◼️ あの時、聖女は
兄貴が生きている頃、修業時代の話です。
千文字短編の方で兄貴が「いい嫁さんをもらえ」と言っていますが、その裏話です。
弟はフィル 兄はバルという名前です。
ギフト持ちが書いた本によると、日本っていう異世界には〝ブラコン〟って言葉があるそうよ。
意味は『男兄弟に対して強い愛着・執着を持つ状態』
その言葉を見たとき、あたしの頭に浮かんだのは、双子の幼なじみ。
二歳年下の彼らの顔は、そっくりだった。
さすが双子、と思うぐらい似てた。
性格も似てるわねえ……
どっちもブラコンとしか言えない性格をしているわ。
双子だからなのか。
それとも、片方が必殺技を出したら死んじゃうっていう運命のせいか。
あの兄弟は、あたしが入り込む余地がないくらい互いに思いあっていた。
ほら、今もさ。
弟フィルの為に兄のバルは、せっせと回復効果のあるおにぎりを作っている。
力任せに握っているから、米はつぶれているし、おにぎりにしてはやたら大きいし、見た目はまずそう。
手つきから見て、おにぎりを作ったことがないのがバレバレ。
塩むすびを作っているらしいけど、塩をかけすぎている。
食べたら、絶対、しょっぱいでしょうね。
でも、本当に楽しそうに、バルはおにぎりを作っていた。
今日は久しぶりの兄弟水入らずの日で、あたしもお休みの日。
ふたりもあたしも、別々の師匠のところで修行しているから、会えるのはたまにしかない。
あたしから見たら、うっきうきで帰ってきたバルはフィルを見て、ある告白をした。
「必殺技名は、ブラコンにした!」
あたしはたまたま側でそれを見ていたんだけど、バルの笑顔は光輝いていて、告白を聞いたフィルは絶句していた。
フィル、本当に嫌そうな顔をしていた。
その言葉をいって、必殺技を出される方の身を考えたら、嫌がる気持ちはわかるわ。
ただ、バルがブラコンを必殺技名にしたいって気持ちもわかる。
成り行きを見守っていたんだけど、フィルは本気で嫌だったらしく拗ねた。
「俺はブラコンなんて、嫌だからな! 絶対、必殺技は使わせない!」
捨て台詞をはいて、ダッシュしていっちゃった。
行き先はたぶん、おねぇ師匠のところ。
もっと強くなってやる、とか思って修行しようとしているんでしょうね。
ほんと、ブラコン。
バルの方を見ると、ちょっと切なそうに笑ってフィルの背中を見ていた。
「追いかけないの?」
声をかけたら、肩をすくめられた。
「やることがあるから、追いかけない」
「追いかけられない、の間違いじゃないの?」
そう言ったら目を丸くされた後に、彼は喉をくつくつ震わせた。
濁りのないまっすぐな青い瞳が、優しく細くなった。
あたしを見ているはずなのに、彼の青い瞳は違うものを見ていた。
あたしはそれ以上、何も言えなくなって。
いつものように黙ることにした。
バルもフィルが修行してくると思ったのでしょうね。
下手くそなおにぎりを作り出した。
メイドさんからエプロンまで借りて、うっきうきで作っている。
呆れて、ため息もでやしない。
この二人はほっとくのが一番だと思うけど、ちっちゃい頃から見ていたせいか、つい世話を焼きたくなる。
「ねえ、必殺技名を〝ブラコン〟にするのって、本気なの?」
「本気だ。俺らしいだろ?」
すぐさま返された言葉。
自覚のあるブラコンって、たちが悪いと思う。
「……やめたら? フィル、嫌がってたでしょ?」
「はははっ。嫌がってたな」
そこ、笑うところ?
「いいんだ、あれで。あれが一番、力がでる」
やけに大きなおにぎりを三つ作って、くすくす笑う。
嬉しそうな顔をしちゃって。
ほんと、ブラコン。
呆れてものも言えなくなったあたしに、彼は振り返った。
その眼差しはすべてを見通しているようで、あたしは思わず眉根をひそめた。
「なによ」
「ん……わかっていると思うけど、言っておこうと思って」
彼は太陽みたいに笑った。
「俺がいなくなった後は、フィルのことを頼んだ。あいつは強いから、ちゃんと乗り越えられるだろうが、見守っててやってくれ」
優等生みたいな台詞に、しかめっ面になった。
彼は本気でそう思っているだろうから、たちが悪い。
「そんなこと考えていないで、生き残ることを考えなさい。あんたはアタシたちが守るんだから」
語気を強めて言うと、切なく微笑まれる。
そんな顔しないでよ。ばかね。
あたしはフィルみたいにバルの気持ちを拒絶しきれない。
だって、こいつの気持ちもわかるから。
あたしは彼の目を見た。
あたしを見ない青い瞳を見据える。
「……安心しなさい。わかっているわよ」
青い目に輝きが戻る。
本当に嬉しそうに彼は破顔した。
ほんと、ブラコンなんだから。
笑ってくれたことに安心して、口角が持ち上がりそうになった。
けど、釘を刺しておくことにした。
「わかっていると思うけど、それ、フィルに言うんじゃないわよ。口を聞いてもらえなくなるわよ」
「はははっ……それは、困ったな」
本気で困った顔しないでよ。
これだから、ブラコンは。
目を据わらせて彼を見ていると、にっと笑われた。
「でも、ねえさんがフィルを見てくれるなら、俺も安心だ」
あまりに明るく笑うから、あたしは目をそらした。
「期待しないで。あたしはできることをするだけよ」
あんたの代わりなんて務まると思っていない。
「そうか? 俺としては、ねえさんがフィルと結婚してくれると安心だけどな」
さらっと言われたことに、喉がひきつった。
こいつっ……
あたしは動揺を誤魔化した。
「結婚するなんてわからないわよ。あたしだって……その……ほら、さ……」
何も言えなくなっちゃった。
あたしには恋している人がいないからだ。
好きな奴らなら、いるけど。
もごもごと口ごもるあたしを見て、彼はいつもの調子で笑う。
「ねえさんは、いい嫁さんになる。ねえさんほど、いい女を俺は知らない」
こいつっ……!
どこでそんな言葉を覚えてきたのよ!
弟が男になってしまったむず痒さを感じて、あたしの頬に熱が帯びる。
彼の口の端が意地悪く持ち上がっているのは、気のせいではない──と、思いたい。
あたしはムスッとして、踵を返す。
「フィル、そろそろ回収してくるわ。ふたりでおにぎり食べなさいね!」
あたしが歩きだそうとしたとき。
「ん? 三人で食べるんだろ? だから、おにぎりを三つ作ったんだが?」
あたしは口元をひきつらせながら、振り返った。
「あたしも一緒なの?」
「嫌なのか?」
「……嫌じゃないけど」
「そうか」
またにっと笑う。
あたしはとうとう深いため息をはいた。
ブラコンなのにさ。
他の人を寄せ付けないぐらい、ブラコンなのに。
平然とあたしを側に置かないでよ。ばか。
「……行ってくる」
「頼んだ」
自分が行かないのは、フィルをムキにさせないためね。
いいわよ。あたしが間に入ってあげるわよ。
ムカムカしながら、フィルがいそうな鍛練場所へ向かう。
案の定、鍛練場にいた。
あたしには気づかないようで、もう一人のブラコンは、汗だくになっていて鍛練場をうろうろしていた。
手には真剣が握られていた。
剣を握っている手はぼろぼろで、血がにじんでいた。
バカみたいに素振りをした跡が見えて、あたしは嘆息する。
ほんと、どっちも、ブラコン。
あたしは大股でフィルに近づいた。
足音に気づいてフィルが振り返る。
顔は驚いていて、なんでここにいるんだ?と言っているみたいだった。
フィルはね。
かなり鈍い。
だから、ブラコンだって思うのよ。
だけど、こいつの青い目はあたしが映っていた。
ちゃんと、あたしを見る青い瞳に安心する。
声が届くと思えるから。
あたしはフィルの頭をひっぱたきながら、彼を回復して、とっととバルの方に連れて帰った。
どうやって、連れて帰ったかって?
とっても簡単よ。
「兄貴がおにぎりを作っている。あんたの部屋中、おにぎりだらけよ」って言ったら、「あのバカ兄貴! なにやってんだよ!」って言って、すっとんでいったわ。
ほんと、どっちもブラコン。
走り去るフィルの背中をみて、ふふって笑っちゃった。
部屋に戻って、下手くそなおにぎりを三人でほおぼる。
バルはとても嬉しそうに笑っていて、フィルは膨れっ面。
その光景に笑っちゃった。
あたしは、ふたりが一緒にいるところが好きだった。
言い争いばっかしているけど、じゃれあいにみえて微笑ましかった。
とても好きだったの。
それは恋なのか、家族としての情か分からないけど。
ふたりが一緒にいるのが好きだった。
たまらなく、好きだったのよ。
だから、こんなフィルの姿は見たくなかった。
弟視点の必殺技名の話は活動報告にあります。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1431496/blogkey/2770382/




