(1)無礼講と砂糖雪
今回は、翡翠の館でのイヴェントの御話です☆
ほんわか屋敷風景と、ほんのりBLを御楽しみ下さい☆
翡翠の貴公子は繊細な美しい顔立ちに似合わず、何でも自分でする男であった。
自分の身の回りの事は勿論、
屋敷で目についた事や外部で気になった事が在れば自ら屋敷の整備をしたり、
使用人たちに何も言わず単独で出掛けたりする。
其の為、翡翠の館の使用人たちは、「主様より先に行動」を徹底していた。
中でもメイド達が日々目を光らせているのは、「主様の服の御用意」であった。
翡翠の貴公子は、すこぶる頭の良い男だったが、
実は目を疑う程にファッションセンスのない男だった。
彼が服に於いて重視するのは機能性であり、其れさえ満たされていれば、
どの様な冴えない格好でも気にしなかった。
故にメイドが其の日の彼の服を用意し忘れると、彼は勝手にラフな格好をし、
更には其の姿で屋敷をうろついている時に来客が在ると、
翡翠の館の使用人はなってないとの批判の声が上がり、
大変な悲劇が巻き起こってしまうのである。
其の為、主が就寝する前に翌日の服を用意しておく事が、
メイド達にとって何よりも忘れてはならない仕事だった。
そもそも翡翠の貴公子の衣裳部屋にラフな服を置いておかなければ良い様に思えるが、
翡翠の貴公子は時間の合い間を見て一人で武術の鍛錬に励むので、
武術用のラフな服を用意しておかなければならないのである。
そして、メイドがうっかり服の用意を忘れると、
翡翠の貴公子は其のラフな服を纏ってしまうのだ。
「毎晩の服のチェックは緊張するよね」
「うんうん。忘れた時の執事さんの無言の表情が恐いよね」
「あー、判る、判るぅ~~!!」
そんな会話をするものの実は主の服選びは、メイド達にとって密かな楽しみでもあった。
メイド達が其の日の服に合わせてアクセサリーを置いておくと、翡翠の貴公子は、
ちゃんと其れも身に着けてくれるのだ。
自分が選んだファッション姿の主を見るのは、メイド達にとっては、
すこぶる胸が高鳴るものだった。
だが逆に其の日の主のファッションが今一だった場合は、
其の服を用意した者は周囲からのブーイングを逃れる事は出来なかった。
そんな風に翡翠の館の主で在る翡翠の貴公子は、
メイド達にとってアイドル的な存在だった。
其の館のアイドル翡翠の貴公子は、執務室の窓を開けて夕空を見詰めていた。
もう冬も終わりの季節だったが、窓から吹き込んで来る風は刺す様に冷たく、
暖炉の傍の椅子に座っている金髪の居候が、ぶるぶると震え乍ら大声で言った。
「主!! 寒いってば!! いつまで開けてるんだよ??」
此の部屋は翡翠の貴公子の部屋なのだが、
そんな事は御構い無く抗議してくる金の貴公子。
だが金の貴公子の声が聞こえないのか、はたまた無視をしているのか、翡翠の貴公子は、
ずっと窓の前に立ったまま外を見詰めている。
よく見ると彼の額に翡翠色の紋が浮き上がっていた。
彼は「目」となる「羽根」を飛ばしているのだ。
翡翠の貴公子は館の裏に在る森を見回っていた。
直接、森に行く必要がない時は、自分の羽根で在る鳥だけを飛ばして森を見回るのだ。
暫くすると見回りが終わったのか、彼の額から紋が消え、翡翠の貴公子は静かに窓を閉じた。
すると扉をノックする音が鳴り、黒燕尾服姿の執事が入って来た。
「主様。夕食の御準備が整いました」
「ああ」
翡翠の貴公子が扉へ向かうと、金の貴公子も立ち上がった。
二人が扉をくぐり、執事が静かに閉めると、翡翠の貴公子が振り返って言った。
「明日、砂糖雪を作りたいのだが」
「かしこまりました。皆の者に告げておきます」
頷く執事に、金の貴公子は二人の会話の意味が判らず訊ねてきた。
「何?? 何?? 主、何か作るの??」
興味津々の顔で問うてくる金の貴公子に、翡翠の貴公子は階段を下り乍ら答える。
「砂糖雪だ」
「砂糖雪?? 何、其れ??」
余計に疑問が深まって「何其れ?? 何其れ??」と騒がしく訊いてくる居候に、
「明日になれば判る」
翡翠の貴公子は短く答えるだけだった。
だが夕食が始まると、給仕をするメイド達の顔は、いつにも増して輝いていた。
そして、ひそひそと小声で話をしている。
「明日、砂糖雪だって」
「きゃっ。無礼講、無礼講だわ」
まるで小鳥の様に囀り合い、嬉々とした表情を見せるメイド達の姿に、
一層金の貴公子の謎が深まる。
砂糖雪??
無礼講??
一体、何なのだ??
と云うか、自分一人だけ知らないのだろうか??
金の貴公子は気になって仕方がなかったが、メイドに訊ねてみても、明日判ると言われるだけで、
全く見当がつかなかった。
深まる疑問を胸に、其の日の夜は大人しく就寝した金の貴公子であったが、翌日、目を覚ますと、
翡翠の貴公子は全く普段通りであった。
夜着にガウンを羽織った儘、暖炉の傍で目覚めの珈琲を飲んでいる翡翠の貴公子。
其の隣で同じく珈琲を飲む金の貴公子は、依然、答が判らない儘だった。
ただ少しだけ屋敷が騒がしい気がする。
メイド達が大掃除でもしているのだろうか??
だが間も無くして金の貴公子は、いつもとの違いを目にした。
珈琲を飲み終えて衣装部屋へ行った翡翠の貴公子が着替えて戻って来ると、一体どうしたのか、
黒いコートに手袋、黒のロングブーツ姿ではないか。
まだ夜着姿の儘の金の貴公子は、ぽかんと呆けた顔になる。
「え?? 主、どっか行くの??」
「森に行く」
「え!! 今から?? 朝食は、どうするんだよ??」
「今日は朝食は無い」
「ええええっ?!」
突然、知らされた朝食抜きに、金の貴公子は驚愕の顔になったが、
部屋を出て行こうとする翡翠の貴公子に慌てて駆け寄って来る。
「ちょ・・・・主、待って!! 俺も行く!! 俺も行くから!!」
「・・・・・」
「直ぐに着替えて来るから、ちょっと待ってて!!」
「・・・・ああ」
どうやら待ってくれる様なので、金の貴公子はバタバタと走って自室に戻ると、
超高速で夜着を脱ぎ捨てて衣裳部屋に入り、
選びもせずに手に取った服を着て茶色のブーツを履くと、
其の上に薄紫のダッフルコートを羽織る。
手袋はコートのポケットに突っ込んで、コートのトグルを留め乍ら金の貴公子が部屋を出ると、
翡翠の貴公子は一階のエントランスでメイドと共に待っていた。
「御待たせ~~!!」
金の貴公子が慌ただしく階段を下りて来ると、メイドが扉を開いた。
「行ってらっしゃいませ」
メイドに見送られて二人が外へ出ると、外はまだ雪が積もっていた。
空は青く晴れ渡っているが、積雪は三十センチ程か。
翡翠の貴公子は黒いブーツで難なく雪の上を歩いて屋敷の裏へと回って行く。
其の後を金の貴公子も手袋をつけ乍ら、ザクザクとついて行く。
厩の方へ行く様だ。
翡翠の貴公子は厩に入ると、一頭の馬に馬具を取り付け始める。
金の貴公子も其れに倣う。
二人は厩を出ると、馬に跨って屋敷裏の裏門までゆっくりと進んだ。
特に速く走らせなければ、此のくらいの積雪ならば馬を歩かせるのに問題はなかった。
裏門へ着くと、翡翠の貴公子は一旦馬を下り、門を開けてから再び馬に跨った。
二人は馬で長い架け橋を渡ると、森の中へと入った。
翡翠の貴公子が何処へ向かっているのかは、依然、金の貴公子には判らなかったが、
金の貴公子が翡翠の貴公子の後ろを暫く歩いていると、翡翠の貴公子が馬の足を止めた。
翡翠の貴公子は馬から下りると、馬の綱を樹の枝に結び、
今度は徒歩で薄く雪の積もった森の中を進んだ。
金の貴公子も馬を下りると、同様にして翡翠の貴公子の後を追った。
「主~~、何だよ?? そっちに何か在るのか??」
すると翡翠の貴公子が一本の大きな樹の前で止まる。
そして何やら樹を調べている。
其れを後ろから覗き込んで、金の貴公子は「あ!!」と声を上げた。
樹には小さな小樽が取り付けられていた。
其の小樽と樹の切れ目に埋め込んだ木片の差し込み口に、金の貴公子は見覚えが在った。
「此れ、主が冬の始めに付けてたやつじゃん!!」
其れは慰安旅行が終わって翌日、翡翠の貴公子が作っていた木の差し込みと小樽だった。
翡翠の貴公子が二日掛かりで作っていた物が、一体何だったのか、当初、
金の貴公子には判らなかったのだが、そう云えば、あの時も、
「砂糖雪」と言われた様な気がした事を思い出した。
差し込みと小樽は、あちこちの樹に取り付けられていたが、
よく見ると其れ等の樹は全て楓の樹であった。
どうやら翡翠の貴公子は楓の樹液を採っていた様である。
八個にも及ぶ小樽を翡翠の貴公子は回収して来ると、一個ずつ馬の背に縄で取り付け始める。
「主ー、俺の所にも付けるよ」
金の貴公子は縄を受け取ると、自分の馬の鞍にも小樽を取り付けに掛かる。
其れが終わると二人は再び馬に乗り、屋敷への帰路に就いた。
屋敷に戻った二人は厩で樽を外し、一人四個ずつ抱えて玄関へと向かった。
と思われたが、翡翠の貴公子は館横の調理場の勝手口へと歩いて行く。
「え?? 調理場行くの??」
依然、判らない事だらけの金の貴公子がひっきりなしに疑問を投げ掛けてきたが、
翡翠の貴公子は黙って勝手口を開いた。
すると中には三人のコックが居り、笑顔で迎えてくれた。
「主様、おはようございます。もう準備は出来ていますので」
料理長の中年の肥えた男が、そう言うと、
翡翠の貴公子は調理場に入って調理台の上に樽を置いた。
金の貴公子は訳が判らなかったが、同様に樽を台の上に置いた。
其処へ見計らったかの様に執事が現れた。
「主様、コートと手袋を御預かり致します」
翡翠の貴公子がコートを脱ぐと、執事は其れと共に手袋を受け取り、
「金の貴公子様も、どうぞ」
金の貴公子にも手を差し出してくる。
金の貴公子からもコートと手袋を受け取ると、
「それでは、どうぞ宜しく御願い致します」
一体どうしたのか、執事が深々と一礼した。
其れに倣う様に三人のコック達も、
「宜しく御願いします!!」
深々と頭を下げて一礼する。
「え・・・・?? 何?? 何??」
一人、訳が判らず、おどおどする金の貴公子は放っておいて、
翡翠の貴公子は大竃の傍へ行ってしゃがむと、火打ち石で火を点け始める。
竃には既に新しい薪が用意されており、大きな鉄の鍋が吊るされて在る。
其処へ翡翠の貴公子は小樽を持って来ると、キャップを取って中身を大鍋へと流し込む。
同様に全ての小樽の中身を大鍋に入れると、翡翠の貴公子は流し台で手を洗い、
若いコックの男が持って来た白い大瓶を受け取った。
其れをゆっくりと大鍋の中の樹液へと流し込んでいく。
「何、其れ??」
金の貴公子が後ろから覗き込んで来ると、翡翠の貴公子は短く答えた。
「山羊乳だ」
「山羊乳?? 何?? 主、何作ってるの??」
どうやら翡翠の貴公子は何かしら食べ物らしき物を作っている様だったが、
其れが一体何なのかは、まだ金の貴公子には想像も出来なかった。
翡翠の貴公子は山羊乳を全て入れ終わると、今度は大きな木のしゃもじで、
ゆっくりと鍋の中を回し始める。
「ねー、ほんと、何作ってるんだよ??」
依然、脳内が疑問符だらけの金の貴公子がしつこく訊ねてきたが、
翡翠の貴公子は黙々と鍋を回しており、コック達はにこにこと笑っているだけだった。
「何だよ、意味判んねー」
唇を尖らせると、金の貴公子は調理場全体を見渡した。
調理場には調理器具や調味料らしき瓶が数多く在ったが、きちんと整頓され、
床も棚も綺麗に掃除されて在る。
大竃以外に常用竃も三つ在り、水汲み式の大きな流し台、奥には食器棚が在る。
テーブルは調理台テーブルと・・・・何故かもう一つ、
白いテーブルクロスを掛けた長テーブルが置かれて在る。
しかも其の周りに椅子が十個ほど所狭しと置かれている。
「何だ、何だ?? 調理場って、こんな感じだったのか??」
流石に椅子が多過ぎだろうと思いつつ、取り敢えず流し台で手を洗う金の貴公子。
其処へ、
「きゃあ!! もう始まってるわ!!」
「今年も作って下さるのね~~!!」
「楽しみね!!」
メイドの若い娘二人と年長の女が調理場に入って来て、顔を輝かせる。
金の貴公子はテーブルの端の椅子に座ると、メイド達に質問した。
「ねーねー、主、何遣ってるの?? てか、何か此の調理場、変じゃない??」
すると驚く事に、メイド達が金の貴公子の向かいの椅子に座ったではないか。
そして、きゃあきゃあと楽しそうにはしゃいで答える。
「主様は砂糖雪を作ってくれてるんですよ~~!!」
「砂糖雪って??」
「出来たら判りますよ~~」
「ええ?? 何だよ?? 何なんだよ??」
と云うか何故メイド達は、自分の目の前に座っているのだろうか??
立場上、絶対に有り得ない行為である。
いや、それとも、自分が調理場に居るからなのか??
一層疑問が増し、金の貴公子は再度、調理場を見渡してみると、翡翠の貴公子は依然、
大鍋の前に居り、三人のコック達は調理台で何やら作っている。
そして自分の着くテーブルには、メイド達が笑い話をし乍ら座っている。
全く以て現状が解せない。
だが更に金の貴公子を混乱させる事が目の前で起こった。
一人の若いメイドが手を上げると、大きな声で有り得ぬ事を言ったのだ。
「主様~~!! 今年の目標とかは決まりました~~??」
其の突拍子のないメイドの発言に、金の貴公子は思わず目を剥いた。
皆の視線が主で在る翡翠の貴公子に向けられる。
そして・・・・
「今年の目標か・・・・現状維持だな」
ぼそり、と翡翠の貴公子が答えたではないか。
「主様~~!! 其れ、去年と同じですよ~~!!」
「そうか」
「そうです~~!!」
ケタケタと笑うメイド達。
「もっと他の事も言って下さ~い!!」
主をネタにケタケタ笑うメイド達に、金の貴公子は唖然としてしまう。
一体、メイド達に何が起こっているのだ??
メイドの立場で在り乍ら館の主に対して、あるまじき言動である。
だが金の貴公子の驚きを余所に、もう一人の若いメイドが手を上げた。
「主様~~!! 去年来られた赤の貴公子様って、身長、御幾つなんですか~~??」
「218センチと聞いた気がする」
「きゃ~~!! 218センチだって~~!! すっご~~い!!」
「道理で主様が一緒に並ぶと、小柄に見える筈だわ~~!!」
「うんうん!! 赤の貴公子様、格好いい~~!! 勿論、主様もっ!!」
黄色い声ではしゃぐメイド達は、町娘そのものだった。
そして漸く金の貴公子は、昨夜のメイド達の言葉の意味が判った気がした。
もしや此れが昨日言っていた「無礼講」なのだろうか・・・・??
この御話は、まだ続きます。
砂糖雪、無礼講とは何なのか??
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆




