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戻り時計  作者: 村良 咲
戻り時計~紗月編~
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心の染み

   プロローグ


 もし、あの日に戻れたら……


 そんな願いが叶うとしたら、どうする?


 個人で売買できるサイトで見つけた『戻り時計』


 戻り時計って、何?


 お手ごろな値段なので、


 壊れた目覚ましの代わりにとポチっとした。


 

 手元に届いたその時計には、古びた取扱説明書が入っていた。


 その説明を読み、その時計には何かの力があるのではないか……


 そう思った多々野紗月は、その『戻り時計』を使ってみることに。


   

「チッ、この染み、なかなか落ちないんだよな……全くもう、これで何度目よ」


 ワイシャツのポケットにペンを入れたまま洗濯をしてしまうと、そのペンの染料がポケットに移り、それだけで済めば有り難いのだが、その染みが他の洗濯物にまで付くと厄介だ。タオルなどの日用品ならば、どうせ家で使うものだしと諦めがつく。夫の圭介の下着でも、自分のせいでしょと一言いえば済むが、今回、買ったばかりの自分の下着についてしまったので、よりカチンと来ていた。


 そもそもこの新しい下着だって、圭介が刺激が欲しいっていうから圭介好みのやつ買ったんじゃない。全くもう。こんなペン染みがついた下着じゃ……


 心の中で毒づきながらも、昨夜の営みを思い出し、しつこいくらいにその瞬間を繰り返されたことが、溜め息と共に心に漏れ出した。


 百均で買った百枚入りのビニール手袋を両手にはめ、色柄ものでも大丈夫と謳われている漂白剤を、薄いピンク地のそれに染み込ませて、洗剤をつけて揉み込んで揉み込んで揉み込んで、水で洗い流す。が、染みはまだ完全に落ちたとはいえない。


 それは、紗月の心に広がる、決して消えきれることのない染みによく似ていた。


 圭介と出会ったのは高校の入学式だった。


 入学式ではクラス順に席が決められ、隣にいたのが圭介だった。隣というと同じクラスだったのかと思われるがそうではない。隣のクラス側の隣の席が圭介だったのだ。


 式が終わり、クラス順に教室へ戻る順番待ちをしている時に、いきなり声をかけてきたのだ。


「ねえ、君さ、受験番号105の人だよね?」


「えっ、はい、そうですけど」


「やっぱそうだ。俺さ、110だったんだ。試験の時も隣の席だったね」


「そうだったんですか。すみません気づかなくて」


「いや、普通気づかないよね。俺さ、110番で、この番号は一生忘れないだろうなって思ってたんだ。で、ジャスト100番はどんなやつかなと思って見てて、その手前にいた君の顔も覚えてたんだ。なんか知り合いがいたみたいで嬉しくて声かけてみました」


 いや、知り合いじゃないけど。そう思ったが、「ああ、なるほど」と返事をした。


 そうして知り合った多々野圭介は、学校ですれ違う度に声をかけてきたし、まるで最初から知り合いのように接してきていた。特に害があるわけでもないし、同じクラスに同じ中学から来た子がいなかった紗月にとっては、多少有り難い存在でもあったのだ。しょっちゅう声をかけてくるその多々野圭介と同じ中学だった和田美夕との仲を取り持ってくれた形になったのだ。仲のいい友達がいるほうが、楽しく学校生活を送れるってもんだ。


 そんな具合に美夕と圭介、圭介と同じクラスの岸本翔太は、夏休みに入る頃には「夏休みはどうする?どこかに行こうよ」という話ができるくらいには親しくなっていた。


 そうして自然な流れで、圭介と紗月は恋人になっていったのだった。そうなってはじめて知ったのだが、圭介は受験日のその日、紗月にひと目惚れだったそうだ。そんな紗月が入学式でまた隣の席にいたことで、これは絶対に運命だと思い、何かきっかけを作らなきゃと、式の間中考えていたのだそうだ。


 圭介は想いを言葉でちゃんと伝える人だ。付き合い始めると、しょっちゅう好きだの愛してるだの口にしたし、それは言葉だけでなく態度からも伝わることだった。デートでも自分ではなく紗月の希望を必ず聞いたし、紗月に特に希望がないときも紗月を楽しませようとしてくれたし、ああこの人は本当に自分を想ってくれているんだな、優しい人だな、気配りしてくれる人だな……そう思っていた。


 自然な流れで二十五の時に結婚した。


 愛し愛され、その気持ちに何の疑いもなかった。いや、たぶん今も圭介の愛は変わらずそこにあるのだろう。


 あの日、そんなことしなければよかったのに、何も知らなければ圭介との人生に一点の後悔も持たずにいられたのに……


 大学時代、違う大学に行ったため圭介と違う時間を過ごしていたことも多かった。その頃に見せてもらった写真、まだ残っているかな……そう思ってしまった自分には、その時に時間が戻れるなら、そんな過去のものなんかどうでもいいよ、見るの止めなさいと言ってやりたい。


 掃除をしていて見つけた、もう使わなくなった圭介のスマホ、この充電器まだあったかなと、いくつかある充電器を一つ一つ差してみると、充電できるものがあったので、差し込んでおいた。


 その『ゲーム』と書かれたファイルを見ようと思ったのは、圭介を待つ暇な時間、ゲームをしてみるのもいいなと思ったからで、大した意図はなかった。が、そこにあったのはゲームではなく、胸をあらわにした女性の写真だった。なんだこれは、どこかのサイトで拾ってきたのかと最初は思ったが、いや違うと直感で察した。同じ女性が数枚、しかも写っていたのは胸だけではない。角度からしても圭介自身が撮ったのではないかと思われるもので、そしてそれは一人ではなかったのだ。そしてそれらを見て嫌な予感に襲われた。


 この人たち、撮られたこと気づいてないかもしれない。なぜなら、どれもが寝顔のように見えるのだ。どの女性も目を開いたものはなかった。そういえば……と、そのゲームのファイルにあった動画も開いてみた。すると、あきらかに眠っていると思われる、写真と同じ女性の裸体が写し出された。その中で、圭介と思われる人物は、そっと両足が開くように足を動かして、そこも大きく写し出していた。


 紗月はこの女性たちが誰なのかは興味はなかったが、もしやと思い圭介のスマホにある写真をどれも見落とすことがないよう注意深く見ていると、そこに写る女性を二人見つけた。一人は大学祭で焼きそばを売っているブースで数人で写るものと、もう一人はミスコンテストで舞台の上にいた。


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