表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生するの? しないの?  作者: 塚田亮太郎
10/10

その後

 僕の現世での日常が、劇的に変わるわけもなかった。


 あの一か月での出来事は、現世ではわずか一夜の出来事。周りの環境が変化することはない。


 だが、僕自身は確実に変わった。


 まず、できるだけ祖母の見舞いに行くようにした。ハトホルに語ったように、祖母との縁を大切にしたいからだ。


 祖母は危篤状態で、問いかけに返事ができる状態でもない。しかし、僕は祖母の手を握りながら話しかける。


仕事はこんなことをした、天気はこんな感じだ、今日は○○記念日だ……どれも他愛のないことだ。


 だけど、何となくだが、返事がない祖母とコミュニケーションが取れている気がする。僕が語ると、祖母が手を握り返してくれている気がするのだ。


 現世に戻ってきて、よかったと思う。


 仕事の面でも、僕は意識を変えた。


 僕のミスで、大きな迷惑をかけたのは間違いない。閑職に回されても仕方ない。まずはそう思うことにした。


 だが、その場所で嫌々仕事をするのと、積極的に仕事をするのとでは、違うだろう。


 僕は後者になるため、事務の人や医師の同僚たちと積極的にコミュニケーションを取ることにした。


 すると不思議なことに、僕の悪い評判を聞くことがなくなった。そして、少しずつだが、手術の現場に呼ばれるようになったのだ。医局長が僕の働きぶりに一定の評価をしてくれたらしい。


 今では、緊急手術の際にも、サポート役でだが必要とされるようになった。



 過去の僕は、そこにいるだけで、何か変化があるかもしれない、と思った。


 だが、あの世界で過ごした時間が、そうじゃないよと教えてくれた。



 休憩の時間になり、僕は外に出た。


 雲一つない空が広がっている。


 僕は持っていた缶コーヒーを一口飲み、空を見上げ、彼女のことを少し思い出した。


 僕のことを変えるきっかけを作ってくれた、彼女のことを。


――


 アタシは、マティルダさんの病室に来ていた。


 今日が山だということは、誰の目から見ても明らかだった。


 マティルダさんの手を握りながら、そばにいるしかできない。


 自分は神だが、掟で死にゆくものを助けてはならないことになっている。


 ――つくづく、無力だよね。


 アタシはそう思うと、自分が情けなく感じた。


 視線を窓の外にやると、今日もよく晴れているのが分かる。


 ふと、彼のことを思い出す。よく、天気のことを気にかけていたっけ。


 ……彼なら、どう声掛けをするかな。


 アタシはぼんやりと、そんなことを考えていた。


 すると突然、マティルダさんが閉じていた目を開いた。のぞき込むと、彼女と目が合った。


「……あら…妹さん…」


「マティルダさん、アタシが分かる?」


「……ええ…」


 死を直前にしたこの段階で目を覚ますのは奇跡に近い。アタシは驚くしかなかった。


「……先生」


「……ごめんなさい。兄は来れないの……ごめんなさい……」


 この瞬間、どれだけ彼にいてほしかったか。マティルダさんのことを思うと、やりきれない。


「……いいんです……元の、世界に……帰れた、かしら……?」


 アタシは驚きを通り越して、硬直した。


「……あの方……不思議な、質問を、されたから……もしかして、と思ったけど……」


 ……彼とマティルダさんの間にどんな会話があったかは分からない。けれど、マティルダさんは、兄がこの世界の人じゃないって見抜いたらしい。


「……無事に、帰れ、ましたか……?」


「ええ……無事に、帰りましたよ」


 アタシは彼女の手を強く握って言った。


 マティルダさんはそれを聞くと、かすかな笑みを浮かべ、その後、目を閉じた。


 握っていた手が、急速に冷えていく。


 シーツにぽたぽたと何かが落ちる。


 どうやら、気づかない間に泣いていたらしい。


「……約束、果たしたよ」


 アタシは、窓の外の青空に向かって、そうつぶやいた。

つたない文章でしたが、読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] とても良かったです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ