◼️ その時、勇者の師匠は
弟勇者の師匠視点です。師匠はおねぇです。
ひっく。
あー、足元がふらつくわ。
ちょっと、葡萄酒を飲み過ぎたかもしれない。
アタシは葡萄酒のビンを片手に握って、外を歩いていた。
時刻は夜。
まんまるなお月様が、空に浮かんでいた。
道を歩いていると、酔っぱらい達とすれ違う。
家に帰る途中で寝てしまったのか、道端でいびきをかいている人もいる。
店の横を通りすぎれば、陽気な笑い声と共に、葡萄酒の匂いがした。
どこもかしこも酔っぱらいだらけね。
それもそうよねえ。
なんたって今日は、人々を恐怖で支配した魔王が滅びた日なんだから。
お祝いに、王宮から無料で葡萄酒まで振る舞われちゃってさ。
身分関係なく、みんな葡萄酒を片手に、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。
まあ、アタシだって酔っぱらって、ふっらふらなんだけどね。
アタシの場合は、浮かれているっていうよりも、やけ酒。
呑まなきゃ、いらんなかったのよ。
ふらつきながらも向かうのは、かつて勇者王と一緒に戦った仲間のところ。
仲間は二人いるわ。
最初に一人目の仲間、白魔導師の家に行ったんだけどね。
「今日は男漁りに忙しいから、オカマとは飲む暇はない」って言われて、追い出されちゃったのよ。
もー、さー。
相変わらず、可愛くない態度で、やんなっちゃう。
いっくら、白魔導師がボン、キュッ、ボボンの体型を維持しているっていってもね、年齢を考えて物を言ってほしいわ。
あいつ、見た目によらず、結構ババアなのよ。
アタシだって化粧をしてなきゃ、中年のオヤジだけどさ。
その年齢で、男漁りはないでしょー。
もうちょっと、マシな嘘を言ってほしいものだわ。
「一人で泣く気でしょ?」って、言ったら、図星だったらしくて「ハゲ頭の所へでも行けばいいでしょっ!」って、わめかれちゃった。
それで、白魔導師ったら。
家一件、まるごと防御魔法をかけて、ひきこもっちゃったの。
しょうがないから、アタシはハゲ頭の所に向かっているのよ。
こんな日は、仲間と呑みたい気分だからね。
ハゲ頭の家に着いた。
竹林の中にある平屋の家をしげしげと眺める。
街は煉瓦作りの家が多いから、この家だけ異空間みたいね。
ハゲ頭は忍びの一族だから、日本家屋にすんでいた。
なんで、忍びなのかって?
ここは、日本っていう異世界が作ったゲームっていう世界だからじゃない?
それ以上のことは知らないわ。
引き扉に手をかけると、簡単に開いちゃった。
鍵、かけてないみたい。
靴を脱いで、ずかずかと大股で畳部屋を歩いていくと、ハゲ頭に髭をたくわえた老齢の格闘家がいた。
家に灯りもともさず、縁側で月見酒と洒落こんでいたわ。
皺が刻まれた顔がアタシを見る。
薄明かりで表情はよく見えない。
けど、元々、表情の筋肉が死んだやつだから、無表情でも気にならなかった。
「ちょっと邪魔するわよ」
声をかけると、ハゲ頭は黙って小皿に入った酒を煽った。
ハゲ頭の隣にどかりと座る。
「……酔っているのか?……」
声をかけられ、アタシは持っていた葡萄酒のビンに口をつけた。
ぐびぐびと一気飲みしたら、空になっちゃった。
「酔っているわよ……呑まなきゃやってらんないのよっ……」
すんと鼻を鳴らす。
ここに来る前に散々、泣きわめいて酒を煽ったのに。
仲間の顔をみたら、また泣けてきた。
だってさ、アタシは勇者──と、言っても、弟の方だけど。
勇者のお師匠さんをしていた。
あ、ハゲ頭はお兄ちゃんの方のお師匠さんよ。
白魔導師は、聖女ちゃんね。
このふたり、親子よ。
アタシとハゲ頭は先王の遺言通り、勇者を育ててきたの。
六歳から知っているし、仲間の子供だからさ。
双子の勇者は、自分の子供のように可愛いかった。
そんな可愛い子の一人が、逝っちゃった。
悲報を伝えてきた男を、おもいっきり殴るぐらい動揺したわ。
──デマを言うんじゃねえ! 俺の弟子が兄を守れなかったっていうのかよ!
乙女の言葉を忘れて怒鳴りつけた。
恥ずかしいったらないわね。
でも。
アタシの愛弟子はさ。
ほんとっ、おにいちゃんのことが好きで、バカみたいに修行をしていた。
アタシがぼっきぼきに骨を折ってやっても、それでも向かってきたのよ。
たいしたもんよ。自慢の弟子なの。
だからさ。
弟子の願いを叶えてあげたかった。
アタシは、アタシの勇者を亡くしているから、余計にね。
叶えてあげたかった。
「酒え!!」
アタシは悲しみを振り切るように、ハゲ頭にいった。
彼が呑んでいる酒瓶をひったくる。
ハゲ頭は、無言だった。
酒を一気に呑もうとして、むせた。
喉が燃えるように熱くなる。
「げえっほっ!」
嫌あねぇ。
乙女に何させるのよ。
「……ちょっと、何よ、これ」
「弔いの酒じゃ」
ハゲ頭はのそのそと動いて、家の奥から酒瓶を持ってきた。
ほれ、と酒瓶を差し出される。
アタシは酒瓶を受け取った。
目をこらしてハゲ頭を見ると、皺の深い頬に涙の跡があった。
愛弟子を亡くして悲しがっているのは、あんたも一緒ってことね。
ったく、昔から分かりにくいのよ。
「それならそうと言いなさい。丁寧に呑むから」
「……そうか」
彼はまた家の奥にいって、小さな皿を持ってきてくれた。
青い皿だった。
青いのが憎らしい。
あの子達の目と、アタシの勇者の目と一緒じゃない。
思い出して、泣いちゃうわよ。
酒をちびちび注ぐ。
「ねぇ、アタシたち……あいつの約束を守れたかしら」
青い皿には透明の酒が広がった。
先王にそっくりな青さ。
「あやつなら、叱りはせんだろ。そういう奴だ」
淡々と言われて、笑っちゃったわ。
「そうねえ……叱りは、しないでしょうね」
息子を死なせたアタシたちに対しても、ありがとうな!と、快活に笑うような気がする。
その笑顔が好きだったのは、内緒の話よ。
「あいつはどうしている?」
思い出に浸っていたら、ハゲ頭が声をかけてきた。
「あいつって、白魔導師?」
「あぁ……」
「なんか、男を漁るんですって。一人にしてってことでしょ?」
「そうか……」
酒瓶を持って、のっそりとハゲ頭が立ち上がる。
「なに? 行くの?」
ハゲ頭がぐいっと酒を煽る。
「仲間が泣いておるのだ。いってやろう」
アタシはやれやれと立ち上がった。
「家中、防御魔法でガッチガチよ」
「主と儂がいれば、突破できるだろ」
「……家、壊れるわね」
「建て直せばよい」
「それもそうねえ」
弔いの酒を持って、ハゲ頭の家を出た。
月夜の下を二人で歩く。
めでたい、めでたいと歌う人々の声を聞きながら、アタシたちは仲間の元へ。
──ドカン! バキッ! メキメキっ!
白魔導師の家を半壊させた。
酔っぱらっていたから、加減なんてできなかったのよ。
しょーがないわよねー。
天井をぶっ壊したら、くちゃくちゃの顔で泣いている白魔導師がいた。
やっぱり、男漁りなんてしてないじゃない。
白魔導師は泣きながら怒ったわ。
「あんたたちって、ほんとっ……ほんとっ! 昔からデリカシーがないわ……!」
ハゲ頭と顔を見合わせる。
そんなこと、今さら言われてもねえ。
「いくら心の壁を作ったって、無駄よ。アタシら仲間じゃない。あんたのことなんて、お見通しよ」
泣いてる仲間をほっとけるわけないでしょ。
まあ、一度は放置しようと思ったけどね。
それは、それ。
「どうするのよっ……あたしの家っ……」
「あー、はいはい。後で直してあげるから」
「なによぉ……あんた! 化粧はどうしたのよ! なんですっぴんなのよ!」
手厳しいことを言われたわ。
「あんた、あの子達の前では、化粧は崩さないって……言ってたじゃない!」
あー、そうね。
濃い化粧をすると、気合いが入るのよ。
「あの子達の前では、化粧は崩さないわよ……今日ぐらい、許しなさい」
ハゲ頭が酒瓶を差し出す。
「呑むぞ」
「もおおぉ……あんたも泣いてるんじゃないわよっ……ちょっとは表情崩しなさいよっ……!」
ぐずぐすに文句を言う白魔導師に寄り添う。
肩を寄せあって、アタシたち三人は酒を呑んだ。
泣きたい日は、仲間と一緒に呑むのがいい。
天井をぶっ壊したから、丸い月が見えた。
太陽みたいに白く発光していた。
まんまるなお月様。
勇者たちの笑顔にそっくりね。
「あの子たち……大丈夫かしら……」
白魔導師が切なく呟く。
「大丈夫じゃないでしょ……」
「そうよね……」
アタシはすんと鼻を鳴らしながら、弟子を思う。
「あの子、強いからね……それに仲間もいるし」
アタシは勇者を失ったけど、仲間がいたから、やってこれた。
弟子もそうなればいい。
いつかでいいから。
アタシらみたいに立ち直ってほしい。
まんまるなお月様に、そう願う。
「とりあえず、帰ってきたらハグするわよ。みんな、よく頑張ってきたんだからねー」
「……あんたの胸筋に抱かれたら苦しそうね……」
「あら、失礼しちゃうわ」
泣きながら、仲間と一緒に笑う。
兄を失ったかもしれないけど、あんたには仲間がいるよ。
弟子に伝わればいいと願いながら、アタシは弔いの酒を煽った。