◼️ その時、勇者の母は
タイトルが母になりましたが、引き続き、王太后の話です。
夫の死は、翌日、国中に知れわたった。
転移魔法を介して文が届けられ、各地の領主たちが民に伝えてくれたのよ。
夫の葬儀は王内で厳かに行われて、わたくしの甥が王位を授かった。
まだ九歳という若さ。
でも、彼は次の王になるために教育されていたから、泣いても、背筋を伸ばしてくれた。
夫の崩御に民は心を痛めてくれて、城門前に白い花がたむけられた。
二本。
ひっそりと置かれた白い花は、翌朝には城門前を覆うほどになったわ。
夫の死を経て、わたくしはどこか壊れてしまったのかもしれない。
六歳になる我が子たちに、父親を亡くしたばかりのあの子達に、勇者になる道を告げたのだから。
二人は初代勇者さまの力を色濃く受け継いでいる。
髪の毛もそうだけど、彼らの魔力も体力もそうだったの。
二人は、魔力と体力の最大値が異様に高かったのよ。
この数値はね。異世界から転生したギフト持ちと呼ばれる技術者が、長年かけて開発した計測値で判定できたの。
ステータスの表示、と彼らは言っていたわ。
長男は魔力の最大値が高く、体力は低い。
次男は魔力がゼロに近く、体力の最大値が高い。
二人が一人になれば、初代勇者さまと同等の魔力・体力が得られるだろうと言われていた。
初代勇者さまが魔王を倒した必殺技も出せるだろうって。
でも、彼らの能力を見ると必殺技を出せるのは長男だけ。
無詠唱で行う必殺技は、体にある魔力を神化させるもの。
現世に肉体をとどめておくには、神化をさせない強靭な体──HPの高さが必要だろうと言われていた。
長男の体力では、肉体が持たない。
骨さえ残さず、肉体が滅びてしまうだろうと、言われていた。
その残酷な真実を、わたくしは息子に告げたの。
母としての情は捨てて、毅然と言ったわ。
話を聞きおえたとき、長男はわたくしを見て黙っていた。
先に声を出したのは次男だった。
顔を真っ青にして、瞳には涙をためていた。
「……じゃあ、にいちゃんは、その……必殺技というのを出したら死んじゃうの?」
わたくしは眉根をひそめて、静かに頷いた。
可能性は限りなく死に近かったから。
わたくしは隠さなかった。
次男は大粒の涙を瞳にためて、ぼろぼろと、こぼした。
「そんなの嫌だ! いやだ! いやだ!」
小さな体を震わせて、わたくしたちに、世界に、嘆きをぶつけていた。
「なんで、にいちゃんまで死ぬんだよ! とうさまは死んじゃったのに……なんで、にいちゃんまで……! いやだ! そんなのいやだ! いやだああっ! うあああっ! ああああん!!」
喉がさけそうなくらいの泣き声。
六歳の子供に話すには、辛すぎる現実に寄り添ってあげたかった。
でも、わたくしは歯を食い縛った。
「なら、強くなりなさい」
涙が頬を伝った。
ごめんなさいという気持ちを隠せない。
それでも、言葉だけは勇者の母でありたかった。
次男はぐずぐずに泣きながらも、こっちを見てくれた。
青い瞳には、あの人と同じ強い輝きがある。
「あなたも勇者の血を引いた子供。あなたは強い体をもっています。あなたは、鋼の勇者。強くなって、勇者になりなさい」
次男は泣きながらも、こくこく頷いてくれた。
何度も頷く健気な姿に、愛しさと罪悪感がこみあげて、彼を抱き寄せようと、手を伸ばしかけたとき。
「かあさま」
ずっと黙っていた長男が声をだした。
凛とした声だった。
憂いも迷いもない。
まるで、あの人のような声。
わたくしは伸ばしかけた手を引いて、長男を見た。
「俺も勇者になります」
青い瞳に射ぬかれ、わたくしは呼吸がとまりそうだった。
「何いってんだよ! にいちゃんは俺が守るんだっ!」
次男が怒っていうと、長男はにっと口の両端を持ち上げた。
「弟を守るのは、兄の役目だろ?」
「俺が守るの!」
「なら、どっちが先に強くなるか勝負だ!」
はははっと笑った長男に、地団駄を踏む次男。
兄弟で張り合う光景を、わたくしは呆然と見ていたわ。
長男がわたくしを見る。
太陽のような笑顔が、そこにはあった。
「かあさま、俺たちは二人で勇者になります!」
頼もしい言葉は切なくて、泣きそうだった。
自分が泣いてはしめしがつかないと、震えそうになる唇を噛みしめ、子供たちを両手を広げて抱きしめる。
めいっぱい。
愛しい命を抱きしめた。
嗚咽をもらさないように、歯を食い縛って。
「大丈夫ですよ、かあさま。俺たちが魔王を倒します」
長男が励ますように言う。
あぁ、そう。
そうなのね。
あなたは、その時がきたら迷いなく必殺技を出すのね。
……ほんとうに、父親にそっくりなんだから。
そんな所、似なくてよかったのに……
息子というのは、父の背中を追いかけるものなのかしら。
わたくしは何も言えなくなって、ただ小さな勇者を精一杯、抱きしめた。
あの日から時は巡り、とうとう、その日が来てしまった。
二人の生還を願った祈りも届かず、息子の一人は夫の元へいってしまった。
息子が誇らしい。愛しい。
でも、辛い。辛いわ……
次々とあふれては、涙が流れていった。
すがるように夫の肖像画をみる。
「あなた……わたくしはよい母ではなかったわ……」
弱く無力なわたくしは、息子を死地に送ることしかできなかった。
「そちらにいったら、うんと、褒めてあげてくださいね。あの子はとても頑張ったはずですから……」
六歳からあの子たちは、勇者になるために夫の仲間の元にいった。
過酷な修行をしていた。
一年に一度。
わたくしの誕生日の日だけ帰ってくる息子たちは、いつも傷だらけだった。
そんな息子たちにかける言葉にいつも迷って、わたくしは抱きしめてあげることしかできなかったの。
わたくしはよい母ではなかった。
だから、せめて。
わたくしは涙を手の甲で乱暴にぬぐって、ドレスの裾をさばきながら歩いた。
部屋を出て、待っていてくれた側近に声をかける。
「触れの準備はできましたか」
彼はわたくしの顔をしばらく見つめた後、重い口を開いた。
「はい。早馬で知らせております。国の隅々まで行き渡るでしょう」
人と馬を使ってくれたのね。ありがとう。
文を出すより、人の手で伝える方がよいでしょう。
魔王が本当に滅びたのか、民は疑うでしょうから。
「ありがとう。出ていった者たちに、後で恩給を」
「かしこまりました。……城の周りに民が集まっております」
「分かりました。化粧をしたら、出るわ」
わたくしは笑顔を作って、侍女たちに目配せをした。
「厚化粧をしてね」
茶目っ気たっぷりに言ってみたけど、ダメね。
泣かれてしまったわ。
わたくしは眩い青空の下、真っ白なドレスを身につけて民の前にでる。
悪意は、恐怖はなくなったと、民に示すために。
王宮前の広場がみえるバルコニーにわたくしは立った。
多くの人びとが集まっていたわ。
固唾を飲んでみなが、わたくしを見る。
人々から出ていたざわつきが消えた。
わたくしは胸をふくらませ、笑顔で両手を広げる。
「みなさま、魔王は滅びました!」
声を張ろう。国中に知らせるように。
青空に声を響かせよう。
「勇者が魔王を倒しました! 厄災はなくなったのです!」
彼らの勇姿を、共に称えましょう。
悲しみはそっと置いて。
笑顔で喜びあいましょう。
「魔王は、勇者が、滅ぼしました!」
一瞬の静けさの後、歓声が沸き上がる。
被っていた帽子をなげて喜ぶもの。
晴天の空の下、人々は笑顔になってくれた。
見ていますか、あなた、そして、愛する息子たち。
あなた方が守ったものが、ここにありますよ。
ごく当たり前に暮らす平穏を、守ってくれてありがとう。
わたくしはあなたの妻で、あなたたちの母であることが喜びです。
「立派でございました……」
側近の彼が声をかけてくれる。
それに微笑みをかえして、首をふった。
「わたくしは勇者の妻で、勇者たちの母ですから」
泣きそうな顔をする彼に声をかける。
「国中に葡萄酒を振る舞いましょう。今日は、お祝いの日です」
彼は頭をさげて、すぐに動いてくれた。
弱いわたくしができること。
それは、勇者をいつまでも称えること。
英雄伝を後世まで伝えましょう。
いつかまた、魔王が復活したとき。
一人でも多くの人が泣かないように。
多くのものを残しましょう。
それが、わたくしがわたくしを誇れる唯一だと、信じて。