◼️ その時、国の側近は
◼️のつくお話は主人公を取り巻く人々の話です。双子の勇者は一国の王子です。しばらく、双子の勇者を見守ってきた人々のお話が続きます。◼️の話は裏話になりますので、本筋から外れます。読み飛ばし可能です。
私は受け取った手紙を握り潰さないよう、必死に感情を殺していた。
手紙には、魔王討伐に成功したことが書かれてある。
私が皺をつけてよいものではない。
分かってはいるが、手の震えは止まらなかった。
魔王討伐は喜ばしいことだ。
しかし、幼少期からお仕えしてきた殿下の訃報は、私の心をえぐった。
手紙は筆跡からみて、聖女さまが書かれたのだろう。
細く震えた筆跡に、彼女がどんな心境でこの四行をしたためたのか。
考えるだけで、私の目頭は燃えるように熱くなった。
魔王討伐に成功。
第一王子、必殺技を使い死す。
迷いのない最期。
他のメンバーは全員、生還。
淡々と書かれた文字。
迷いのないの文字だけ、筆圧が強い。
それだけで、戦況を知らなくても、殿下がご立派な最期だったのだと分かった。
魔術師さまが転移魔法で届けてくれた一報を、早く王太后様に届けねば。
「……王太后様へお伝えしてくる」
手紙をもってきた者に声をかけると、彼は深々と頷いた。
私は目頭を揉んで、城内にある聖堂へ歩きだした。
王太后様が聖堂でこもってから、丸二日が経っていた。
魔王との戦いが始まってから、王太后様は神に祈り続けている。
十字架を前で膝をつき、目を閉じて、その場を動こうとしなかった。
まるで、彫刻にでもなってしまったかのように。
王太后様は身じろぎひとつ、しなかった。
その姿に私をはじめ、誰も、何も、言えなかった。
王太后様は十年前に王を亡くして以来、この国の摂政をされていた。
王太后様の甥にあたる今の国王が成人するまで、表だって国を動かしてきたお方だ。
亡き王の意思を受け継ぎ、国を魔物の手から守りつつ、勇者を育てたお方であった。
だが王太后様は、殿下たちの母であったのだ。
誰よりも、二人を思っていた。
母親、だったのだ。
カツン──と、大理石の床に私の靴音が響く。
聖堂に入って数歩。
王太后様に近づくと、静かに立ち上がってくださった。
音に気づいたのか。
あるいは、すべてを察してくださったのか。
王太后様はいつものように、微笑を浮かべていらした。
ずいぶんと、やつれておられる。
それでも、伸びた背筋は、彼女が王太后である何よりの証だ。
私は頭をさげて、挨拶をした後、どう声をかけるべきか迷った。
「魔王との戦いが終わったのですね……」
迷っているうちに声がかけられた。
私は声を出せなくなってしまって、口を引き結び、頷いた。
「そうですか……あの子たちは……勇者の使命を果たしたのですか……?」
王太后様の優しい声が、余計に辛かった。
私の方が先に泣いてはいけまいと、涙をこらえる。
悲しいのは、苦しいのは、この方も一緒だ。
この方は、まだ泣いてはいない。
「……殿下方は……立派に使命を全うされました。魔王は滅びました。お一人は必殺技を出されたそうです」
王太后様は微笑みを深めた。
「そう……なら、下の子は生きているのね……」
私が頷くと、王太后様は「そう、そう」と何度もおっしゃった。
前に組まれていた手が震え出す。
王太后様は天を仰いだ。
「……あの子は、守ったのね……」
王太后様の白い頬に光るものが流れていった。
それを見て、私も目頭をおさえる。
「一刻だけ……時間を頂戴……」
声だけは毅然として、王太后様はおっしゃった。
「あの人に報告に行ってきます。終わったら、国民の前に出るわ。魔王討伐の知らせを国中に出す準備を……」
「……かしこまりました」
私は深く頭をさげた。
大理石を歩む足音が響く。
音は、私の横を通りすぎる前に止まった。
「王太后様……!」
控えていた王太后様付きの侍女の声。
駆け寄る数人の足音で、私は顔をあげた。
目の前には、床に四つん這いでうずくまる王太后様の姿があった。
細い体を震わせて、はたり、はたりと、王太后様の涙が大理石の床を濡らす。
耳に届く小さな声は、亡くなった殿下の名前だった。
何度も名前を呼ぶ声に、その場にいた全員が泣いていた。
殿下。
殿下はご立派でした。
私は殿下を誇らしく思います。
ですが、殿下。
殿下のいない世界は。
とても、とても、寂しゅうございます。
生きていてほしかったと。
私は思ってしまうのです。
「ありがとう……ここでいいわ……」
泣き腫らした目元をゆるめて、王太后様はおっしゃった。
その姿は頼りなさげで、痛々しい。
侍女数人に支えられ、王太后様は一人、自室にお戻りになった。
きっと、亡き王とお話をされるのだろう。
「二人だけにさせてあげよう」
侍女たちに声をかけて、私は早足で歩き出す。
数人の文官と衛兵に指示をだす。
「触れの準備を、魔王討伐を国中に知らせるんだ」
早馬が用意された。
いななく声を響かせ、青空の下を馬を駆ける。
知らせを受け取った多くの人を笑顔にするために。