1. 空が青いや
空が、青いや。
雲一つない、ただ、ただ青い世界が、俺の目の前にはあった。
青い世界に一点だけ、白く発光した輝きがある。
太陽だ。
けど、こんなに眩しかったか。
直視できないほどの輝きだ。
……そっか。
さっきまで俺と太陽の間には、兄貴がいたから、こんなに強く光を感じなかったんだな。
魔王を倒すために必殺技を出した兄貴は力の発動と引き換えに石化して、俺の目の前から消えてしまった。
石になった兄貴は脆かった。
体は全部、砂になっちまった。
骨さえ残してくれないなんてさ。
そんなの、たまんねえよ。
無力感を嘆いて、兄貴だった砂を必死にかき集めて。気がつくと、俺は空を仰いでいた。
太陽が眩しい。
この輝きが、最終戦のフィールド名──ブレイブ・シャインの由来だろうか。
目を細くすると、風が俺の頬をなでていった。
泣きわめいたせいで俺の頬は熱く、通りすぎた風は、やけに冷たかった。
空を仰いでいると、視界の端に聖女──エルサの手が見えた。
うまく回らない頭で彼女の手を見ると、十字架が縫われた袋が握られていた。
「それ……持ってたんだな……」
兄貴が必殺技を出した後のことを考えて用意された袋だった。
棺とも言える袋には、一針一針、シスターが祈りを込めて十字架を縫ってくれた。
出立前に手渡されてたものだったけど、俺は必要ないから、と言って持っていくのを拒んだ。
エルサが地面に膝をつけて、袋の口を開く。
俺はぼんやりとした頭で、彼女の行動を見ていた。
固く握られたままだった俺の手をとり、指を一本一本、解いていった。
俺の手のひらには、かき集めた兄貴の砂があった。
夢中で集めたはずだったのに、砂はわずかしかない。
足元の地面は、俺の涙でぐちゃぐちゃで、砂は泥になっていた。
大地の砂とまじって、どれが兄貴だったのかもう分からない。
辛い笑みが、思わずでた。
エルサは俺の手を傾けて、袋に砂をいれた。
強く握っていたせいだろう。
砂が手のひらに食い込んでいた。
ほとんどの砂が手にはりついていて、さらさらと流れていかない。
彼女は指で優しく、砂をはらってくれた。
太陽の光を取り込んで、砂がキラキラと瞬きながら、袋に落ちていく。
きれいだな。
これが、命の輝きってやつなのかな。
砂をしまうと、彼女が袋の口を縛った。
袋には長い紐がつけられていて、彼女は俺の頭に紐をくぐらせた。
袋が首から下げれる。
はしっこしか砂で膨らまず、ぺしゃんこな袋になってしまった。
兄貴の砂、これしかないのか。
少ないな。
「あんたの兄貴は勇者だった」
エルサが枯れた声で言う。
顔をあげて見た彼女の表情は、姉貴みたいな厳しさと優しさがあった。
「あんたも勇者だったよ」
真っ赤な目で言われたことに、苦笑する。
兄貴は勇者だった。
それは間違いない。
勇ましく生きて、俺たちを守った戦士だった。
だけど、俺はどうだろう。
もっとできることがあったんじゃないかって、考えちまう。
俺がもっと強ければ、今も兄貴は側で立っていたんじゃないかって、後悔ばかりが胸に広がる。
エルサは眉根をひそめて、俺の頬を両手で掴んだ。少し乱暴に。
「あんたたちはどっちも勇者だった! どっちが欠けても魔王は倒せなかった! 二人で限界まで戦ったから、魔王は倒せたんでしょ!」
悲痛な声は、俺の弱い心に響いた。
なんだよ。
そんなこと言われたら、俺は俺を赦するしかないじゃんか。
優しいこと言うなって。
泣けてくる。
俺は涙を飲み込んで、肩を震わせた彼女の手に自分の手をそえた。
「……俺たちだけじゃなく、みんながいたからだろ」
集まってきた仲間──後方支援のミーミルと魔術師のアレクシに目をむける。
みんなぼろぼろで、散々泣いたから、疲れきっていた。
早くフィールドから出て宿にいきたい。
みんなを回復させないと。
俺はエルサの手をのけると、立ち上がった。
「帰るか……みんなで、帰ろうな」
俺は袋を握りしめて、口の端を持ち上げる。
全員が悲痛な顔をしたけど、心配すんな。
俺は死なないよ。
兄貴が残してくれた命だ。
燃え尽きるまで、精一杯、生きていくから。
もう泣かない。
もう一度、俺は空を仰いだ。
やっぱり、空は澄みきってきて、兄貴の笑顔みたいだった。
肩の力が抜けて、笑っちまった。
そんなに心配するな。
兄貴が笑うときは、俺を心配してるときだって、バレバレなんだよ。
大丈夫だよ。生きていくから。
青空に背を向けて、仲間たちと共にブレイブ・シャインを後にした。