2.奴隷
美帆は顔だけこちらに向けているが、目線は僕の顔から反らしている。
拳をぎゅっとスカートの前で握りしめ、僕に何か言いたそうだ。
「植村さん、邪魔なんだけど?」
ありったけの理性を総動員して捻り出した言葉。
これは僕からの最後通告。僕の前から消えていなくならなければ、どうなるか分からないぞ?
「ごめんなさい!!」
植村さんは腰を直角に折り曲げて、僕に謝罪する。
されど、僕の怒りはそれで火がついてしまった。
「
ぶざけるなよこのクソ女! 謝っただけで済むと思ってるのかよ!?
相沢に何を吹き込んだ! 相沢と何をした! 全部話せ!
なあ、僕がお前に悪いことをしたか? してないよな? 何で僕が悪いことになってるんだ?
答えろよ!
」
一度吐き出すと出るわ出るわ。もはや止めようがない。
まだ、言葉の暴力だけで済んでいるあたり、救いがあるのかもしれない。
「本当にごめんなさい。私寂しかったの。コウくんが、私を抱いてくれなかったから」
「はぁ?」
テンプレートとも言える浮気の言い訳。ネットじゃよく見かけるけど、実際に聞くと火にガソリンをかけるようなものだった。
「きゃ!」
とうとう僕は、美帆の腕を掴んでしまった。怒りに頭を支配され、美帆をどう痛めつけようかと思料する。
「ねえ? 僕の家まで来て、言いたいのはそんなゴミみたいなこと?」
「コウくんお願い! 許してほしいの! 私何でもするから!」
口ではなんとでも言える。その場限りの誤魔化しは今の僕には通用しない。
美帆が抵抗できないように、両腕をしっかりと掴む。そして――
「そうかい? それじゃあ――」
「んぐ!?」
僕は美帆の唇を奪った。
キスなんて生易しいものじゃなくて、文字通り奪うように美帆の口内に舌を侵入させるもの。
僕の人生における初めての口づけ。それは綺麗なものでなくて、ただ相手を苦しめるための汚らわしい行為。
こんなこと、以前の僕ならできなかった。美帆が嫌がるんじゃないかと思って、してこなかった。
でも今は違う。嫌がれば嫌がるほどいい。贖罪は苦痛がなければだめだ。
相沢のようになんとなく頑張っている姿を見せればいいと言うものじゃない。
「ぷはっ」
息が苦しくなり、美帆から顔を離す。やったことの終わりにしては、何とも間抜けな声が出た。
「相沢とはこんなことしたの?」
「……」
どうやら美帆は僕からキスをされた衝撃が抜けていないらしい。明後日の方向を見て、固まってしまっている。
「答えて!」
「…………した」
僕が声を荒げるとようやく彼女は口を開いた。
「そうなんだ。許してほしいんだったら、僕とは相沢としたこと以上のことをしてもらうよ? できる?」
「…………はい」
美帆は小さく顎を引いた。合意したということは僕に何をされても文句は言えない。
「ハハハハハ!!」
どす黒い感情か次々と沸いてくる。美帆が許しを請いに来た理由は分からないままだが、そんなことはどうでも良くなってきた。
今までできなかったことを全部してやる! 美帆に拒否する権利はない。僕は幼馴染で自由に快楽を味わうことができるのだ。
「入りなよ。親が帰ってくるまで、僕に奉仕してもらう」
「はい……」
玄関の鍵を開け、僕は美帆を家に招き入れる。
しかし何故だろう。美帆の表情が、これから起こることへの恐怖ではなく、恍惚としたものに見えて、仕方がなかった。
★★★★★
美帆が泣き叫ぶ声はまるで麻薬のようだった。彼女が叫べば叫ぶほど中毒になったかのごとく、僕は美帆を苛めた。
堪らなかった。性的な満足感を得るというのはこれ程素晴らしいものだとは思わなかった。
美帆は僕の言うことに逆らわない。浮気をしたことへの罪悪感という鎖が、彼女を雁字搦めにしているからだ。
そういう意味では、美帆は相沢と比べると少しまともらしい。
もう美帆は、幼馴染でも、元恋人でも、ましてや相沢の彼女などではない。
美帆は僕の――奴隷だ。
奴隷によれば、相沢が僕をストーカーと呼んだのは、何があっても一緒に登下校しようとする僕に疲れると相沢に愚痴ったからだそうだ。
美帆が相沢と親密になったのは、相沢と同じバスケ部――男女分かれてはいるが――だったかららしい。
そこから何度か話す機会があり、美帆は僕の愚痴を相沢に漏らすようになったようだ。
歪んだ正義感に燃える相沢は、僕を悪者と決めつけ、それで僕を教室で断罪した。
人前でそんなことをしたのは不良お得意の仲間と一緒――群れた状態なら、皆自分のことをいいやつだと思うだろうと浅い考えからだ。
「じゃあ、美帆……奴隷は少なくとも、僕を陥れる気はなかったってことだね?」
行為で力尽き、ベッドと同化する奴隷に僕は尋ねた。
「はい、浮気はしましたが、そこまではするつもりはありませんでした」
「正直に話してくれてありがとう。でもまだ許すつもりはないよ。何でもすると言った以上、僕の命令は絶対だからね」
相沢にも報いを受けてもらうことにしよう。
ただ、美帆を僕のいいなりにしたところで、相沢にダメージはそれほどない。
あのなんちゃって正義マンは、僕の奴隷のファーストキスと処女を奪った。本来僕のものなのに。
だから僕も奪ってやる。美帆だけじゃない、あいつが見せかけで掴んだ周囲からの信頼を。
しかしどうしよう。暴力では当然無理。社会的な制裁を加えるには、何かインパクトのある出来事が必要だ。
「!!」
そうだ! 美帆を使おう。せっかく手に入れた奴隷を使わない手はない。
奴隷の性別は女。肉体的な力は男には劣るが、強い武器を持っている。
「奴隷、明日の学校なんだけど、朝皆前でこう言うんだ。私は――」
「え……それは……」
奴隷は躊躇いがあるらしい。無理もない。美帆にとってもある種の制裁に近い。
「逆らうの?」
「ごめんなさい……やらせてください……」
「そうだよね。これはお前の禊でもあるんだから嫌なわけないよね」
「はい……」
★★★★★
朝、僕が教室に入るとクラスメイト達は一斉に目を反らす。
そもそも僕が学校に来ると思っていなかったのだろう。ヒソヒソ話が聞こえてきた。
まあいい、これから面白いことになる。教室には既に奴隷も相沢もいるので、舞台は整った。
相沢は僕のことを睨んできたが、そんなのは気にしない。
糞野郎が気にしなければいけないのは、庇われるように背後に立っている美帆なのだから。
「私は相沢にレイプされました! 昨日のことは全部相沢のでっち上げです! 皆さんどうか助けてください!」
奴隷に教室の皆の視線が集まった。