11.ユートピア
今までの前提を覆す突飛な設定がでてきます。
18時に改稿しました。
王立施設『ユートピア』
ギフト持ちがあつまる技術者集団の設立は、俺が産まれる前、先々代の王──お祖父さまが初めたものだ。
お祖父さまは、運命の女神ノルンから、お告げを聞いたそうだ。
──この世界を悪しき者が支配しようとしています。魔王の復活があります。勇者も復活するでしょう。世界を魔物から守ってください。
お告げを聞いた後は、空から雲間を割って世界樹の根が突き抜けてきたらしい。
突然現れた太い木の根に、お祖父さまは腰を抜かしたんだってさ。
ユートピアの建物は、その巨木を囲うように作られていた。
この根には不思議な力があって、触れると【前世の記憶がよみがえる】というものだ。
ただ条件があって、よみがえるのは、日本という異界に住んでいた人々だけだ。
この世界で生まれて、再び生をうけたものは、記憶がよみがえらない。
世界樹は、ギフト持ちを見つける巨木だった。
ギフト持ちの人々には、ある共通点がある。
それは、魔法も、剣も使えないというものだ。
要はモンスターを倒す能力はないってことだ。
能力は技術だけ。なんでも、世界に干渉する力を持っているとか、いないとか。
説明を受けたけど、よくわかっていない。
魔法は世界が、人に授けたもの。
その逆だって言われたけど、理解が追いついていないな。
よく分からないが、世界を変える力、と言われた。
父上が産まれたときに、急にギフト持ちが増えたから、お祖父さまは王立施設を作ったって話だ。
俺もユートピアの施設には何度か出入りしている。
知り合いの技術者がいて、ヤーコプっていう名前なんだ。
彼は自分のことをサラリーマン社畜と呼んでいた。
「俺はどぐされだったから、死ぬ寸前まで働く」なんて言っててさ。
いつも目の下に隈を作って、煙草をふかしていた。愛想はない奴だな。
だけど、俺たちのレベルが早く上がるように、魔物の経験値が見える機械を作ってくれたりしたんだ。
──後悔すんじゃねえぞ。失ってからじゃ、遅いんだ。
そう言って、俺たちを後押しした。
……結局、俺は兄貴を失ったし、後悔もすげえしているけど、前を向くために、俺と仲間は再びユートピアの施設を訪れた。
訪問を先に伝えておいたからか、ヤーコプが出迎えてくれた。通されたのは、会議室と呼ばれる場所だ。
四角い机に椅子が並んでいて、装飾品がないがらんとした部屋だった。
ヤーコプは顔色が悪そうで、着ていたシャツはヨレヨレ。前よりひどい隈ができている顔を見て、ギョッとした。
「久しぶり……だな。ちゃんと、寝てんのか?」
声をかけると、ヤーコプは俺をじっと見た後、椅子に座った。胸ポケットから灰皿と煙草をだした。
煙草に火をつけてふかしだす。ヤーコプの口から白い煙と、すえた匂いがもわっと出た。
無言でいるヤーコプに首をひねりながらも、俺たちも椅子に座る。
「……モンスターのことを聞きたいんだってな……」
ヤーコプが俺たちを見ずに話しかけてきた。
「そうだ。魔王は倒したのに、モンスターは消えてない。なんでか知りたくて」
「なんでか? はっ。そりゃ、この世界がRPGゲーム〝ラグナロク〟だからだろ」
ヤーコプは半分しか吸っていない煙草を灰皿に押し付けて、新しい煙草に火をつける。
「モンスターは全滅できない。倒しても倒しても、自然に発生する。自我も、意志もない。繁殖能力もない。ただ倒されるために存在するものだ」
「倒されるためにか……?」
「そうだ。おまえらみたいな、勇者、聖女、魔術師っていう戦う者たちのレベル上げのために存在している。金を落とすのは、強い武器や防具を買うためだ。モンスターは冒険者が強くなるためだけに存在してんだよ。モンスターにもレベルがあるだろ?」
「あ、うん」
「レベルが低い冒険者は、レベルが低いモンスターを相手にする。魔王を倒すまでの道のり、最初のモンスターのレベルは低かっただろ?」
レベル1のスライムを思い出して頷く。
「弱かったな」
「魔王に近づいたときは、モンスターのレベルはどうだった?」
一人で戦った巨大狼のレベルは65だった。
「強くなっていたな」
「だろ?」
「モンスターはおまえたちのレベル上げと、資金を与えるためだけに存在しているものだ。それ以外の価値はない」
この世界はゲームだからな、と言われた。
「じゃあ、人を襲う可能性はまだあるのか……」
呟くと、ヤーコプは否定した。
「ないな。ゲームクリア後のサブシナリオが、追加配信されない限り……」
「サブシナリオ?」
ヤーコプは俺から目をそらした。
「気にするな。ともかく、モンスターが村が襲うことはねえよ」
吐き捨てるように言われて、俺はむっとした。
「意味、わかんねえよ。ちゃんと説明しろ」
ヤーコプはがりがりと頭をかきむしった後、短くない煙草を灰皿に押し付けた。
「もう話すことはねえ。おまえたちは魔王を倒した。もう驚異は去った。後は、のんびり暮らせ」
そう言って、話を切り上げようとする。
「ちょっと待てよ!」
俺はヤーコプの肩を掴んだ。それを乱暴に振り払われる。これ以上、話すことはないと、言いたげな態度をされた。なんだっていうんだ。
にらみ合いをしていると、会議室のドアが開いた。別の技術者が部屋に入ってきた。確か、ヤーコプの上司だ。顔は憔悴しきっていた。
「ヤーコプ……勇者さま方の力を借りよう。我々たちだけじゃ無理だ」
ヤーコプの表情がかっと怒りにそまる。
「こいつらに、全部、話すっていうのかよ! バルドスを目の前で亡くしたこいつらに!」
どくんと、心臓が跳ねた。
なんで、兄貴の名前がでるんだ……
顔をひきつらせながら、静かに尋ねた。
「……兄貴がどう、したんだ……よ」
声をひきつらせながら尋ねると、ヤーコプは舌打ちして、頭を抱えたまま、椅子に乱暴に座った。苦悩した姿に、俺は息をとめた。
上官がすがりつくような視線を、俺たちに向ける。
「勇者さまたちには、辛い話になります。それでも聞かれますか?」
最後通告だと言いたげな声だった。俺は無意識に首から下げた袋を握った。仲間たちを見ると、全員が目を広げて、呆然としている。
俺はもう一度、袋を掴んで手を離した。
「俺は知りたい。兄貴に関わることなら余計にだ」
仲間たちを見渡す。
「みんなは席を外すか?」
静かに聞くと、エルサは口を引き結んで首を横にふった。
「バカ言わないで。ここまできたら聞くわよ」
アレクシとミーミルも静かに頷いた。俺は上官を見つめた。彼は深いため息をついた。
「どうぞ、お座りください」
それから、今回の魔王戦がなぜ起きたのか俺たちは説明された。
「この世界は〝ラグナロク〟というゲームです。勇者が魔王と戦い、倒す話です。勇者は本来、一人です。初代勇者がそうであったように、勇者さまが二人というのは、〝ラグナロク〟ではない設定でした」
「……よくわからねぇけど、俺たちは双子じゃダメだったってことか……?」
俺と兄貴を否定されているみたいで、心がささくれだった。
「ダメというわけではありません。悪意を持った者が、この世界に介入して、本来のゲームの設定を変更したのです」
「……よくわかんねえ。もうちょっと、わかりやすく言ってくれ」
俺が少し苛立ちながら言うと、ヤーコプが暗い笑い声をだした。
「じゃあ、言ってやるよ。おまえたちはな、悪神となった初代勇者に、呪いをかけられたんだよ」
「は? 初代勇者? 呪い?」
突飛な話に、思わず聞き返す。
ヤーコプは唇を引き結んだ。
「初代勇者はクズ野郎だ。言い伝えられているような正義感、溢れる奴じゃねえよ。勇者の能力が、おまえたちに半分ずつなるように呪いをかけた。そして、あいつは、魔王戦でおまえらを全滅させようとしたんだ」
俺たちはひゅっと息を飲んだ。
初代勇者がラスボスだと思ってもらえたら、この話はオッケーです。また分からなければ、教えてください。