転居
それから車で走るたび、あちこちの空き地が目に入るようになった。そこには売り地として出ていないものもあり、どうしてかと聞くと、持ち主の家族が家を建てるときのために手放さずにいることもあるのだとか。そして実は人が住んでいない物件もあり、そういうのは相続が済んでいないとか揉めているとか、それならばまだいつか売りに出てくることもあるが、相続人が見つからずそのままになっているものもあるという。そんな話を聞くにつれ、本当に自分たちは家を買えるのだろうかと不安になっていた。
そんなふうにしてあちこちの空き地やいかにもな古い建物の場所を把握するようになり、そこを通るたびにチェックする日々が続いていた。
そうしたある日、今まで自分のアンテナにはなかった、確か駐車場があったと記憶している神社のすぐ隣を整備していることに気付いた。広さ的には二区画くらいにはなるのではないか。美晴は家に着くと、すぐに夫の海斗にラインを送った。
~月里神社の横、今整地しているんだけど、もしかしたら売りに出るのかも。不動産屋に聞けばどこが扱ってるのかわかるかもしれないよね?~
~月里神社か。神社の横って、実際どうなの?祭りとか煩くないかな?まあ、そんなのも年一か。とりあえず聞いてみるか~
不動産屋に問い合わせると、すぐに答えは返ってきた。やはり個人の持ち物で、親族が家を建てるのだという。ただ、広すぎて予算に合わないからと、半分は売りに出す予定なのだという。
「どうする?購入希望があると、すぐにでも意思表示をした方がいいんじゃない?まだ値段もわからないけど、考えがあるということを言っておかないと……同じように気づいた人がいたら先に押さえられちゃうかもしれないし」
「そうだな、不動産屋に紹介してもらえるように頼んでおくか」
正直、焦っていた。子育てに力を入れている街で人気があるだとか、なかなか売り土地が出てこないのだとか聞かされて、自分たちは本当に家を手に入れることができるのか不安になっていた。
そうして、それらの全てが背を押す形で、そこの土地を手に入れることに成功したのだった。
それからは住宅メーカーをいくつか回り、予算の折り合いがついて自分たちの夢を詰め込んだ建物に一番近いメーカーと契約して、あれよあれよと引っ越しの日を迎え、美晴は感慨深く新築の我が家を見上げて、満足感に浸った。
『転居しました』と、新築の我が家の玄関前に家族4人が写る写真を付けて、住所が変わったことを身内や親しい友人たちへハガキを送った。そんなことSNSにでも載せればいいのではないかと思われるかもしれないが、もちろんそれもするけれど、親しい友人には住所も伝えておきたかったのだ。実際、高校時代の友人の森山久美なんかは、引っ越したらお祝いしたいから教えてくれと言っていた。
そうして、引っ越してひと月が過ぎた頃、そろそろ落ち着いたでしょと、久美が手土産を手にやってきた。この休日、久美が来ることになったため、海斗が二人の子を連れて小高い丘にできた、遊具がたくさんある大きな公園に連れて行くことになった。さすが子育てに力を入れている木野市だけのことはあると、数年に渡ってこうしたいくつか新設された広い公園を見ても、改めてそう思う。
久美の手土産は隣市にできた新しい洋菓子屋のケーキだ。ローンを考え、これからは今まで以上に節約しなければと思っていた美晴は、焼き菓子ではなく種類の違う十個のケーキが入ったそれには感激をした。
「久美、どれにする?」
家族四人と自分用にと十個買ってきてくれた久美に聞くと、「私はどれでもいいから美晴んちが食べないのでいいよ。今は一個ずつでいいよ。美晴あとからみんなで食べるでしょ?だから美晴が三つ食べなよ」と返ってきた。
「久美~~ありがと~う」
「ま、美晴と私の仲だもんね、わかってるって。ぶっちゃけるけどこれからローンも大変でしょ?」
「そうだね、文哉が小学校に上がったら、昼間だけのパートとか探そうと思ってる」
「夢は高いね。でも自分たちだけでこれだけのものって、立派だなって思うよ。私はラッキーだったなって、今はそう思う。隣に義親だけど、でも基本干渉しないでくれてるんでね。付き合ってるときは長男だし、同居なんて言い出さなきゃいいけどって思ってたけど、まさかの隣だけど、これだけの土地持ちだったなんてね、ラッキーかもって思っちゃった」
「そうだね、久美はよかったと思うよ。ローンも上物だけの分でいいんだもんね」
「そういうこと。上物だけだし、しかも義親がだいぶ出してくれたんで負担は少ないわ。まあ、いずれの介護なんかも頼みますよ的な意味合いもあるんだろうけど、それだってどっちも親がいる以上避けて通れないことだし、割り切ることにした」
正直、久美が羨ましいなと思わないこともない。隣に義親なんて気疲れしそうだし、自分も長男と結婚したとき、ある程度の覚悟はしたつもりだ。それが陸斗が離婚して実家に戻ったことで、このような夢の一戸建てを手に入れた。それはそれでよかったことだが、これからのローン生活を思うと、上物分まで相当出してもらえた久美は、やはり羨ましく思う。まあ、ないものねだりな話で、逆の立場なら同じように言えたかわからないが。
「そういえばさ、隣といえば隣って神社でしょ?気にならなかった?」
「え?気に?何が?ああ、お祭りとか煩いかなって海斗とも話したけど、まあそういうのも年一かなと……」
「違う。お祭りじゃなくてさ……ね、もしかして気づいてない?」
「え?なに?」
人差し指を立てこちらに向ける久美の様子に、不穏な風を感じた。




