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戻り時計  作者: 村良 咲
羨望~菜緒編~
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神社3

 菜緒は部屋に戻ると、息苦しくなるほどの吐き出せない感情を持ったまま、衣服を剝ぎ取るように脱ぎ、熱いシャワーを頭から浴びた。人工的な強い雨に打たれながら、声に出ないようにして心の中で叫んだ。が、心の中だけで叫んだつもりだったが、漏れ出た声が菜緒を突き刺した。


「なんで……なんでよっ!!くっ……あぁぁっ、なんでよっ!」


 あの幸せな家は私のものになるはずだった。あそこにいるのは私たちのはずだった。なんでよ……なんで美晴さんたちがいるのよっ。


 陸斗に離婚を言い渡されたとき、和希と離れるなんて考えられず、何とか修正をと、なんとか和希を自分の手にと思ったが、和希の拒否反応が強くて泣く泣く諦めた。和希はあの日以降、菜緒が無理矢理に抱きしめると吐くのだ。最終的には触れようとするだけで吐きそうになり、その手を引っ込めるしかなかった。


 そんな離婚の仕方をして実家に戻ると、そこに菜緒の居場所はなかった。すでに父は他界しており、兄の家族と同居する母には、早く部屋を見つけるようにと言い渡された。


 仕事、辞めなきゃよかった。和希とずっと一緒にいたくて、福利厚生のちゃんとした職場も簡単に手放した。陸斗もそれを進めたし、陸斗の稼ぎだけでも親子三人でやっていけるはずだった。こんな形での離婚で、慰謝料を請求されないだけでも御の字だろうと、ほとんど身一つで出ることになった。手元にあるのは独身の頃に貯めていて、結婚生活で自分のためにだけ使った残り数百万の貯金だけだった。これでは一年も生活できるかどうかわからないというところだった。


 そうだった。陸斗は菜緒の貯金は自分のために使えばいいと、生活に使わせようとはしなかった。次男で、多少の頼りなさも優しさがカバーしていたし、子煩悩で家庭を大事にするいい夫だったのに……不倫というほどのこともない、あの瞬間、ほんの少しの魔が差したというほかない。


 同窓会の幹事だった山本奏佑は初恋の人だった。中学を卒業するとき、男女二人ずつの幹事を決めた菜緒のクラスでは、当初の約束通り、二~三年おきに同窓会をやっていたし、菜緒もできるだけ出席していた。ところが結婚出産で自分が幹事の時にそれができず、代わってもらった幹事を今回やったのだった。


 親の不動産会社で働く奏佑は、昼間自由になる時間があり、その時間に打ち合わせができるのは、実際助かった。菜緒と同じで二人の子持ちのもう一人の女子幹事の井之頭有紀も昼間に打ち合わせができることを喜んだ。そうして有紀が来られず三人が二人の日が何度かあったとき、奏佑が言ったのだ。


「俺、菜緒のこと好きだったんだよね」


 一気に想いが蘇った。陸斗と付き合うまで、ずっと心に燻り続けた奏佑への想いが溢れ出すことに、そう時間はかからなかった。


「……私も。ずっと好きだった」


 奏佑の指が菜緒の指に触れ、絡まり……唇同士が触れ合うまでも、そう時間はかからなかった。すでに妻のいる奏佑と触れ合うことは、溢れ出た昔の恋を昇華させるだけなんだと、お互い都合よく思ったし、同窓会が終わればもう会うこともない。そんな、期間限定のものだと自分たちに言い聞かせてもいた。実際、同窓会が終わり、あれが最後のキスになるはずだったのだ。だからこそ、余計に想いの籠ったキスになってしまったのだ。そして、それを和希が目にした。


 何の罰だったんだろう。


 どうしても和希に会いたい。その気持ちはどんなに拒否されても消えるものではない。業務連絡のようなラインしか来なくなった陸斗には何を送っても『和希が無理だから』という返事が来るだけだ。そこで菜緒は義母と連絡を取るようになっていった。最初は怒り狂っていた義母も、子供と会えない母親の辛さだけは理解してくれ、和希の様子を送ってくれるようになり、その流れで兄夫婦が家を建てることを知った。


「陸斗たちが同居することになったから、海斗たちにはどこでも好きなところに家を建てたらいいと話したのよ」


 私たちも家を建てようと話をしていた。和希が小学生になるから、そろそろ本格的にその方向でと向かうはずだった。贅沢はほんの少しと、ボーナスのほとんどを貯金してきたし、すでに頭金とする額にも達していたのだ。


 私たちが建てるはずだったのに。


 菜緒は全部美晴に持っていかれた気がした。自分が悪いんだとわかっている。わかっていたけれど、自分たちの代わりに美晴たちが自由に家を持てることに強い嫉妬を覚えたし、それは自分のものになるはずだったという気持ちがどうしても沸き起こってしまう。


 義母とのやり取りの中で、美晴たちがどこに家を持ったのか知ることもでき、しなきゃいいのに足はそっちに向いた。そこで目にしたのは真新しい新築の一戸建て、駐車場には二台の車のほかに余裕であと二台は止められそうな広さがあり、風に揺られる白いレースのカーテンは、その向こうにある幸せを想像するには十分だった。


 私のものになるはずだったのに。


 悔しい。悔しい。悔しい。悔しい、悔しい。


 会うことも拒否する和希と離れた日の、心細そうな伏せたままの哀しい顔を思い出し涙が溢れた。自分のせいだ。そんなことはわかっている。わかっているが、それとは真逆の幸せそうに笑いあう美晴の家族を思い浮かべ、取り上げられた自分たちの幸せがそこにあったことが悔しくてたまらなくなった。


 あれは私のものだった。


 ふと風に揺れる木々が目に入った。神社か。

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