5.全部ちょうだい!
――キーンコーンカーンコーン
休み時間、コウくんの席に目をやると、その姿がなかった。
コウくんはデートが中止となったあの日以来、休み時間になると、すぐに教室を出ていってしまう。
当然移動教室という訳じゃない。次の授業が体育や理科以外でも、一人で何処かに行っている。
愛しの幼馴染の秘密がそこにあるような気がして、私はそれを知るために後をつけることにした。
昼休みと違い、授業と授業の間の休み時間は短いこともあり、その足取りは早い。
コウくんが足をピタリと止めたのはこの時間は誰もいない校舎裏。
他人に見られたくないのか、辺りをキョロキョロと見渡している。
そして、自分以外に誰もいないのが分かると――
「くそ! 相沢の野郎!」
思い切り拳を壁に打ち付けた。
コウくんは同じクラスの不良――相沢に何かされたらしい。恐らくいじめか何か。
妙に馴れ馴れしい態度で近づいてくるあいつには、私も嫌悪感を抱いていた。
しかし、教師は以前から校則を破る相沢にばかり構い、他の生徒は気にかけない。問題を起こす相沢には親身に接する。
ルールを守り、真面目に頑張ってきたコウくんにはリソースは割かない。私の愛する人が苦しんでいるというのに。
私が教師にあのクズの蛮行を伝えても、奴らはきっと相沢のことを庇う。
子供のやったことだからとか、家庭環境が複雑だからとか、そんな言い訳を並べ立て、あの不良に注意するだけで終わる。
いじめという行為を止めさせるだけで、その報いは受けさせない。
加害者――相沢のことだけを慮り、被害者――コウくんの苛立ちを解消させることはないだろう。
なら丁度いい。あの男を利用して、コウくんが相沢に向ける憎しみ――愛を全て私に向けてもらえるようにしよう。
「くそ! くそ! くそ!」
ああ……コウくん……。
いいよ! その目!
悔しくて、憎くて、行き場をなくしたコウくんの怒り!
その怒りを全部私にちょうだい!
受け止めたいの、コウくんの全てを!
★★★★★
相沢はどうやら私に惚れていたらしい。反吐が出る。
コウくんに暴力を振るったのも、私に接近しようとしたのもそれが理由。
何故そんなことが分かったのか。下半身だけに栄養を吸い取られたあの男が、同じバスケ部員に漏らしていたのを耳にしたからだった。
部活が終わり、更衣室で着替える男子バスケ部員達。
中で何をやっているのかは不明だが、話し声だけは外にいても聞こえてくる。相沢はヤンキーよろしく、声だけは大きい。
「俺、植村のこと狙ってんだけどよ、この間、あいつの彼氏とかいうヒョロガリの陰キャボコしてやったわ。ギャハハハハ!」
「マジ!?」
「美帆も俺に惚れてるんだと思うんだけど、あの陰キャに義理立てしてるみてーなんだ。可愛いよな、美帆!」
――下品。
勘違いも甚だしい。
すぐにでもあの男に鉄槌を下したいところであったものの、私は我慢した。
交際をちらつかせれば、相沢をコントロールできる。
これをうまく利用すれば、いじめを止めさせるどころか罰を与えることも不可能じゃない。
その後はレールの上を進むかのごとく、順当にことが進んだ。
私が相沢に「真面目な人が好き」と言えば、あの男は排泄物を彷彿させるような汚ならしい茶髪から黒髪に戻し、コウくんへのいじめも止めた。
本当は話しもしたくない。同じ空気も吸いたくない。
あの馬鹿は運動神経は良かったらしい。私が「一生懸命打ち込む人が好き」と言うと、男子バスケ部を全国大会へと導いた。
更正した――ように見える元ヤンキーが、部活で大きな功績を残す。周囲の人間は過去の相沢とのギャップからクズ男を称賛した。
「相沢、永瀬、悪いがそのまま帰らないで教室にいてくれ」
受験が迫る夏のある日、授業終わりのHRで担任がコウくんと相沢に放課後の教室に残るように告げた。
私も家には帰らず、教室の戸に身を隠し三者の様子を見守ることにした。
「永瀬、相沢を許してやってくれないか?」
「え……」
どうやらあのゴミは、自分から教師――理不尽の権化に自分がコウくんにやったことを告白したようだ。
教師は上から目線でコウくんに相沢を許すように言っている。
これは教師からのお願いのように見せかけた、相沢を許せと言う命令。
「相沢もいじめのことは反省してる。分かってやってくれ」
「……」
そもそも本当に反省しているのであれば、教師と一緒ではなく、直接コウくんに謝りに行けばいい。
相沢がそうしないのは、見下しているコウくんにどうしても頭を下げたくないというプライド。
だから教師の力を使い、自分は謝罪の言葉を口にせず、いじめをなかったことにしたいのだ。
恐らく担任も過去に同じことを他人にした経験があるのだろう。
相沢の肩を持つのは、コウくんよりもあのクズに親近感を抱いているから。
「分かり……ました」
「よし、これで一件落着だな!」
コウくんは表向きは相沢を許した。いくら反論したところで、許すまで話が終わらないと察していたからだ。
そこから月日は流れた。
私は愛する人と同じ高校に進学する。
相沢も、コウくんと天と地ほどの学力の差があるにも関わらず、スポーツ推薦というある意味裏口のような方法で私達と同じ高校に入学した。
あのゴミは明らかに増長していた。
身の丈に合わない学校に通うことができ、まるで自分がサクセスストーリーの主人公になったのだと思い込んでいる。
脳足りんの主人公様は高校でたくさんの友人ができたようだ。
準備が整いつつあった。
コウくんは相沢のことをずっと恨んでいる。心の奥底であのゴミを憎悪しているのは、端から見ても分かるほどだった。
私が相沢と浮気をしたと、愛する人に思わせることができれば、私はコウくんから負の感情――強力な愛を受け取ることができるだろう。
あとは計画を実行――寝取られたフリをするだけ。
あのゴミをさらに調子付かせるのはすごく嫌だけど、愛する彼の奴隷になるためには致しかたない。
私は休み時間、相沢を「相談したいことがあるの」と言って校舎裏に呼び出した。
あのクズからいじめを受けてから、コウくんは嫌なことがあると、一人で校舎裏に壁を殴りに行くようになった。
きっと愛しの幼馴染は、私とあのクズが二人きりで話しているところを目撃してくれるはずだ。
「相沢君……実は、永瀬君に付きまとわれてるの!」
「何だって!? やっぱりそうだったか……。普通に考えればアイツが美帆の彼氏になれる訳ねーからな」
普通に考えて、私がお前を好きになると思う?