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戻り時計  作者: 村良 咲
後悔~悠里編~
25/55

事故

「リンゴ食べる?」


「うん、食べる食べる」


 母親の美里からリンゴの乗った皿を受け取ると、悠里はゆっくりとした動作で、ひと口齧り、味わいながら咀嚼した。


「美味しい」


 今まで特にリンゴが好きだったわけではなかった。果物といえば、どちらかというと梨が好きで、秋田にいる親戚から毎年送られてくる二十世紀梨は、梨好きの悠里にとって、毎年待ち遠しいものでもあった。七人家族の中にあって、一年に一度の一人丸ごと一つ食べられるという、唯一の機会でもあったのだ。けれど、どういうわけか今はリンゴがやたら美味しい。よくドラマなんかで病気で休んでいるところで、リンゴを剝いてフォークに挿して渡されるという場面を目にするが、その理由がようやくわかった気がした。


 入院も一週間になると、ヒマ過ぎて仕方がない。


 朝の通学時、青信号で渡り始めた交差点に、黒い車が突っ込んできた時、悠里は一緒に通学している美知留の左側にいて、ブレーキ音が左側に聞こえてそちらに顔を向けた瞬間から記憶がない。美知留は悠里がクッションになり軽傷で済んだが、悠里は頭を打ち、意識のないまま病院へ運ばれていた。それもこれもあとで聞いたことなのだが。


 病院で気が付いたとき、悠里は朝が来たのだと思い目覚めた。なぜなら、母の美里が悠里の名を呼んでいたからだ。ああ、お母さんが呼んでる。起きなきゃ……と目覚めた時、これもドラマなどで見ていたのと同じように「えっ?どこ?」と自分の口から出たことを悠里はハッキリと覚えていた。直後に襲った激痛と共に記憶に刷り込まれた形だ。


 そうして自分が事故に遭い救急車で運ばれ、面会謝絶になっていることを悠里は知ったのだ。


 意識不明の状態から当日中に抜け出した悠里は、翌日から脳の検査をいくつも受けた。ありがたいことに目に見える部分では脳や身体の中には大きな損傷がないことがわかった。悠里がクッションとなり軽傷だった美知留同様、悠里も美知留の存在がクッションとなり、跳ね飛ばされて道路や或いは対向車に強く叩きつけられることが防げたのだ。だが、車に跳ね飛ばされできた外側の傷は、悠里が自分の足で歩くことを担当医は暫く禁止にした。


 この状態は、あとから思えば要注意であったのだが、病院の中で車椅子に座り誰かに押してもらうという、今まで経験のないことを経験し、動いてはいけないのだという特別感の上にどっぷりと浸かり、問題のない内臓は病院で出される食事では物足りなさを覚え、跳ね飛ばした人の家族や同じ中学の同級生たちが持ち込んだお見舞いという名のスイーツや果物を美味しく食べ、一週間後にようやく自分の足で歩く許可が出た時、ベットから立ち上がった悠里は、その場で崩れ落ちそうになった。支えてくれた看護士が「だからゆっくりって言ったでしょ」という言葉は、今でも耳に残っている。


 人って、一週間自分の足で立たないとこうなるんだ……ということを知った。足に力が入らないのだ。自分で自分の身体を支えていられないのだ。


 それから三日ほど歩く練習をして退院した。そしてその日、悠里は驚愕の真実を目にした。


「お姉ちゃん、太った?」


 家に着くなり出迎えてくれた三つ下の妹にそう言われ、え?っと思い、洗面所に向かった。そこに体重計があるからだ。まだ肌寒い二月の中旬、入り口のドアを閉めて下着姿になると、恐る恐る体重計に乗った。


「うそっ……」


 体重計は50kgを超え、もう51に届きそうな数字を目にし、悠里は絶句した。


 な、な、なんで……私、45kgだったのに……


 たった十日ほどの間に5kgも体重が増えてしまったのだ。そりゃ立ち上がった時、自分が重く感じるはずだ。実際重くなってたのだから当たり前だ。


 どうしよう……こんなに増えちゃって、どうしよう。戻るかな?戻るかな……


 自分が太っていることに全く気付かなかった。入院中に使っていた車椅子では、歯を磨く時も顔を洗う時も、自分の姿をきちんと鏡に映してはくれなかった。


 痩せなきゃ。でも次の通院日までは運動は禁止だし、学校に行くのも来週からだ。あまり動けないんだから食べるものには気をつけなければ。


「おねーちゃん!」


「ちょっと!いきなり開けないでよ」


「手を洗うの!っていうか、気にした?ごめん。入院してたからしょうがないよね。それと、言うほど太ってないよ」


 遅いわ。もう気にしまくったわ。でも……ハッキリ言ってくれるのは妹の美悠くらいのものだろう。指摘、ありがとう。手を洗う美悠の背に向かい、心の中で呟いた。


「生きててよかった」


 美悠がボソッと言った言葉が胸を打つ。


「うん。よかった」


「今夜ね、お姉ちゃんが好きなカツ丼だよ。食べるものは何でもいいってお医者さんが言ったって、おばあちゃんが張り切ってた」


……カツ丼……マジか―――

 

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