1節 僕の居場所 2
僕が異世界に来てから数日が経った。
相変わらず、ハトホルと例の夫婦と一緒だ。
あの時倒れていたのはコリーという男性で、見た目50歳くらいの少し小太りな人だ。また歩いているうちに倒れてしまっては大変ということで、僕が担ぎながら歩いている。大変だが仕方あるまい。
妻の方はルシールという女性。こちらも少しふくよかな方だった。
夫婦ともに仲が良く、元気になったコリーさんにルシールさんがたのしく話しかける。
例の小屋からハトホルが言う帝都まで確かに距離があり、僕たちは野営をしながらここまで来た。
ちなみに、コリーさんは道中、定期的に僕が検診している。また倒れられてはかなわない。
症状を見るに、あの時倒れたのは心筋梗塞によるものだった。意識を取り戻したとはいえ、油断はできない。
あと、夫婦の目には僕とハトホルが兄妹に見えるらしく(どこも似てないと思うのだが)、彼女はそれを利用して僕の妹としてふるまっている。
「素敵なご兄妹ねぇ」と、ルシールさんに言われ、ハトホルがそれに対してにこやかに、人懐っこく「ありがとうございまーす♪」と答えるのが当たり前になってきた。
帝都が目前となった時、僕らは少し休憩をはさむことにした。
コリーさん夫妻が楽しそうに話している中、僕は気になっていることをハトホルに尋ねた。
「なあ、この世界って、どういう世界観なんだ?」
「どうってなにも、見ての通り、牧歌的な世界だよ? どうして?」
「いや、異世界転生ものによくあるじゃないか、例えば、魔法が使えたり、何かしらのタブーがあったりとか」
「そんなものはないよー。ここはキミと同じ、人間が住まう世界。ただ、そうだね……強いて言うなら」
ハトホルはにこっとしながら僕を見て言う。
「この国は医療レベルが低いんだ」
「……何か原因はあるのか」
僕がそう言うと、彼女はそばにあった石に腰かけながら語りだした。
「この世界は、12の国に分かれていてね。この国はヨウス帝国っていうんだけど、キミが元いた世界のように歴史があるわけじゃないんだ。それにともなって、というのも変だけど、医療も発展しているわけじゃない。まだまだ人体のことは不思議に包まれていて、研究がなされているの。だからね」
ハトホルは僕の目を見つめて、不思議な表情をしながら言う。
「キミがあまりにも精度の高い、完璧な手術をしてしまうと、逆に怪しまれてしまうかもしれないね」
僕はぞっとした。高度な技術を持ってしまったがゆえに怪しまれるなんて、そんな、中世ヨーロッパの魔女狩りみたいな……。
ハトホルは僕の表情を見てたまらないといった表情で笑いだす。
「大丈夫だよ、ちょっと脅すようなことを言ったけど、基本的にこの国の人たちは根が明るくて素直だから。キミが高度な治療をしても素直にありがとうって言ってくれるよ」
そういうと彼女は、視線をコリーさんたちに向けた。僕もつられて彼らを見る。
彼らは怪しむどころか、僕にお礼を言ってくれた。
そう思うと、僕は安心した。そして同時に、この世界で生きてみたいという気持ちが大きくなっていくのを感じた。
「さて、じゃあ行こっか。帝都までもう少し!」
ハトホルが元気に歩き出す。僕はコリーさんを背負うと、残り短い帝都までの道を歩き出した。
陽が高く上るころ、帝都に着いた。流石にここは人が多い。僕たちは人をかき分けかき分け、やっとの思いで目的地に着いた。
「ここだね、帝都の病院は」
ハトホルはそういうと、僕たちに入るように促す。一見して、木造だと分かるこの建築物が、病院だとは僕は思えなかった。だが、彼女が言うんだからそうなのだろう。
僕は一抹の不安を抱えたまま、建物に入った。
――
「ほう、心臓が止まったのを治した、ですか」
診察を行った老医師は、僕の説明に大変興味を持ったらしい。いろいろな質問をぶつけてきた。
「心臓が止まれば生命活動が終わる、というのが我々の認識です。ですが、それを復活させたというのは今まで聞いたことがありません。どうやってやったのですか」
「いや、心臓マッサージを……ええと、胸のあたりの骨を圧迫したんです」
「ほほう、胸骨を、圧迫なさった。それで回復されたんですか」
「いえ、それだけではなく……」
こんな具合に、質問攻めにあった。
コリーさんの容体は安定しているが予断を許さないとのことで、しばしの間入院措置を取ることとなった。ルシールさんは近くの民宿に泊まりながら世話をするという。
僕は小一時間、老医師の質問に答える羽目になった。
ようやく解放されてほっと一息をついたとき、ルシールさんの声が廊下から聞こえてきた。
「あら村長! こんなところでお会いするなんて!」
「ルシールさんの方こそ、ここで何をやっとるんだね?」
……どうやら知人と出くわしたらしい。
僕には関係のないことだと思って、用を足すためにトイレを探しに廊下に出たとき。
「あっ、村長! この人が夫の命を救ってくれましたのよ!」
廊下に響き渡る声でそう言ったかと思うと、ルシールさんがつかつかと僕の方にやって来て腕をつかみ、話し手の方に引っ張っていった。
ルシールさんの話し相手の男性は、紳士然として立派な髭をつけていた。姿勢がよく、スタイルが良い。その人は目じりに皺を寄せながら微笑み、僕の手を握った。
「この度は、わが村のコリーさんを助けてくださってありがとうございます。村長としてお礼申し上げます」
紳士はそういうと、それは見事なお辞儀をした。僕も慌てて頭を下げる。
「いえ、医師として当然のことをしたまでと言いますか……」
「ほう、お医者様、なんですな?」
彼の目が少し鋭くなったような気がする。
「ええ、まあ、一応は」と、答えに窮する僕。ふと廊下の先に目をやると、ハトホルがにやにやしながらこっちを見ている。あいつ、他人事だと思って楽しんでるな…?
「申し遅れました。私、ヨウス帝国ソルスキン村の村長、ジョセフ・ヘイリーと申します。以後、お見知りおきを」
紳士――ジョセフさんはまた深々とお辞儀をする。ぼくもつられてお辞儀をした。
彼は頭を上げると、僕の目を見てこういった。
「こうして会えたのも何かの縁。どうかわが村に、医者として来てくれませんかな」
彼は真剣なまなざしで訴えてきた。
僕が、村の医者に?
「……訳を聞かせてもらってもいいですか?」
僕がそういうと、ジョセフさんはため息を一つはいて語りだした。
「……わが村には診療所がありましてな。実はその診療所の唯一の医師が先日倒れてしまったのです。私が今日ここにいるのも、彼の見舞いも兼ねてこの病院から医師を派遣してもらえないかというお願いに来たからなのです。しかしすげなく断られてしまいましてな……そこに、光明のごとく現れたのがキョウスケさん、あなただったわけです」
彼はそういうと、僕の手を取った。思わず困惑する。
「お願いです。あなたのような正義感にあふれ、行動力に満ちた医者は見たことがない! これも何かの縁、どうか村を救うと思って、来てくださりませんか」
ジョセフさんが今にも泣きそうな顔で言う。
急にそんなことを言われても困ってしまう。だが、何か助けになることがあるのなら助けてあげたいという気持ちもあった。
どうしたものかと思っていると、今度はルシールさんが言う。
「私、キョウスケさんが村に来てほしいと思いますわ! こんな名医、一生に出会えるかどうかですもの。キョウスケさん、私たちの村にいらっしゃって下さいまし」
ルシールさんが期待の眼差しでこちらを見る。すると、廊下の奥から声が聞こえてきた。
「どうするの、お兄ちゃん、やるの? やらないの?」
ハトホルだった。生意気にも腕を組みながら歩いてくる。
「おお、ご兄妹がいらっしゃったか。どうです、妹さんもわが村にお越しになりませんか」
すると彼女はふふっと笑い、「兄が決めることですから」とこちらに視線を飛ばしてきた。
どうするかは、キミ次第だよ。
その目は確かにそう言っていた。
3人の視線が僕に突き刺さる。
……そうだよな、現世で報われなかった分、この世界でがっつり「生き直し」をするのも、あり、だよな。
僕は、決心した。