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戻り時計  作者: 村良 咲
羨望~菜緒編~
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神社2

 美晴は神社の前に立ち、鳥居をくぐるときにお辞儀を一つし、参道の左の端を進んだ。


 一歩、また一歩と足を進めながら、視線は左側の木を捉えていた。もう少し、もう少し進むとアレが見えるはず。大きな鼓動が何かを知らせるかのように一つ鳴ると、なぜか咳が出た。思いのほか響いた自分の咳に驚いて、その静けさに周りを見回した。誰も見てないよな……と。何も悪いことをするわけじゃないのに、これじゃなぜか悪戯でもする子供のようだと大きく息を吸いこみ、吐き出すと同時にいつの間にか入っていた肩の力を抜いた。


 美晴はこれがご神木ですとでもいうように、縄と紙垂がかかったこの神社の中で一番太いと思われる木の向こうに隠れる様にあるその木の前に進むと、ほぼ自分の目線の高さにある藁人形に目を向けた。すると、自分では思ってもいなかった感情が沸き上がった。これは、怒りだ。


 かわいそうに。こんなもの打ち込んで。木だって絶対に痛がってる。


 打ち込まれた釘に視線を向けたことで、それに気づいた。刺さった釘のその中に、何か白いものが微かに見え、そっとお腹の部分の藁を指で横に動かした。


「えっ」


 その白い紙に書かれた文字は『美晴』と読めた。


「あ、……た、し?」


 いやいやいや、同姓同名よね、きっと。だって……私。


 美晴は自分が人に恨まれるようなことを何かしたことがあるのか、ひたすら頭の中でそれを探したが、こんなことまでされるような覚えなどない。あ、そうだ、もう一つ、と久美が最初に見つけて教えてくれたもう一つの藁人形、あれも見てみようと、その藁人形の前に立った。ちょうど目の高さだ。これをやったのは同じ人なんだろうと直感的に思った。


 美晴はその藁人形の釘が刺された部分にそっと触れ、藁を動かした。と、やはり名前の書かれた紙が入っていた。これも『美晴』だ。


「こんにちは」


 そう声をかけられて、そこに人がいたことに初めて気づいた。


「こんにちは」そう返しながら、そこに立つ男性の視線は明らかに藁人形を捉えていることに気づいた。


「あの、これ、私ではないですよ」


 それを指さして、あたふたしたように聞こえないように、努めて落ち着いた風を装って声のトーンを下げて声に出した。


「すみません。私も疑ってるわけではありませんが、ここで声を掛けたら勘違いさせますよね。私は今はこの姿ですけど、ここの神主を務めてまして、実は私も少し前から気付いていて、時々見回りをしていたんです。小さなところで、常駐しているわけではないのでこんな風に人と顔を合わせることもあまりないのですが」


「神主さんでしたか。実は私、そこに越してきた沢渡と申します。よろしくお願いします。それで、少し前に二階の窓を開けたときにこれに気づいたんです。子供も二人いますし、こういうものが子供の目に入るのは避けたいと思いまして……でもだからと言って、どうしたらいいのかもわからないですし……それと、これ見てください」


 美晴は『美晴』と書かれた紙が見えるようにして神主に顔を向けた。


「美晴ですか」


「私も美晴というんです」


「えっ?」


「今この紙を見て私もドキッとしたんですけど、でも……美晴というのも特に珍しい名前じゃないですし……違いますよね?」


 聞かれても困るだろうが、つい問いかけるような音になってしまった。


「違うと思いますよ。それと、私が気づいているので、キチンとお祓いもしていますので、あまり気になさらずに。残したままですみませんでした。気づいたときに外しておくべきでした。新しいほうもお祓いをしておきます」


「お願いします」


 美晴はそう言うと、手を合わせるために拝殿に向かった。


 翌朝、今まで全くそれに気づいていなかった海斗が藁人形に気づいた。昨日、神主が取り外してくれたことは知っていた。これはそのあとに誰かがまた打ち付けたものだろう。美晴は昨日までのいきさつを話し、そして今日も現れるであろう神主が外してくれるはずだと話した。ただし、そこに書かれていた名前が『美晴』だということは言えなかった。自分ではないだろうと思ったが、ここまでする誰かに憎まれ恨まれているかもしれないなどとは、海斗に言えなかった。


「そんなに続いてたのか。なんだか気持ちが悪いな。今時藁人形かと思わなくもないけど、なんだか誰かの怨念みたいなものがそこにあるのかと思うと、いい気はしないな。せっかく家を建てたのにな……いいとこだと思ってたのにな」


 そんなふうに思わせたくなかったから言わなかったのに。


「子供たちが見ないようにしないとな」


「そうね、あれがなんだまだかわからないと思うけど、目に触れさせたくはないよね。まあ、子供たちの目線を考えれば、目に入ることもないだろうけどね。そこは神主さんにも話してあるから、気づいたらすぐ外してくれるはずよ」


「それにしてもだな。神社の横だから神様が近くにいて護ってもらえるなんて軽く思ってたけど、こういうことする人間も出入りするんだもんな、気を付けないとな」


 そうだ。本当にそうだ。


 街の、大きくもなくたいして有名でもない神社なんて、地域の人くらいしか来ないと思っていたけれど、こんなことする人も出入りしていて、そしてこんなことするのは『そういうことができる人』なのだ。


 気を付けなければ。美晴は改めてそう思った。

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