偽ヒロインは認めない
突然トラックにぶつかって死ぬなりなんなりして、気づいたら女神様の目の前にいました!そしてチート能力が貰えて勇者になってほしいと言われました!――まさに、今人気の異世界転生系ライトノベルの王道展開である。まさか自分が、その主人公になれるだなんて思ってもみなかったが。
「本当は、もっと別の人を勇者にするつもりだったのに、間違えちゃったのよ」
妙にお色気ムンムン、おっぱいスケスケの白いドレスを着た女神さまが、やけにぬめっとした声で言う。そういうのは、男性向けのライトノベルでやってほしかったなと思うけれどそれはそれ、腹立たしくはあるが願ったり叶ったりの状況なのでスルーしておくこととしよう。
間違いでもなんでも構わない。勇者になって、好きなチート能力がもらえる。しかも望んだ異世界に行けるというのなら、こんな嬉しいことはない。
ずっと妄想し続けていたのだ。学校では不細工だデブだと馬鹿にされ、まともに男に相手にされないどころか気持ち悪がられる自分。そもそも、二次元の世界にしか私の理想に叶うイケメンもまた存在していないのだからどうにもならない。
夢小説や乙女ゲームの世界なら、私は誰もが振り向く最高の美少女になれるし、どんな漫画のヒーローにも負けない最強チートな力を持った選ばれし聖女にもなれる。どんなイケメンも、公式の世界では愛していたはずのヒロイン(どいつもこいつも本当は性悪に決まっているのでいい気味だ)をほっぽって私だけを見てくれるようになるのだ。
逆ハーレムのお姫様になりたい。
私だけを見てくれる、たくさんのイケメン達に囲まれたい。
そしてお姫様として守られながらも、実はどんなキャラクター達より最強の力を持った聖女として、実戦では爽快にチート無双をしてみたい。
しかし、そんなのは妄想の中だけのこと。現実の私は、いつも誰とも目を合わせないようにして俯いて学校に向かい、自分のことをせせら笑っているであろうクラスメート達の悪口を一生懸命SNSに書いて復讐してやるしかできない存在だ。夢は永遠に夢だと思っていた――今日、ぼんやりして赤信号を渡ってしまい、トラックとぶつかる事件さえ起こさなかったのだとしたら。
「本当はこのまま元の世界に返してあげたいんだけど、ちょっと時間がかかるのよ。だから……」
「い、いいえ!いいえ!私、元の世界になんか帰らなくていいわ!このまま異世界転生させて!お願い!」
「え?」
「わ、私に悪いと思ってるなら!好きなチート能力と好きな世界を選ぶ権利を頂戴。それで手を打つわ、悪いことじゃないでしょう!?」
戸惑う女神を押し切る形で、私は自分の望んだ異世界転生を果たす権利と、チートを貰える権利、それから“私が考えた最強で最高の美少女”の外見を貰うことに成功したのである。
ピンク色のキラキラした髪の毛をふんわりとツインテールにして、宝石みたいな青い目に透き通るような白い肌を持っているロリ巨乳な女の子。道を歩けば、通り過ぎる人々が十人中十人振り返るような美少女に大変身である。
貰ったチート能力も、その麗しい容姿を強化する素晴らしいもの。つまり。
「女神の支配する世界で、私を愛さない男はいない!全ての男が、私を、私だけを必ず愛するの!だって、この世界の夢ヒロインは私なんだもの!」
異世界に転生して、守られ系逆ハーヒロイン始めました!
これで私は、今までの不幸な人生をやっと、正しく取り戻すことができるのだ。
***
女神は、私の希望をしっかりと叶えてくれた。
中世ヨーロッパ風の世界。ドラゴンもいて、モンスターもいて、多くの王国が存在しお姫様やら騎士やらが存在する――まさに私達現代日本人が想像する“ザ・RPGの世界”だ。そこは私を召喚した女神が管轄する世界の一つであり、その世界には複数の女神が存在して支配権を争っているのだという。
その結果、それぞれの女神を唯一神と定める宗教を主軸に、戦争が勃発。私を召喚した女神様――エリザベータは、その戦争を終わらせる勇者を求めていたというのである。この世界を、エリザベータを唯一神とする宗教一色に染め上げて統一し、平和をもたらしたいというのだ。
宗教戦争なんぞに巻き込まれるのは非常に面倒くさいといえば面倒くさいが、エリザベータの力が強くなることはつまり、勇者としての私の力が強くなるということでもある。ならば、夢のような世界に召喚してくれたことだし、多少なりに彼女の望む通りの仕事をしてやるのも仕方ないことだろう。
その世界は、主に四つの大国の支配領域に別れている。
エリザベータが支配する赤の国。それ以外に緑、青、黄の三国が存在し、それぞれ女神を擁して支配権を争っているというわけだ。赤の国のお城のお姫様として私を転生させたエリザベータは、あることを強く忠告してきた。
「いいこと、勇者。貴女の力はまだ、私が支配権を握る赤の国のエリアでしか通用しないわ。他の国に行くと、貴女のチート能力は効果が切れてしまう。だから貴女自身は必ず、赤の国にいるまま敵と戦って勝利する必要がある。外の国へ行ってしまったら、貴女はただの美しいだけの娘になってしまうのだから」
――まったく、面倒くさいわね!私がこの世界で最強最高のヒロインなんだから、他の国に行ってもそれがちゃんと通用しておくようにしておきなさいよ!なんで他の国に行ったら、男どもが私の虜にならないなんてことになるんだか。私はこんなに可憐で可愛いお姫様なのに!
最初。私は腹立たしいと思いながらも、女神の言う通り戦争を行っていた。赤の国の男達はみんな、一目見るなり私の虜になりなんでも言うことを聞いてくれるのである。父親の王様も、兄弟も、兵士達も一般市民も皆同じだ。私のために家族を殺せと言えば殺すし、私のために妻を捨てろと言えば捨てる、そして死ぬまで戦えと言えばためらわずに命を投げ打って戦いに挑むのである。
私はそれが、爽快でたまらなかった。
選りすぐりのイケメン兵士達を私の傍にはべらせ、毎晩好きな男と夜を共にする。彼らは私が望めば好きなだけ独占欲を発揮し、他の男達と私を取り合う喧嘩も演じてくれた。私はそれを見て、これぞ夢に見た逆ハーレム展開だとうっとりしながら叫ぶのである。
「お願い、私のために争わないで!私、優しいみんなが好きなの。誰かひとりだけなんて、選べないわ……!」
だが。愉快だと思うことができたのは、転生を果たしてからそう長い時間のことではなかったのである。
誰も彼も、私の思う通りになる。段々とそれが退屈だと思うようになってきてしまったのだ。彼らはあくまで、私のチート能力に従っているだけ。心の底から私を愛しているわけではないのではないか、という疑問が浮かびあがるようになってきてしまったのである。
――何で、こんな疑問を持つの?私は私、でしょ。少女漫画のヒロインは、大して可愛くなくてもイケメン達にちやほやされて愛されまくるじゃない。私だって同じよ。この能力も私の一部、私の魅力。みんなちゃんと、私自身のことを好きなんだから……他のどんな男よりも。そのはずなんだから……!
加えて。戦いに関してなんの知識もない私の采配が通用するほど、この戦争は甘いものではなかったのだ。
イケメン達を使い潰すのが嫌で、命の危険を伴う任務は容姿が醜い兵士を優先して突撃させていった。能力よりも、容姿を優先で兵士達の配備を決定。さらに、兵士達の数が減ってくれば、王族特権で赤の国の徴兵制度を使い、好きなだけ庶民から新しい兵士を調達していく。当然そんなことを繰り返せば、まともな戦いがいつまでも続けられることはなく――やがて、国そのものが男手を急激に失い、疲弊していく結果となったのである。
やむなく、自分の“手持ち”の中から一番飽きてきた“イケメン”の優秀な兵士を戦場に投入するも、時既に遅し。
彼はひとりで百人の敵兵を倒す活躍をしたものの、そのまま戦場で倒れて帰らぬ人となってしまったのである。いくら私がやれと命じても、本人の能力を超える行為はさせることができないのだ。
「あんた達なんなのよ!どいつもこいつも役立たずばっかり!この私に愛されたくはないの!?私のたったひとりの恋人になりたくて頑張るって言っていたのはどこの誰!?私に愛されたいなら、もっと頑張りなさいよ。さっさと青の国や黄の国の王族の首を取って、赤の国の領地を広げる努力をしなさいよ!!」
毎日そうやって、玉座で兵士達に罵声を浴びせる日々。
私は少々後悔し始めていた。女神にチート能力を貰う時、“どんな男も言うことをきく”能力だけではなく、“どんな敵も一撃で殺せる、誰も勝てない最強の魔法の力”も一緒に貰っておけば良かった。与えられるチートは一種類だけだと女神は言っていたが、そもそも彼女は間違って転生させてしまった私に大きな負い目があったのである。泣き落としでもなんでもすれば、もう一つくらい最高のチート能力を貰うこともできたかもしれないというのに。
どんな男も魅了することができる能力をもらったとはいえ、私自身の戦闘能力そのものは元の世界の私とさほど変わらないのである。お姫様として皆に指示を出し、何から何もまで召使にさせる贅沢三昧をしていたため、自分自身を鍛えるような面倒なことも一切してこなかった。私は、魔法が存在する世界であるにもかかわらず、一切魔法を使う方法さえも知らない状態のままである。せっかくチートを貰って最高の世界に転生したのに、現代日本のようにお勉強だの努力だのするなんてこりごりだ、と思ったのがアダとなった形だった。
――こいつらみんな無能、無能、無能だわ!こうなるのがわかってたら、私自身がチート無双できる能力を貰った方が良かった。これだけ美しい私だもの、魅了する能力なんかなくたって、どんな男も簡単に虜にできたはずなんだから……!
私に愛されたいと主張するのに、他の国に勝利する方法が見つからない。
疲弊し、困惑した表情で跪くまま動かないイケメン兵士達に苛立つ私。一発殴ってやろうか、と鞭を取り出して構えた。男が女を殴るのは倫理的にアウトでも、女が男を殴るのは全然問題ないはずである。だって、女の私の方がか弱くて可愛らしく、正義であるのだから当然だ。
鞭を振りかぶろうとした、その時である。
「もう、およしなさい、姫!」
私の手を掴み、止める者がひとり。
私の母親役の女――この赤の国の后である。
「貴女は、確かに誰よりも美しいのでしょう。でもね、だからといって何をやっても、何を言っても許されるなんてことはないのですよ、何より、見た目の美しさは生まれついて持ち得ても……心が醜い者に、人はけしてついてこない。犯した罪は、人に与えた痛みは、必ずその者に返ってくるのです」
「はあ!?何言ってんのよババア!私の心のどこが醜いっていうの!?痛めつけられてる被害者は私の方でしょ、可哀想なのはあくまで私の方!私に迷惑かけて、私を困らせてるあんた達が加害者じゃないの!!」
「……姫」
意味がわからない。確かに、女である彼女に自分のチート能力はきかないと知っているけれど、何故このように非難されなければならないのだろう。
暴れる私を、心の底から憐れむように見つめて――母親であるはずの女は、告げた。
「それがわからないなら。……やはりもう、こうするしかないのですね」
何故。彼女は私に無礼を働いているのに、イケメン兵士達も王様も一向に私を助けようとしないのだろう。
何故。この神聖な玉座に、汚らしい格好をした庶民の女達が手に手に武器を持ってなだれ込んでくるのだろう。
何故。その無礼な女達に今、自分は縛り上げられ、槍を突きつけられているのか。
ああ何故、何故、何故――誰もこの可哀想な私を救おうと動かないのか!
「無礼よ、このブスども!何するの、私を誰だと思ってるの!?この国で最高の権力者の姫、この国で一番美しい姫にあんた達ごときが触っていいとでも思ってるわけ!?誰か早く、私を助けなさいよ、ねえ!!」
おかしい。夢小説の主人公ならば、イケメンがかっこよくここで助けに来るはずなのに。夢ヒロインを傷つけるクズ女達を冷たい目で見下してざまぁして、可憐なお姫様を抱きしめてキスをしてくれるはずなのに。
私を愛してくれるはずのイケメン兵士達は、うずくまって固まったまま動かない。――明らかに、チート能力の効果が弱まっている。
――ま、まさか。赤の国の勢力が他の国に圧されているせいで……女神の力が弱まったの!?
「あんたみたいなお姫様なら、いない方がずっといい」
ボロボロの服を着た農民らしき女が、ギラギラした目で私を睨んだ。
「私の夫は、あんたの滅茶苦茶な命令に従ったせいで戦場で無駄死にしたの!夫は、武器を持って戦うことは素人でも、果物を育てて売ることがとても得意な、優しい人だったのに!」
「あたしの旦那もだよ、このクソ女!」
別の女が、血走った目で叫ぶ。
「あたしの旦那は、あんたに見初められたせいで……あたし達を捨てて兵士になっちまった!この国の外に戦いに出たところで目が覚めて、あたしのところに泣いて帰ってきたよ……自分は家族を裏切って姫様と関係を持ってしまった、死んで詫びるしかないって。苦しんで苦しんで首を吊った、あんたのおかしな魔法のせいさ!!」
「私の弟も!」
「アタシの兄貴もだ、返せこのクソ女!」
「あんたのせいで、男達はみんないなくなった、死んだ!みんなの家族を返せ!」
「お前みたいな女は姫様でも、女神に認められた聖女でもなんでもない!何が勇者だ、自分は城で贅沢三昧して、ふんぞりかえって命令してるだけのくせに!!みんなが助けて欲しい時、面倒くさいからって話を聴くこともしないくせに!!」
「人の心を捻じ曲げ、平気で傷つける悪魔め!死ね、死んでしまえ!」
「死ね、死ねー!!」
こんなのおかしい、と。私は唖然とした。
――嫌われ系は、好みじゃないのよ。なんでこんな展開になるわけ?そもそも嫌われ系なら、最終的にはイケメンが私の味方をしてくれて、誤解されている可哀想なヒロインを助けてくれて、悪女どもを断罪してくれるはずでしょ?
自分は女神に認められた存在であるはずで、いつもいつでも正しかったはずだった。それなのに、何故今こんなふうに縛り上げられて、どんな拷問の末に処刑しようかという相談が目の前でなされているのだろうか。
――ねえ、誰でもいいから早く助けに来なさいよ!あんた達の可愛いヒロインがピンチなのよ?今こそあんたらの株上げる時でしょ?こ、このままじゃ、私……!
***
後に、女神は語る。
異世界から転生してきた、本来ならば存在するはずのない“異物”。歪んだチート能力を与えられても、どれほど美しい容姿を得ても、その本性が変わることがなければハッピーエンドは迎えに来ないのだと。
「異世界転生なんて、ほいほいするもんじゃないわね。次はこの世界から、ちゃんと勇者を見出すようにしないと。ほんっと、これだから自己愛しかないワガママ転生者は困るわー」
反省の色などまったくなく、女神は呟く。
果たして、一番性根が腐っていたのは誰であったのか。
どのような展開と選択が、この世界における最善であったのか。
残念ながら、その答えが出せる者は此処にはいない。
「全身に油をしみこませた包帯を巻いて、足の先から燃やしてやるのはどう?」
「お湯の入った釜に閉じ込めて、ぐつぐつ煮てやるのも悪くないと思いますが」
「それもそうだけど、やっぱり一番憎たらしいのはあの女の欲望でしょう?なら、女の象徴を一つずつ潰してやる方がダメージが大きくない?」
「苦しい拷問はひとしきりすべて試せばいいのでは。楽に死なせてやる義理などないのですから」
恐ろしい相談をわざとらしく聞かされる姫は。当然何一つ、知る由などないのである。
「いや、やめて……死にたくない、私悪くないのに、悪くないのに!いや、やめて、やめてええええ!」
愛なき偽ヒロインが、認められることなどない。
それが、世界の真実である限り。