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戻り時計  作者: 村良 咲
羨望~菜緒編~
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戻り時計

 あれ?なくなってる。


 菜緒が打ち付けた『美晴』の名を付けた藁人形が消えていた。自分から幸せのすべてを奪った美晴への憎しみは、日に日に大きくなり、お前の幸せは私の不幸の上に成り立っているんだと、それを返せ、それを返せ、それを返せと藁人形を打ち付けた。それが消えている。


 どうしたんだろう。神様が願いを聞き入れてくれた?……ふっ、まさかね。子供の悪戯かな。せっかく打ち付けた藁人形、外したお前も呪いがかかるぞ。あ、でもそれが美晴の子だったらそれもありかも。そんなこと思いながら、今夜はどの木に打ち付けようか、もう少し高い位置がいいかな。菜緒は打ち付けた二つの藁人形とは参道の反対側にある木に目を付け、そこに打ち付けることにした。


 返せ。返せ。返せ。返せ。それは私のものだ。返せ。憎しみの全てがそこにあるとばかりに、恨みを打ち付けるように藁人形に楔を打ち付けた。まさに、鬼の形相で。


 荒ぶる心を鎮めるように、深い呼吸を繰り返し参道の隅を鳥居に向かい歩き出すと、ふと足先に何かが触れた。薄闇に目を凝らすと、そこには古びた小さな箱が落ちていた。片手でそれを持ち上げると微かな重みを感じた。何か入っているようだ。誰かの落とし物だろうか。そのまま放って帰ろうと思ったが、中身が気になった。このタイミングで自分が手にしたことに何か感じるものがあったのだ。


「時計?」


 月の形がした時計が入っていた。誰かへのプレゼントなのだろうか?それにしては随分と箱が古びている。時計を箱にしまおうとして、何か紙が入っていることに気づいた。開いて見たが、よく見えない。菜緒は車まで戻り、中でそれを開いた。



    戻り時計取扱説明書


後ろの過去ボタンを使い、過去の戻りたい日時をセットする。


後ろの未来ボタンを使い、過去の戻りたい日時から戻りたい時点をセットする。ただし、今現在より未来の時点へは戻れない。


セットをしたら、両端にある二つのボタンを同時に押す。


戻り時計は計三回まで使用可能。



 「戻り時計?」


 なにこれ。過去に戻れるってこと?バカバカしい。そんなことできるわけないでしょ。……そうは思ってみたものの、今、ここでこれを手にしたことには何かの意味があるのかもしれない。私の願いが神様に届いたのかもしれない。そんなことが頭に浮かんだ。


「ま、偽物だとしても、試しにやってみるのもいいかもね。どうせ何も変わらないんだし」


 薄暗いその場で、菜緒は逸る気持ちのままあの日にセットした。同窓会の幹事で集まった「好きだった」と言われたあの日だ。そんな話にならないようにしよう。もしそんな話になったら、昔話として笑い合おう。


 菜緒は余白に書かれた薄くなり始めた言葉たちに目を向けることなく、逸る気持ちのままそのボタンを押した。



  戻る過去 2018年 9月20日 14時


  戻る未来 2018年 10月7日 22時



 そして、菜緒は奏佑と触れ合うことをやめ、同窓会の夜に戻ってきた。またそこからやり直しだ。


 大きな変化のない、いつもの日常に菜緒はいた。


 和希が小学校に上がるのだから、ずっと考えていた一戸建てをそろそろ買おうという話が進み、経済的なことも考え、新築の建売住宅を買うことにした。注文住宅には憧れもあったが、毎月の返済を考え、無理のない暮らしを優先することにした。


 菜緒は満足していた。新しい家、対面のキッチンからはリビングの向こう、小さな和室で親子二人で何やらしている姿が見え、右側に目をやると、小さな庭だけれど憧れのガーデニンングで植えた緑が日の光を浴びてキラキラしている。幸せだ。菜緒はしみじみそう思った。


 それから半年ほどが過ぎたある日、陸斗から思いがけない話を聞かされた。陸斗の兄の海斗が家を建てるという話だ。そういえば海斗の上の子も次の年に小学生になる。ちょうどいい頃なんだろうと、自分たちの経験からもそう思った。が、そのあとに出た話は菜緒の心をざわめかせた。


「実家の近くに花屋があっただろ?まあ、花屋っていうか、花を作ってたハウスあったろ?あそこ跡継ぎがいなくて、爺さんが亡くなってそのままになってたけど、婆さんが先のこと心配して、親族と相談してあそこ売って老人ホームに行くんだとさ。それでそこを買ったハウスメーカーが分譲することになって、そこの一つを親父が買うそうだ」


「えっ?親父がって?お義父さんが買うの?」


「そう、そこにアニキが家を建てる話になってるらしい」


「お義父さんが土地買うの?」


「そう言ってたな。アニキたちが近くに来てくれて、これで老後も安泰だとか親父も母ちゃんも言ってた。老後の面倒込みで来てもらうってことなんだろ。アニキも美晴さんも大変だな」


 大変だなって……何呑気なこと言ってんのよ。同居するわけじゃなさそうだし、近くに土地買ってもらって家を建てるってことでしょ……何それ、いったいいくら出してもらうのよ……


 そうして兄夫婦が建てた注文住宅を目にして、菜緒は全身の力が抜けるような気がした。考え抜かれた動線、どの部屋をとっても自分たちよりも広く、太陽を多く取り込むその家は明るく、自分たちの家との違いを見せつけられた。そして何よりも目が行ったのが、菜緒がずっと欲しいと思ってたサンルームがあることだ。明るくて、置かれた観葉植物の横で取り込まれた風に揺られるカーテンは、自分が手に入れられなかったことの大きさを思い知らされた気がした。


 なんで?義親と暮らすなんてまっぴらごめんだと思い、それなりの敷地のある義実家に行くたび、長男の嫁の美晴はいずれは同居かと、大変だなと思っていたけれど、近居とはいえ同居ではないのだし、こんなものを手に入れられるのかと悔しい気持ちが湧いてきた。


 なんでよっ、同じ親の子と一緒になってるのに、この差はなによっ。



            ~菜緒編~了~


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