6.いっぱい愛して♥️
「相沢君、助けて!」
――臭い。
相沢に抱きついて感じたのは吐き気を催すほどの悪臭。
クズ男の傲慢さを象徴するかのような強い香水の臭いに、思わず鼻をつまみたくなる。
正直今すぐ突き飛ばしたい。しかし、それをしてしまうと全てが水の泡と化す。
ここは我慢するしかない。
「美帆……!」
――気持ち悪い。
相沢の腕がムカデのように私の背中を這いずる。
全身の毛が逆立ち、血の気が引いていくのが分かる。やはりこの男からは生理的な嫌悪しか感じない。
「!!」
私の予想通り、校舎裏にはコウくんがいた。相沢と私が抱き合っている様子を影から覗き込んでいる。
愛する人はその瞳に大粒の涙を浮かべていた。
今起こっている出来事を信じたくないのか、首をブンブンと横に振っている。
――もういい。
コウくんに私が浮気をしたと認識してもらえた。これ以上このゴミに触れる必要はない。
生物学上、相沢は雄だ。すぐに離れないと、抱き締める力が強くなった時に女の私では抜け出せなくなってしまう。
「ご、ごめん! いきなりでびっくりしちゃったよね!?」
私は半ば強引に、相沢を突き放した。
「ああ……大丈夫だよ」
頬を赤く染め、満更でもない顔をしている元ヤンキー。
相沢は名残惜しそうに手持ち無沙汰になったその腕をブラブラとさせていた。
あわよくば、欲望の赴くままに私の胸や尻を触ろうとしていたのだ。
ふざけるな、殺すぞ!!
私の身体はコウくんだけのものだ!
変な気を起こすつもりなら、その首を締めて二度と朝日を拝めなくしてやる!
……………………。
落ち着け、私。
落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。
ただ抱き合っただけで、ファーストキスも純潔も相沢には捧げてはいない。
全ては計画通り。あともう少しなんだ。
この馬鹿を扇動すれば、コウくんのヘイト――愛は私に向くはず。
「美帆、昨日の校舎裏で何を――」
「美帆を解放しろ! もう美帆に付きまとうな! お前は美帆の彼氏なんかじゃない! ただのストーカーだ!」
ヤンキー特有の歪んだ正義感から、相沢は私から愛する人を引き剥がそうとした。
昼休みの教室で叫ぶ当たり、群れることでコウくんより優位に立ちたいのだろう。
実際コウくんは教室全体の空気に飲まれ、弁明もせず私を睨み付けていた。その瞳には私に対する強い憎しみが渦巻いている
ああ……堪らない!
コウくんの感じている負の感情――愛が、私にぶつけてもらえるのだと思うと、身体の芯が熱くなった。
下着が湿り気を帯び始め、震えが止まらなくなる。私は発情期を迎えた、ただの人間という動物の雌となってしまったようだ。
「ふーん、良かったね美帆。最低な僕とは別れて相沢と付き合いなよ」
「……」
言葉攻め――それの何がいいのか私には分からなかった。精神的に攻め立てているだけで、肉体的には何の影響も及ぼさないからだ。
「僕を裏切って何がしたかった? ねえ、何がしたかったの?」
だが今の私には理解できる。その素晴らしさが。
耳をねっとりと舌で舐められるような感覚。怒りで沸騰した愛する人の熱い気持ちが、空気を伝って私の耳を刺激するのだ。
「やめろ!」
目障りなヤンキーがコウくんの胸ぐらを掴む。あとで絶対始末してやる!
愛する人がクズ野郎に傷つけられる姿に苛立ちを覚えるが、これは恋人から奴隷へと昇格するための必要なプロセス。
今の私には耐える他なかった。
その後、私は相沢によりコウくんと別れる――表向きは――ことになった。
これで私は、罪悪感という鎖で繋がれた彼の奴隷になれる。
「美帆、一緒に帰らないか?」
私のことを自分のものにしたと思って、ご満悦な様子で近づいてくる相沢。こんなゴミは当然無視する。
授業も終わったし、こんな男に構っている時間はない。
「ごめんなさい、今日は用事があるの」
「ちょっ!」
一目散に教室から駆け出す。
もちろん向かうのはコウくんの家だ。コウくんよりも先回りして、彼を待ち構えなければならない。
「良かった……」
愛しの幼馴染の家に、まだ誰もいないことに安堵する。コウくんに家に籠られてしまえば、私は彼と接触する機会は二度とない。
玄関の前で待つこと5分、私の前にコウくんが現れた。
「植村さん、邪魔なんだけど?」
コウくんは煮えたぎる怒りを隠そうとはしなかった。けれど、まだ少しだけ理性が残っていて私に手を出そうとはしない。
「ごめんなさい!」
私は愛する人に頭を下げた。
謝罪というものは溜飲を下げる効果がある。言い訳をせず、平身低頭であれば誠意も伝わるだろう。
だが、私の意図はその真逆だ。コウくんから許して貰いたい訳ではない。
「本当にごめんなさい。私寂しかったの。コウくんが、私を抱いてくれなかったから」
その言葉がきっかけとなった。でっちあげの浮気理由に、コウくんの顔はみるみる赤くなる。
「んぐ!?」
爆発した想いに心を支配されたコウくんが、とうとう私の唇を奪ってくれた。
ここまで本当に長かった。
ようやく捧げることができたファーストキス。それはとても心地よいものだった。
味覚がおかしくなったと思えるほど、コウくんの舌と唇は私の人生の中で食べたどんなスイーツよりも甘い。最高だ。
コウくんは私に贖罪を求めている。許してほしかったら、その身体を使って償えと。
「入りなよ。親が帰ってくるまで、僕に奉仕してもらう」
愛する幼馴染に愛の巣へ招かれる。
どれだけ待ち望んだことか。とうとうコウくんに純潔を捧げる時が来たのだ。
もう……我慢できない!
コウくん……いっぱい愛して♥️
★★★★★
ぐが……。
ぐががががががががががががががが……。
あがああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい!!
あ! あ! あ! あ! あ! あ! あ! あ! あ! あ!
「ふぅ……」
愛しの彼は貯まっていた感情を出しきったのか、ベッドに腰掛け一息つく。
私はコウくんの愛に痺れ、ベッドから身体を動かすことができない。
初体験は相当な痛みを覚えた。しかし、その痛みはコウくんが与えてくれたものだと思うと、快感へと変わった。
快楽の頂点――いや快楽という言葉すらコウくんの愛の前には霞む。
これだ。私はこれが欲しかった。
底知れない人の欲望、それは簡単に表には出てこない。剥き出しの欲望は人を遠ざけてしまうから。
けれど、その剥き出しの欲望こそ人の本質であり、そして全て。
奴隷になることで手に入れることができたコウくんの欲望、これはとても素晴らしいものだった。
だから、私はこれからも彼の奴隷であり続ける。愛しの彼の全てを手放さないために。
最後まで読んで頂きありがとうございました。