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◼️ だから、聖女は

時系列が1の魔王戦直後になります。

 魔王を倒したあたしたちは、ずたぼろの体を休めるために、戦場(バトル・フィールド)から離れた。


 フィルはバルが石化して泣き叫んでいた。

 つんざくような悲鳴。

 あれほど哀しい声を、あたしは聞いたことがない。


 あたしの分まで彼が泣いてくれたから、どうにか平静さを保てている。


 あたしたちは、生き残った。

 なら、精一杯、生きなくちゃ。


 それはバルへの義理立てかもしれないけど、理由なんてなんでもいいのよ。


 足を止めない。

 意地でも前に進むの。


 泣きやんだフィルは奇妙なくらい静かだった。

 あたしたちに付いてきて歩いているけど、心がここにない雰囲気。

 バルが入った砂の袋をいじっては、ボーっとしている。

 あたしもアレクシもミーミルも、その姿に何も言えなかった。


 戦場(バトル・フィールド)を出てしばらく歩くと宿屋がある。

 なんでこんな所にぽつんと宿屋があるのか分からないけど、あたしたちには都合がよかった。


 最終決戦場(ブレイブ・シャイン)に入る前、五人でここに泊まった。

 気合いを入れるために、肉料理ばっか、たらふく食べた。


 双子は肉料理が好きなのよ。

 それを見ては、肉ばっか食べて、野菜も食べなさいって、あたしは怒っていた。

 それで、双子はしぶしぶ食べるの。

 同じ顔が並んで同じことをしているのが、おかしくてしょうがなかった。


 もうあの光景は、見れないのね。


 同じ宿屋なのに、色褪せて見えてしまう。

 心が彼岸に引っ張られそうになって、あたしは首をふった。


「ここに泊まるわよ」


 アレクシが「そうしましょう」と同意する。


「泊まりましょう!」


 ミーミルも声を出してくれる。

 フィルは無言だったけど、付いてきてくれた。


 宿屋で支払いを済ませて、各自、無言で部屋に行こうとしたときだ。


「あ、飯、どうする?」


 フィルが平然と声をだした。

 なんてことはない。

 バルがいなくなる前と同じような声で。

 あたしも、アレクシも、ミーミルも言葉を失った。


「みんな腹、減っているだろ? 食堂は……あったっけ?」


 フィルの言葉に戦慄する。

 彼の青い目は、どこを見ているかわからないほど透明だった。


 ここで肉料理を食べたことを覚えていないの?

 あんたの兄貴と一緒に食べたじゃない。

 ねぇ、忘れちゃったの?


 ……バルがいなくなったら、思い出もまるごと消しちゃうの?


 黙っていたら、フィルが気まずそうに体をゆらした。


「寝るのが先か。みんな疲れているもんな」


 へらっと笑われて、あたしは怒りで肩を震わせた。


 どうしてよ。

 あんなに泣きわめいていた奴が、どうしてあたし達のことを心配しているのよ。

 自分のことは放り出して、仲間を優先させちゃうのよ!


 戦っているときもそう!

 こいつは自分がHPが高いからって言って、いっつも前に出て、あたしたちの盾になる!

 あんたは守りたいから、そうするんでしょうけどね!


 後ろで傷だらけのあんたを見るのは、もうたくさんなの!


 あたしは、仲間よ。

 あんたの仲間よ。


 いい加減、隣に立たせないよ!


 あたしはフィルの腕を掴んで、支払った部屋に向かう。


「あっ……」


 魔王戦で疲弊していたフィルの体は弱かった。

 あたしが引っ張れるぐらい、力は失われていた。


 あたしは部屋につくと、おもいっきりドアを開いた。


 ──バタン!


 フィルの体を強引に部屋にぶん投げた。

 転がるように部屋に入ったフィル。

 眉をつり上げて、「なにすんだよ?」と文句を言う。


 文句を言いたいのは、あたしの方だ。

 バルを守るために限界まで戦ったんだ。

 あんたが一番ずたぼろだって、いい加減、気づきなさい!


「今すぐ寝なさい」


 あたしはフィルをビシッと指差して、いきおいよくドアを閉めた。


 ──バタン!


 ドアを封鎖をしてやろうかと思ったけど、あたしも魔力は残ってなかった。

 ため息を吐いていると、なりゆきを見守っていたふたりが声をかけてきた。


「勇者さん……大丈夫でしょうか……」


 神妙な顔でミーミルがいう。


「半身を失った顔をしてましたね……」


 アレクシも深刻そうに言う。

 彼の意見に同意だ。

 あたしはドアを見つめて言う。


「大丈夫じゃないでしょ。へらへら笑っていたんだから」


 辛いときに無理に笑うのは、あいつの悪い癖。

 そんな笑顔されても、あたしは嬉しくない。

 何年、側に居ると思っているのよ。

 そろそろ分かってよ。


「……寝かせたら、体は回復するはずよ」


 心は分からないけど。

 せめて、体だけは回復してほしかった。


 なのに。

 そんなちっぽけな願いも、あいつは叶えちゃくれなかった。



「何……してんの?」


 翌日。

 なんとか眠って多少、回復したあたしたちは、フィルの姿を見て愕然とした。


 フィルはベッドの隅で小さくなって、バル貴の砂が入った袋を指でいじっていた。

 砂の感覚を確かめているのか、袋のはしっこだけを何度も指がすべる。


 魔王戦のために着込んだ甲冑もそのまま。

 眠るときは外していたはずなのに、身につけたまま。

 時を止めたように、彼は昨日と変わらない姿だった。


 青い瞳は透明のまま。

 あたしたちを映さないで、こっちを見る。


「ん? どうした?」


 なのに、普通に会話してくる。

 腰の辺りがひやりとした。


 ねぇ、あんたは本当に生きている?

 あんたの魂は、ここにあるの?


 魔王戦(ブレイブ・シャイン)に置いてきちゃったんじゃないでしょうね。


 バルと一緒に、あの場所にいるの?


 思わず熱くなった目頭のまま、あたしはズカズカと大股で歩いて、ベッドに両手をつく。


「どうしたじゃないわよ……寝たの?」


 こいつの瞳の中に入りたくて、顔を覗き込む。

 フィルは、気まづそうに目をそらした。


「悪い。忘れてた」


 しゅんとする姿は、前と同じ。

 なのに、瞳だけがあたしを見ない。


「お前は、寝れたか?」


 そして、あたしを気にして、優しく微笑む。


 ブツン──と、何かがキレた。


「寝れるわけないでしょっ!」


 悔しい。ほんっとに、悔しい。

 あたしじゃバルの代わりになれないって分かってるけどさ。

 もうちょっと、頼ってくれたっていいじゃないっ!


「へらへら笑ってるんじゃないわよ! そんな優しさ、いらないのよ!!」


 フィルは何がなんだか分かっていないようで、目を泳がせた。

 あたしの怒りは頂点に達した。


「アレクシ!!」

「はい」

「こいつを熟睡させて!! あたし、魔力(MP)、足んないのよ!!」

「承知しました」


 あたしよりは眠った顔をしたアレクシが、ずいっと前にでる。

 あたしはフィルの両肩を掴んだまま、ベッドに押し倒してやった。

 呆気なくベッドに体が倒れる。

 回復をしていない証拠だ。


「寝なさい」

「寝ましょう」

「え?」


 ぽかんと間抜けな顔をするフィルの頭をがしっと、アレクシが掴んだ。

 容赦なく詠唱となえる。


 フィルは抵抗する間もなく、寝た。


 アレクシが手を離すと、ちゃんと寝顔が見えて、ほっとした。

 あたしは瞳にたまった涙を手の甲でこすった。


「ただ生きていればいいってもんじゃないのよ……」


 ばか。ばか。ばかやろう。


 あんたのバル貴は、そんな姿、望んじゃないでしょ?

 ブラコンなら分かりなさいよ。


 今こそブラコンを発揮して、生きてよ。

 バルは幸せになれって、遺言を残したでしょ。


 あんたが生きる理由、バルでいいからさ。

 お願い。

 あたしを置いていかないで。

 また、瞳に中に入らせてよ。



「……幸せにしてやるんだから……」


 こぼれる涙をぬぐって、あたしは誓いを立てる。


 今は無理でも、いつか必ず。

 こいつの笑顔を取り戻してやる。



「ふたりまとめて、あたしが幸せにしてやるわよ!」


 眠る姿がそっくりだった双子。

 彼らの寝顔に、あたしは誓った。


魔王戦の話は別にあります。

しかし、結末は変わっておりませんので、弟視点だと、報われない戦いになります。兄貴視点も最後に少しあります。

https://ncode.syosetu.com/n1876gw/


次から弟視点になります。

ゆっくり立ち直りますので、見守っててください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 弟の心が……壊れてしまった……。 それをヒシヒシと感じる回でした。
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