3.不思議なこと
一体何が起こっているのか、元ヤンキーの足りない脳味噌では理解できていないのだろう。
自分が危機的状況にあるにも関わらず、ただ口をパクパクさせているだけだ。
「相沢に裸の写真を取られ、コウく――永瀬さんを陥れるのに協力しないと、画像をばらまくと私を脅してきたんです」
「美帆……何を……言って」
クラスメイト相手に敬語なのは少々気になるところではあるのだが、効果抜群のようだ。
過去に悪事を働いた人間というのは、更生したように見せかければ偉いと誉められる。
その一方で、再度悪事を働いたと思われればやっぱりかと、信用をなくしてしまう。
確かにこいつならやりかねない。そう周りは認識するのだ。
昨日僕に罵声を浴びせた女子は沈黙を貫いている。自分は相沢の悪事の片棒を担いだと恥じ入って、美帆から目を反らしていた。
都合のいいやつだ。昨日の昼休みは正義に酔いしれて、僕に罵声を浴びせたというのに。
「クズ野郎!」
それとは対照的で、昨日僕に野次を飛ばさなかったクラスメイトが、相沢を罵った。
僕と同じで内心相沢を嫌っていたのだが、表に出せなかったのだろう。
クラスの大半は陽キャ――相沢と仲がいい――ばかりで、面と向かって何かすることができない。
しかし非は相沢にあると分かった今、攻撃をするチャンスだ。
罵倒だけではなく、シャープペンや消しゴムなどのものも相沢に投げつけられる。
「永瀬さんは私を守ってくれたんです。ストーカーなんかじゃありません」
奴隷――美帆の言っていることに何一つ証拠はない。ただ、女性が性被害を訴えれば、確たるものがなくてもある程度信用してもらえる。
警察に被害届は当然出さない。何せでっちあげているのは美帆の方だからだ。
目的はたった一つ。なあなあで誤魔化してきた罰を受けてもらうこと。
更生というのはして当たり前のことであって、別に称えられることじゃない。甘い汁だけを啜ろうとしたってそうはさせない。
「永瀬に謝れよ! 犯罪者!」
いい響きだ。本来は元ヤンというのはこう言う目にあってしかるべき。
「うわぁあああああああああ!」
相沢がいきなり叫んだと思ったら、教室から出ていった。正直窓から飛び降りてほしかったところだ。
弁明もせず、逃げるなんて。余計に美帆の言っていることの真実味が増す。愚かとしか言えない。
こんなやつに僕は嵌められたのだと思うと、自分自身に腹が立つ。
★★★★★
相沢はその日から学校に来なくなった。
美帆に近寄るななんて言ったやつが、逆に彼女に近寄れなくなったわけだ。いい気味だ。
クラスでは腫れ物のような扱いではあるが、僕は普通に学校には通えていた。
あっという間に復讐を果たした訳だけど、最近僕は何か物足りなさを感じるようになった。
身体がウズウズして、何かに当たりたくなってくる。そんな時は――
「美帆」
「はい」
奴隷を使って鬱憤を晴らす。何か少しでも嫌なことがあれば、美帆で発散する。
そんな日々が1ヶ月以上続いていた。
もうそろそろ、美帆を許してもいい頃合いな気がしないでもない。
元の関係には戻れないが、美帆は僕の言いなりからは脱却できる。
不思議なもので、美帆は僕に謝りに来たあの日から許してほしいとは言ってこない。
「ご主人様、どうかまた私に罰を与えてくれないでしょうか? 汚らわしい過去が私を苛むのです」
それどころか、自分から罰を欲する始末だ。
そんな彼女に僕の嗜虐心は刺激される――。
「いけないね。反省が足りていないからそんなことになる。おいで」
「はい! ご主人様!」
僕は壊れてしまったのだろうか。男として最低なことをしても心が痛まない。
そういう行為に及ぶ時、避妊は一切しない。
快楽に身を任せ、やりたいようにする。そして美帆は嫌な顔一つせず、僕を受け入れてくれる。
僕自身、美帆に依存するようになってきている。彼女がいなければストレス解消の術がない。
いつか子供が出来てしまうかもしれないが、その時は流石に責任は取るつもりだ。
しかし美帆はどういうつもりなのだろう?
まるでこうなるために、浮気をしたのではないかと思える。いつまでも許さない僕に、美帆は痺れを切らした様子もない。
美帆は僕の奴隷になってから笑顔が多くなったように思う。僕と付き合っていた時よりも。今の歪な関係に喜びを感じている節さえある。
だとすると、彼女は僕から許されることを望んでいないのかも。
確かめるしかない。美帆の気持ちを。
「美帆、もう君のことを許すよ。今まで良く頑張ったね」
今日も今日とて、その美しい裸体をベッドに横たえる美帆に、僕達の歪んだ関係が終わりであることを告げる。
「そんな! 私はまだ許されていい訳がありません! これからもどうか私に罰を与えて下さい!」
「許す許さないは僕の自由だよね? 美帆は許されたくないの?」
「それは……」
奴隷がいい淀む。
間違いない。元恋人は許しが欲しいんじゃない。即答できないと言うことは、関係を継続することを望んでいるのだ。
「わかったよ。まだ僕は美帆を許さない。これからも美帆を奴隷として扱うけど、それでいいんだね?」
「はい、喜んで!」
僕にとっては好都合だ。
一人の人間の人生を僕が自由にできる征服感。それを実感すると、また心の奥底からどす黒い感情が生まれてくるのだった。
それが全て、美帆の思惑通りだとは知らずに――。