゃないのか」


「はっきり言うけど、それは偶然。アタシは何もしていないから。それよりも、どうするの、あの人の措置」


 僕は困惑しきりだった。だが、目の前の患者を救うしか、やれることはないのだろう。


 僕は老婦人――マティルダさんのそばに行き、いくつか質問することにした。


「マティルダさん、聞こえますか」


 彼女は少々苦痛な表情を浮かべてはいたが、頷いた。意識ははっきりとしていると取っていいだろう。


「おなかは、どんな風に痛みますか」


「なにかに、おしつぶされるような、そんな感じです」


 僕はまた困惑した。声までそっくりではないか……。


 雑念を払い、再び質問をする。


「ほかに痛みを感じるところはありませんか」


「痛み、じゃないんですが、なんだか、具合も悪くて」


 具合が悪い……? 胃だけの症状じゃないということか。


 もしや……?


 僕はジョセフさんに向き直って言った。


「もしかしたら、思っている以上に深刻かもしれません」


 彼は困ったような、泣きそうな顔をして言う。


「古くからの隣人なんです。何とか助けてくださいませんか」


「処置はしますが、それで完全に回復するとも限りません」


 僕がはっきりとそう言うと、ジョセフさんはがっくりと肩を落とした。


 僕はハトホルに言う。


「……もしかしたら、重い胃がんかもしれない。すぐに手術の準備をしたい」


「わかった」ハトホルはいつになく真剣な表情で応えてくれる。


 僕はもう一度、マティルダさんの顔を見た。

 


 現世の祖母は、救えなかった。だから、今度は救ってみせたい。

 

 そう思いながら、僕は急いで手術の準備に取り掛かった。

 

 どこからともなく、雨の音が聞こえてきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ