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戻り時計  作者: 村良 咲
回転~祥吾編~
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出会う

『しょうがないでしょ、だって……好きになっちゃったんだから』


 そんな言葉を投げつけられ別れた彼女の顔が、なぜか思い浮かんだ。付き合い始めて半年ほど経った頃だったか、別の高校に行った中学で同じクラスになり仲の良くなった福田康太を誘って、彼女の友達と四人で夏の海に出かけたことがあった。そして、彼女は康太に一目惚れした。


 一目惚れ?なんだそりゃ。そもそも俺と付き合ったのだって、彼女の方から告白してきたんじゃないか。でもまあいい。こんな軽い女だったのかと、売り言葉に買い言葉的な言葉の中で俺が投げ付けた言葉に彼女が返した言葉がそれだった。彼女の名は……なんていったっけ?もう名前も思い出せないや。


 坂野祥吾は、もう名前も思い出せない彼女のそんな言葉を自分が体現していることに皮肉を覚えた。


『だってしょうがないじゃないか。好きになっちゃったんだから』


 大学時代から付き合っていた妻の美晴と結婚して十年、二人の子供にも恵まれ、特別大きいわけでもないが三十五年ローンで手に入れた一戸建てで、ああこれが家庭というものだと、自分が育ったのとそう変わらない生活に、日々その幸せを感じながら過ごしていた。このままの生活が続き、いつか子供が巣立ち、定年後は美晴とたまに外食をしたり、年に何度か旅行でも出来たらいいなぁ……と、自分の親と重ねてそんなこと思い描いていた。


 県内大手の不動産会社に勤め、賃貸物件を担当していると、いろんな人との出会いがある。が、そんな『お客様』との出会いは、人生においてすれ違う程度の出会いで、そこに何かの意図を感じたことなどなかった。『お客さま』にとって祥吾は不動産屋さんで、祥吾にとっても『お客様』以外の何物でもないのだ。


 そんな『お客様』だった滝本美緒と恋に落ちることになった伏線は、最初の出会いからあった気がする。


 実家住まいの美緒が部屋を探すことになったのは、兄夫婦に子供が生まれたことがきっかけとなり、実家を建て直して二世帯住宅にすることになったからだった。一階が両親用の家になり、兄夫婦は外階段から二階の玄関に出入りする形の、お互い顔を合わせなくてそれぞれの生活が成り立つ形の建物になるので、その一階に美緒の部屋もと言われたが、どうせいつかは家を出ることになるのだから、これを自立のきっかけにしようと、美緒はその申し出を断ったのだ。兄夫婦が建て直す資金の多くを負担する実家は、もう兄夫婦の家だ、自分の居場所はここにはない。


 初めて部屋を探す美緒は、家を建て直すことで世話になっているハウスメーカーから紹介された不動産会社に足を運んだ。そして担当したのが祥吾だったのだ。


 初めての部屋探しに、美緒は大きな夢を抱いていた。初めての一人暮らし、まずは仕事に行きやすい場所がいい。総合病院で受付の仕事をしている美緒は、その周辺で探したいと思い、最初からそれは伝えてあった。ただ、病院の1km圏内にある大学の学生が住むアパートも病院の周辺には多く、できれば学生が多くない物件が希望だとも伝えてあった。その時、学生はほとんど学生専用のところに住んでいるということも知った。


「私、初めての部屋探しで、知らないことばかりなんです。ずっと実家暮らしで、こんな歳になるまで世間知らずのままなんです」


「いえいえ、誰でも初めてのことはそうですよ。できるだけご希望に添えるように、お力にならせていただきます。連絡いただいたときに病院の周辺でということでしたので、いくつかご紹介できる物件を用意してあります。こちらなんですが、どういう順で回りましょう?間取りが気になるところからにしますか?」


「あっ、どれもお風呂とトイレが別なんですね」


「そのようなご希望ということでしたので揃えました」


「回る順番か……あの、坂野さんが紹介したい順で回ってもらっていいですか?なんか、いいところ紹介してくれそうだから」


「ありがとうございます。お力にならせていただきます」


 初めて部屋を探す美緒は、言葉通りワクワクが止まらないといった風で、見る部屋のたび、ここにベットを置いて、テレビはここで、ローテーブルは……新しくしようかな、キッチンは作業できるところが広い方がいいなぁ、わぁ、冷蔵庫がついてる……わぁ、浴室乾燥もあるんですね……と、どこを見てもワクワクしているのが手に取るようにわかり、楽しそうに笑う子だな、嬉しそうな顔をするなと思った。そして祥吾の眼を見てそんな顔をして、「~ですね」を何度も言われ、祥吾の顔も自然と解れていた。


 そんなとき、「坂野さんはどんな部屋にお住まいなんですか?」と聞かれ、祥吾が返事をするより早く、「あっ、ごめんなさい。既婚者ですよね、一戸建てかな」と返ってきた。その瞬間、なぜか祥吾はこう言った。


「あっ、これ仕事用なんです。ここに指輪をしている方が女性を案内するときに安心してもらえるということで」と、左手の薬指にはまる指輪をいじりながら、そう答えた。


 

 

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